スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小山 怜央(こやま れお、1993年7月2日 - )は、日本… 小山 怜央(こやま れお、1993年7月2日 - )は、日本の将棋棋士である。棋士番号は335。岩手県釜石市出身。北島忠雄七段門下。 2023年2月に棋士編入試験に合格し、2023年4月1日付で日本将棋連盟所属のプロ棋士となった。奨励会の経験なくプロ入りした戦後初の棋士である。 小学2年生(8歳)の時に将棋を指すようになった。2004年と2005年に倉敷王将戦高学年の部岩手県代表として出場した。2006年には全国中学生選抜将棋選手権大会で3位入賞した。2008年には中学生将棋名人戦で3位入賞した。奨励会を受験するも不合格となった。2011年には東日本大震災に被災し、自らも約半年間避難所生活を強いられた。
平野 恵里子(ひらの えりこ、1992年4月26日 - )は… 平野 恵里子(ひらの えりこ、1992年4月26日 - )は、日本の女子ラグビーユニオン選手。アザレア・セブンに所属する。 小学1年生からラグビーを始めた。 2011年、釜石高校卒業後、日本体育大学に入る。 2014年、世界大学選手権の女子セブンズ学生日本代表に選出された。 2015年、日本体育大学卒業後、YOKOHAMA TKMに加入。 2017年、女子ラグビーワールドカップ2017の15人制女子日本代表に選ばれた。 2020年、セビージャに加入。 2021年、アザレア・セブンに加入。
阿部 由記子(あべ ゆきこ、1972年8月26日 - )は岩… 阿部 由記子(あべ ゆきこ、1972年8月26日 - )は岩手県出身の日本の柔道家。現役時代は66kg級の選手。身長165cm。 小佐野中学2年の時に早くも体重別と強化選手選考会の66kg級で3位になった。3年の時にはコロラドスプリングスで開催された環太平洋柔道選手権大会で日本選手最年少となる15歳1ヶ月でのシニアの国際大会優勝を飾った(2020年現在も最年少記録を保持している)。続く強化選手選考会でも優勝を果たした。釜石南高校へ進むと、1年の時には強化選手選考会で2連覇、体重別では初優勝を飾った。2年の時には強化選手選考会で3連覇を達成した。福岡国際では3位に入った。3年の時には世界ジュニアに出場して決勝まで進むも、イギリスのケイト・ホーウェイに敗れて2位にとどまった。
黒田 弘則(くろだ ひろのり、1971年9月11日 - )は… 黒田 弘則(くろだ ひろのり、1971年9月11日 - )は、日本のラグビー指導者。現在札幌山の手高校ラグビー部の監督を務めている。 釜石南高校、国士舘大学、国士舘大学のコーチを経て、札幌山の手高校ラグビー部のコーチに就任。 2022年、監督に昇格。
佐藤 ひろ美(さとう ひろみ、1970年12月10日 – )… 佐藤 ひろ美(さとう ひろみ、1970年12月10日 – )は、日本の実業家、元シンガーソングライター。 岩手県上閉伊郡大槌町出身。主にPCゲームやテレビアニメの主題歌、挿入歌、イメージソングを歌っていた。本名は佐藤裕美。射手座。身長148cm。株式会社アリア・エンターテインメント取締役副社長。愛称は「ひろみん」「ひろ美姐さん」。 2024年3月まで株式会社S(現:アリア・エンターテインメント 芸能部 S)の代表取締役社長を務めていた。 (2020年4月現在)
小野 共(おの きょう、1969年(昭和44年)2月21日 … 小野 共(おの きょう、1969年(昭和44年)2月21日 - )は、日本の政治家。岩手県釜石市長(1期)。元岩手県議会議員(4期)。元釜石市議会議員(1期)。父は元釜石市長、元衆議院議員の小野信一。 岩手県釜石市出身。釜石市立唐丹小学校、釜石市立唐丹中学校、岩手県立釜石南高等学校卒業。アメリカ合衆国オハイオ州にあるハイデルバーグ大学を卒業後、マサチューセッツ州にあるサフォーク大学大学院修士課程を修了する。 日本に帰国後はカメイ株式会社本社、有限会社小野惣商店に勤務する。 2007年、釜石市議会議員選挙に初当選。1期務める。 2010年、岩手県議会議員補欠選挙に民主党公認で立候補し、初当選。2015年に民主党を離党。
三浦 俊也(みうら としや、1963年7月16日-)は、岩手… 三浦 俊也(みうら としや、1963年7月16日-)は、岩手県釜石市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 岩手県立釜石南高校(現・岩手県立釜石高等学校)を卒業後、1982年に駒澤大学へ入学し、サッカー部に所属したが控え選手だった。大学卒業後は地元の養護学校の教諭をしながら東北社会人サッカーリーグの盛岡ゼブラや新日鐵釜石サッカー部で選手としてプレーしていた。 その後、指導者になるという夢を捨てきれずに、1991年にドイツにコーチ留学した。ケルン体育大学で5年半に渡ってコーチ理論を学び、ドイツA級(日本のA級に互等)ライセンスを取得した。また、この時期にドイツ語を習得した。 日本に戻った直後の1996年にはS級ライセンスを通訳兼任で受講し、ライセンスを取得。
