小林 美希(こばやし みき、1975年 - )は、日本のジャ… 小林 美希(こばやし みき、1975年 - )は、日本のジャーナリスト。専門分野は労働・経済。 茨城県生まれ。茨城県立水戸第一高等学校卒業。1998年明治学院大学法学部より神戸大学法学部法律学科に3年次編入学として転学、2000年卒業、株式新聞社に入る。2001年毎日新聞社「エコノミスト」編集部契約社員。2007年よりフリージャーナリスト。若者の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活動している。 2013年、「子供を産ませない社会」の構造と「マタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞2013を授賞。
箕輪 幸人(みのわ ゆきと、1957年(昭和32年)6月28… 箕輪 幸人(みのわ ゆきと、1957年(昭和32年)6月28日 - )は、日本のジャーナリスト。実業家。フジテレビ常務取締役を経て、テレビ新広島代表取締役社長を務める。血液型B型。 茨城県鉾田市出身。 1982年早稲田大学商学部卒業後、フジテレビに入社。水口昌彦(WOWOW取締役)、堤康一(ネクステップ社長)は入社同期。 入社以来、一貫して報道局に所属し、報道カメラマンを経て、15年以上を社会部に在籍。主に警察、司法、教育、災害、原発などを担当。FNNスーパータイムディレクター 、警視庁・司法両キャップ、社会部デスク、同副部長、同部長、同専任部長・解説委員、解説委員を歴任した。 2010年6月報道局長、2011年6月執行役員報道局長、2012年6月取締役(報道・情報制作・国際担当)・報道局長、2013年6月常務取締役(報道・情報制作・国際担当)・報道局長・解説委員長。
篠田 博之(しのだ ひろゆき、1951年9月10日 - )は… 篠田 博之(しのだ ひろゆき、1951年9月10日 - )は、日本の編集者、ジャーナリスト、実業家。月刊『創』編集長、『マス読』編集長、創出版社長。「コミック表現の自由を守る会」事務局長、「日本ペンクラブ言論表現委員会」副委員長。茨城県出身。 茨城県立水戸第一高等学校を経て、1976年に一橋大学経済学部卒業。当時の一橋大生は商社や銀行にフリーパスではあったが、篠田はそういった進路に疑問を感じ、雑誌ジャーナリズムを志して政策時報社に入社する。 1980年、政策時報社を退社し総合評論社に入社する。月刊『創』編集部所属となり1981年の月刊『創』編集長就任後、徐々にメディア批評誌化を進める。 1982年、月刊『創』編集者3人で創出版設立。
坂本 榮(さかもと さかえ、1946年 - )は、日本のジャ… 坂本 榮(さかもと さかえ、1946年 - )は、日本のジャーナリスト。時事通信社経済部長、常陽新聞社長、同社会長、特定非営利活動法人NEWSつくば理事長等を歴任。時事通信社社長賞受賞。 茨城県土浦市出身。1966年に茨城県立土浦第一高等学校卒業。1970年一橋大学社会学部を卒業し、軍事評論家久住忠男の影響で、時事通信社に入社。 時事通信社では経済部に配属され、日本銀行記者クラブ時代に国際金融に関する報道で社長賞を受賞。1979年から1983年までワシントン特派員。経済部デスクを経て、証券部長として証券情報サービス「PRIME」の開設や、インサイダー取引規制体制整備などにあたった。1992年経済部長。
立花 隆(たちばな たかし、本名:橘 隆志 1940年〈昭和… 立花 隆(たちばな たかし、本名:橘 隆志 1940年〈昭和15年〉5月28日 - 2021年〈令和3年〉4月30日)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家。執筆テーマは、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治、経済、生命、哲学、臨死体験など多岐にわたり、「田中角栄研究」・「臨死体験」・「日本共産党の研究」など、詳しくは下に書いてあるが、多くの著書がベストセラーとなっている。その類なき知的欲求を幅広い分野に及ばせているところから「知の巨人」のニックネームを持つ。 1974年(昭和49年)、『文藝春秋』に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表して田中金脈問題を暴いて田中角栄首相退陣のきっかけを作り、ジャーナリストとして不動の地位を築く。
