大浦 智弘(おおうら ともひろ、1977年7月4日 - )は… 大浦 智弘(おおうら ともひろ、1977年7月4日 - )は、日本の指揮者。宮城県塩竈市出身。 東京学芸大学教育学部を卒業、同大学大学院を修了。 ピアノを斎藤信子、須田昌宏、作曲を小林康浩、吉崎清富、指揮を松岡究、山本訓久、小林研一郎、スコア・リーディングとオペラ・コーチングを田島亘祥らに師事。 2007,2009年イタリア・カターニアにおけるArte Musicale Italianaのマスター・コースにおいてベッリーニ歌劇場副音楽監督のレオナルド・カタラノットに師事、ディプロマを授与される。 これまでに数々のオペラ公演やコンサートを指揮するほか、新国立劇場、びわ湖ホールをはじめ各地のオペラ団体や管弦楽団、合唱団等において副指揮者や合唱指揮者を務めている。
内藤 淳一(ないとう じゅんいち、1956年 - )は、日本… 内藤 淳一(ないとう じゅんいち、1956年 - )は、日本の作曲家、指揮者。札幌大谷中学校、札幌大谷高等学校音楽科非常勤講師・吹奏楽部顧問、札幌大谷大学芸術学部音楽学科客員教授。 静岡県に生まれ、後に東京都目黒区、宮城県仙台市へ移る。 目黒区立月光原小学校、仙台市立台原小学校、仙台市立旭丘小学校、仙台市立台原中学校ののち、宮城県仙台第二高等学校に入学し、野球部で活躍。 宮城教育大学音楽科を作曲専攻で卒業。本間雅夫に作曲を、櫻井將喜、秋山和慶に指揮を師事した。 卒業後に地方公務員である公立高校教員となり、宮城県古川黎明中学校・高等学校(宮城県古川女子高等学校)、宮城県仙台三桜高等学校、宮城県泉高等学校、宮城県仙台南高等学校教諭を務めた後、現在は勤務地である札幌市に在住し、今度は私立学校の教員として、札幌大谷中学校、札幌大谷高等学校、札幌大谷大学芸術学部音楽学科で教鞭を執るかたわら、同校吹奏楽局を指導、全国各地から依頼を受けての作曲・編曲、各種講習会講師やコンクール審査員、指揮者としての活動などを精力的に続けている。
鈴木 憲夫(すずき のりお、1953年5月3日 - )は日本… 鈴木 憲夫(すずき のりお、1953年5月3日 - )は日本の作曲家、詩人、合唱指揮者。宮城県生まれ。 1953年宮城県七ヶ浜町生まれ、のちに塩釜市に転居、小学校より仙台市に住む。東北学院中学校・高等学校を経て東北学院大学法律学科卒業。 高校三年の時に旺文社主催の「第15回全国学芸コンクール/音楽部門高校生の部で合唱曲<心>で第一席」。大学一年/全国学芸コンクール「第16回」音楽部門/社会人の部で(管弦楽曲「交響的断章」)、大学4年/「第18回」音楽部門/社会人の部で(「オーケストラのためのコンポジション」)それぞれ第一席。その時の審査員の團伊玖磨の紹介で対位法を土肥泰に師事、團にはその後長年に亘り大きな示唆を受けることになる。
佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)… 佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)10月15日 - )は、日本の声楽家(バス、バスバリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者。 宮城県仙台市生まれ。神奈川県立川崎高等学校 卒業。1967年(昭和42年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1970年(昭和45年)同大学院修士課程修了。大学院在学中に第132回芸大オーケストラ定期公演(指揮:山田一雄)ベートーヴェン『第九』バス独唱で音楽界にデビュー。1969年(昭和44年)二期会(指揮:若杉弘)ワーグナー『ラインの黄金』ファフナーでオペラデビュー。その後、読売日本交響楽団第58回定期演奏会(指揮:若杉弘)ベルリオーズ『ファウストの劫罰』ブランデルや、同年帰国した小澤征爾指揮による日本フィルハーモニー交響楽団第180回東京定期演奏会 モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』(演奏会形式)に出演 したほか、二期会を中心に1971年(昭和46年)2月までの約2年間に計14本 ものプロダクションに出演している。