山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 -… 山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 - )は、日本の政治家、農業従事者。元衆議院議員(1期)。
秋田県:6人
山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 -… 山本 喜代宏(やまもと きよひろ、1955年11月11日 - )は、日本の政治家、農業従事者。元衆議院議員(1期)。
大井 直之助(おおい なおのすけ、1895年(明治28年)8… 大井 直之助(おおい なおのすけ、1895年(明治28年)8月3日 - 1973年(昭和48年)11月29日)は、大正から昭和前期の農業指導者、政治家。衆議院議員、秋田県由利郡矢島町(現・由利本荘市)長。 秋田県由利郡矢島町で生まれる。1914年(大正3年)秋田県立秋田中学校(現秋田県立秋田高等学校)を卒業した。 1921年(大正10年)矢島町会議員に選出され4期在任。1934年(昭和9年)から1943年(昭和18年)まで秋田県会議員、矢島町長に在任。その他、本荘税務署所得調査委員、矢島町産業組合長、秋田県農業会由利支部長・理事、同県森林組合連合会理事、帝国在郷軍人会由利郡連合会分会長などを務めた。
土田 万助(萬助、つちだ まんすけ、1869年2月16日(明… 土田 万助(萬助、つちだ まんすけ、1869年2月16日(明治2年1月6日)- 1942年(昭和17年)6月15日)は、明治から昭和時代の大地主、篤農家、林業家、政治家、銀行家。貴族院多額納税者議員。 出羽国平鹿郡、のちの秋田県平鹿郡館合村(大雄村を経て現横手市)で土田吉治の長男として生まれ、土田彦七の養子となる。秋田中学校(現秋田県立秋田高等学校)を経て秋田師範学校に進学したが中退して帰郷した。1905年(明治38年)養父の隠居により家督を相続した。 1900年(明治33年)館合村農会を設立し、科学農法を導入し米の品質改良に尽力。1905年(明治38年)に計画された区画整理事業を推進し、1917年(大正6年)までに450ヘクタールが完成した。
池田 亀治(いけだ かめじ、1867年7月16日(慶應3年6… 池田 亀治(いけだ かめじ、1867年7月16日(慶應3年6月15日)- 1934年(昭和9年)3月8日)は、明治から昭和初期の農業指導者、政治家、銀行家。衆議院議員。号・万年、俳号歌号・伸穂。 出羽国仙北郡、のちの秋田県仙北郡新刈和野村(刈和野村、刈和野町、西仙北町を経て現大仙市)で、豪農・池田勘左衛門の長男として生まれる。根本通明に師事し勉学に励んだ。 刈和野町会議員となる。1898年(明治31年)秋田県会議員に選出され、同参事会員、仙北郡会議員、所得調査委員にも在任した。1917年(大正6年)4月、第13回衆議院議員総選挙(秋田県郡部、立憲政友会)で初当選し、その後、第16回総選挙まで再選され、衆議院議員に通算4期在任した。
須藤 善一郎(すどう ぜんいちろう、1863年10月30日〈… 須藤 善一郎(すどう ぜんいちろう、1863年10月30日〈文久3年9月18日〉- 1937年〈昭和12年〉4月10日)は、明治から昭和初期の畜産家、実業家、政治家。衆議院議員、秋田県由利郡本荘町長。幼名・広太郎。雅号・寿堂、松園。生涯、馬産改良に尽力した。 出羽国由利郡本荘中町(秋田県由利郡本荘町、本荘市を経て現由利本荘市中町)で、大地主・須藤善太郎、ナオの長男として生まれた。長安寺の寺子屋、本荘藩藩校を経て、1877年(明治10年)小学校を卒業した。以後、自宅に招いた教師から歴史、漢学、英語を修めた。1879年(明治12年)9月、父が死去して家督を相続し善一郎に改名した。1880年(明治13年)ころに同志を募って夜学講習会を立上げ会長に就任した。
畠山 雄三(はたけやま ゆうぞう、1851年4月13日(嘉永… 畠山 雄三(はたけやま ゆうぞう、1851年4月13日(嘉永4年3月12日)- 1932年(昭和7年)1月24日)は、明治から昭和初期の農業指導者、政治家。衆議院議員、秋田県会議長。旧姓・長岐。 出羽国秋田郡七日市村(秋田県北秋田郡七日市村、鷹巣町を経て現北秋田市七日市)で、素封家・長岐家の三男として生まれた。1869年(明治2年)山本郡仁鮒村(響村、二ツ井町を経て現能代市)の地主・畠山藤左衛門の婿養子となる。1873年1月(明治5年12月)養父の死去に伴い家督を相続した。 1870年(明治3年)久保田藩御山守となる。仁鮒村副戸長、同戸長、第三大区書記役、秋田県勧業諮問会議員などを歴任。また自由民権運動に加わる。