大久保 隆規(おおくぼ たかのり、1961年5月27日 - … 大久保 隆規(おおくぼ たかのり、1961年5月27日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の岩手県議会議員(1期)。元釜石市議会議員(2期)。 岩手県釜石市出身。岩手県立釜石南高等学校卒業後、地元の住宅会社に勤める。1991年から釜石市議会議員を2期務める。1999年4月、釜石市長選に自民・自由両党推薦の無所属で出馬するが、小野信一に敗れ落選する。同年11月、自由党党首だった小沢一郎の秘書になった。当初は私設秘書だったが、2004年に公設第二秘書に、2005年に公設第一秘書となり、資金管理を担当するようになる。 2009年3月3日、西松建設事件に絡み政治資金規正法違反で東京地検特捜部に逮捕された。
あんべ 光俊(あんべ みつとし、1953年9月16日 - )… あんべ 光俊(あんべ みつとし、1953年9月16日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティである。 岩手県釜石市出身。バンド『飛行船』のメンバー。那覇市(2020年で観光大使制度終了)、岩手県、遠野市、釜石市、花巻市、熊本県の民間大使。 1953年9月16日、岩手県釜石市に釜石鉱山で働く父のもとに4男1女の末っ子として生まれる。小学校高学年に野球を始め、同時に実姉が自ら習おうとして買ってきたガットギターに触れる。 1971年、早稲田大学社会科学部に入学。 1974年に、同じゼミの萩原誠、久保裕治と共にバンド『飛行船』を結成。大学3年時終了時にアルバイトで貯めた所持金を放出し、シングル「しょうよう歌/白夜」を自主制作。
浜川 才治郎(濱川、はまかわ さいじろう、1915年〈大正4… 浜川 才治郎(濱川、はまかわ さいじろう、1915年〈大正4年〉3月29日 - 2006年〈平成18年〉8月30日)は、日本の政治家。釜石市長(3期) 。勲四等旭日小綬章。 岩手県釜石市出身。1931年、私立釜石夜間中学校(現・岩手県立釜石高等学校)卒。卒業後は漁業に従事する。1947年から釜石市議会議員を3期務め、1971年、岩手県議会議員に当選し、1期務める。1975年、釜石市長に当選し、市長を3期務める。1987年に落選した。ほかに全国鮭鱒流網漁業組合連合会常務理事、釜石商工会議所会頭などを務めた。2003年に勲四等旭日小綬章を受章。2006年に死去した。
下川原 孝(しもかわら たかし、1906年〈明治39年〉7月… 下川原 孝(しもかわら たかし、1906年〈明治39年〉7月25日 - 2011年〈平成23年〉3月11日)は、日本の陸上競技選手。 観光ジャーナリストの千葉千枝子は外孫。 現在の岩手県陸前高田市で農家を営む家の次男として生まれる。日本体育会体操学校(現・日本体育大学)卒業後、岩手県内の複数の学校で体育教師を勤めた。第二次世界大戦の開戦直前、新設校への赴任に伴い釜石市に移住。岩手県立釜石高等学校では教頭職に就いた。 本格的に陸上競技を始めたのは50代の頃で、98歳からはマスターズ陸上を始める。100歳を超えて記録した砲丸投5m11cm、やり投12m42cm、円盤投10m72cmはいずれも世界記録。
佐野 よりこ(さの - 、8月5日 - )は盛岡市を拠点に活… 佐野 よりこ(さの - 、8月5日 - )は盛岡市を拠点に活躍する民謡歌手、ラジオパーソナリティ、リポーター、司会者、番組・CMナレーター。東洋大学短期大学英文学科卒業。血液型はO型。 岩手県釜石市出身。3歳の頃から母親と共に釜石市内の民謡教室に通い民謡を習い始める。進学して上京後も続け、20歳で日本コロムビア民謡コンクール全国大会青年の部で優勝。短大卒業後は郷里に戻り盛岡市でテレビ放送番組の制作会社に5年程勤務、その後フリーに。1998年 - 2004年は「姫神」では女性コーラスユニット「姫神ヴォイス」に参加。2000年、エジプト(ピラミッド前のスフィンクス広場)、イスラエル(エルサレムミュージアム広場)のライブコンサートにも出場。
若竹 千佐子 (わかたけ ちさこ、1954年 - )は、日本… 若竹 千佐子 (わかたけ ちさこ、1954年 - )は、日本の小説家。 岩手県遠野市出身。千葉県木更津市在住。岩手県立釜石南高等学校を経て、岩手大学教育学部を卒業。 大学卒業後は臨時教員を経て専業主婦となる。55歳のときに夫に先立たれ、長男からのすすめをきっかけに、元「海燕」編集長の根本昌夫が講師を務める早稲田大学エクステンションセンターの小説講座に通い始める。 2017年、『おらおらでひとりいぐも』で第54回文藝賞を史上最年長で受賞し、デビュー。2018年、同作で第158回芥川賞を受賞。黒田夏子に次いで芥川賞史上2番目の高齢受賞となった。同時受賞の石井遊佳も、根本昌夫が講師を務める別の小説教室の受講生であった。