海老沢 勝二(えびさわ・かつじ、1934年(昭和9年)5月5… 海老沢 勝二(えびさわ・かつじ、1934年(昭和9年)5月5日 - )は、日本の元ジャーナリスト。公益財団法人日本相撲協会評議員、一般財団法人世界少年野球推進財団理事、一般財団法人日本ウズベキスタン・シルクロード財団評議員長(会長)、一般社団法人日本外交協会理事、NPO法人日本グローバル・コミュニケーション・センター理事[3]。
来栖 七郎(くるす しちろう、1883年(明治16年)7月2… 来栖 七郎(くるす しちろう、1883年(明治16年)7月20日 - 1928年(昭和3年)5月24日)は、衆議院議員(立憲政友会)、ジャーナリスト。 茨城県北相馬郡北文間村(現在の龍ケ崎市)出身。日本法律学校を経て、東京政治学校を卒業。二六新報記者、同理事、帝国通信記者、自由通信社理事などを歴任。さらに殖民協会理事長を務めた。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。次の第16回衆議院議員総選挙でも再選された。
初見 八郎(はつみ はちろう、1861年4月14日(文久元年… 初見 八郎(はつみ はちろう、1861年4月14日(文久元年3月5日) - 1930年(昭和5年)5月31日)は、仏語教授、日本の政治家、ジャーナリスト。国会議員衆議院議員。自由民権運動の中心人物。 常陸国猿島郡東山田村(現在の茨城県古河市)出身。東山田村名主の豪農、茨城県多額納税者である初見吉左衛門の四男で土浦五十銀行の頭取を務めた初見敬二郎の長男。明治維新前初見家は代々北山田(きたやまた)の名主でした。農業を中心に大規模な土地経営を行い、地域の有力な地主として知られていました。東山田村は藍の生産地であり、利根川水運を通じて深谷や江戸方面に送られる流通ルート上にあったため、渋沢栄一の藍染業務時代から直接関わっていました。
石河 幹明(いしかわ かんめい、安政6年10月17日(185… 石河 幹明(いしかわ かんめい、安政6年10月17日(1859年11月11日) - 昭和18年(1943年)7月25日)は、日本のジャーナリスト。新聞『時事新報』主筆、茨城県会議員。慶應義塾理事および評議員。交詢社常議員長。徳川家評議員。千代田生命取締役。 号は碩果生(せきかせい)。福澤諭吉の伝記『福澤諭吉伝』全4巻を執筆し、大正版『福澤全集』全10巻、昭和版『続福澤全集』全7巻を編纂した。 『慶應義塾豆百科』 No.80 『福澤諭吉傳』の復刊
高瀬 羽皐(たかせ うこう、本名: 高瀬 真卿(たかせ しん… 高瀬 羽皐(たかせ うこう、本名: 高瀬 真卿(たかせ しんきょう)、嘉永6年(1853年)-大正13年(1924年)11月17日)は、明治時代から大正時代にかけてのジャーナリスト、社会事業家、刀剣研究家。幼名・政吉。号は羽皐隠史、往生庵、菊亭静、茂顕、茂卿など。ほかに、高瀬真之助(介)、高瀬松吉、高瀬恭助、高真卿、高瀬鉄窓、高瀬紫峯、鉄窓学人、天賜苑、東台隠士、柳窓外史、茂湿、春雨、春雨静、藤原静、藤原茂、藤の舎茂、高瀬真藁、高瀬巳之吉、佐野尚、近藤東之助、春秋堂、萩村など、約30もの筆名を使った。 茨城県水戸市下市に米穀炭商・高瀬儀平次の長男・政吉として生まれ、水戸学派の川崎巌雄、庄司春村の塾で漢籍を学ぶ。
野口 勝一(のぐち かついち、1848年11月11日(嘉永元… 野口 勝一(のぐち かついち、1848年11月11日(嘉永元年10月16日)- 1905年(明治38年)11月23日)は、明治期のジャーナリスト、官吏、政治家。衆議院議員、茨城県会議長。号・北巌、珂北。 常陸国多賀郡、のちの茨城県多賀郡北中郷村(磯原町を経て現北茨城市磯原町)で水戸藩郷士・野口勝章、なかの長男として生まれる。茨城拡充師範学校(茨城師範学校)を卒業し、多賀郡大久保村(のち国分村、現日立市)などで小学校教員として勤務。 1875年(明治8年)福島県に移住し1878年(明治11年)水戸に戻り茨城新報主筆に就任し、自由民権運動に加わる。茨城県会書記、茨城県属を経て、1881年(明治14年)1月、茨城県会議員に選出され、同年2月、同議長に就任し、同常置委員も務めた。