寺山 日葵(てらやま ひなた、2001年1月19日 - )は… 寺山 日葵(てらやま ひなた、2001年1月19日 - )は、日本の元女子キックボクサー。群馬県伊勢崎市出身。TEAM TEPPEN所属。初代RISE QUEENミニフライ級王者。第8代J-GIRLSミニフライ級王者。RISE GIRLS POWER QUEEN of QUEENS 2020優勝。 7歳から空手を始め、その後キックボクシングを始めると、当時住んでいた群馬県伊勢崎市から、週に1度、往復6時間をかけて千葉県松戸市の「TEPPEN GYM」に通った。キックボクシングで数々のアマチュア大会で好成績を収め、女子高生ファイターとしてプロデビュー。 2016年5月5日、15歳でのプロデビュー戦となったJ-KICK 2016~Honor the fighting spirits~2ndでC-CHANに判定勝ち。
横山 朋哉(よこやま ともや、2000年3月20日 - )は… 横山 朋哉(よこやま ともや、2000年3月20日 - )は、日本の男性キックボクサー。群馬県太田市出身。リーブルロア所属。現K-1 WORLD GPスーパーフェザー級暫定王者。現Krushスーパーフェザー級王者。実兄は同じくK-1fighterの横山巧。 子供の時に八木橋道場にて顔面パンチありのグローブ空手を始める。 三兄弟とも空手界で輝かしい成績を残す。同じ大会では初代RISE QUEENミニフライ級王者の寺山日葵が出ていた。 高校生になるとリーブルロア所属になり、K-1甲子園でKrushスーパーバンタム級王座の璃明武(英語版)を下している。アマチュアの時に、第13回J-NETWORKアマチュア全日本大会~秋の陣~ Aリーグトーナメント フェザー級で優勝した。
池田 幸司(いけだ こうじ、1997年6月30日 - )は、… 池田 幸司(いけだ こうじ、1997年6月30日 - )は、日本の男性キックボクサー。群馬県高崎市出身。ReBORN経堂所属。K-1カレッジ2019 -55kg王者。第8代Krushバンタム級王者。 幼稚園年長(6歳)のときに、母の勧めで、極真会館川口道場に入門。小学1年生から、極真会館群馬西支部に移籍。小学3年生で、群馬県極真空手道選手権大会で準優勝。 高崎市立高松中学校時代はテニス部、群馬県立高崎高等学校時代は陸上部に所属。部活動もあり、中学・高校では格闘技に身が入らなかった。 日本大学商学部へ進学し上京、3年次の時にキックボクシングジム・ReBORN経堂に入門し、格闘技を再開。格闘代理戦争に出演。
勅使河原 弘晶(てしがわら ひろあき、1990年6月3日 -… 勅使河原 弘晶(てしがわら ひろあき、1990年6月3日 - )は、日本の元プロボクサー。群馬県佐波郡玉村町出身。三迫ボクシングジム所属。元WBOアジアパシフィックバンタム級王者。元OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。 かつては輪島功一スポーツジムに所属していた。 中間距離での目の良さを活かしたディフェンスとガードをやや下げた状態からのスナッピーなジャブが持ち味。特徴的な金髪を靡かせ「金色夜叉」の異名を持つ。 2011年7月28日、プロデビュー戦で田畑直門とバンタム級4回戦を行い、3回2分18秒TKO勝ちを収めた。プロデビューから2020年までの26戦を全て東京後楽園ホールで試合をしている。
中澤 純(なかざわ じゅん、1989年9月28日 - )は、… 中澤 純(なかざわ じゅん、1989年9月28日 - )は、日本の実業家、元キックボクサー。群馬県桐生市出身。元Krush -65kg王者。元MA日本ウェルター級王者。 現在はAimhigh GroupのCEOとしてキックボクシングスタジオ、パーソナルフィットネスジム、パーソナルストレッチサロン、美容鍼サロン、発達障がい児童向けパーソナルトレーニングスタジオなど多角経営している。 10歳でキックボクシングを始める。 2008年4月29日、MA日本キックボクシング連盟でプロデビュー戦をYOUSUKEと対戦し、勝利を収める。 2009年12月4日、MA日本キックボクシング連盟ウェルター級新人王トーナメント決勝戦で中河靖文に3RKO勝利を収めMA日本キック新人王を獲得。
健太(けんた、1987年6月26日 - )は、日本の男性キッ… 健太(けんた、1987年6月26日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名は山田 健太(やまだ けんた)。群馬県出身。E.S.G所属。獨協大学経済学部卒業。元ニュージャパンキックボクシング連盟スーパーウェルター級王者。元ニュージャパンキックボクシング連盟ウェルター級王者。Krush-70kg(現:スーパーウェルター級)初代王者。現WBCムエタイ日本ウェルター級王者。 2004年11月、高崎東高校1年でキックボクシングを始める。 2005年1月30日、マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟興行でプロデビュー。当時の所属はワイルド シーサー群馬 2006年4月、獨協大学経済学部に入学。 2008年3月2日、K-1 JAPAN TRYOUT(ミドル級)を受験し、合格を果たした。
天笠 尚(あまがさ ひさし、1985年10月18日 - )は… 天笠 尚(あまがさ ひさし、1985年10月18日 - )は、日本の元プロボクサー。第58代日本フェザー級王者。第44代OPBF東洋太平洋フェザー級王者。長身痩躯な外見からは想像もつかない強打を誇ることから、「痩身の暗殺者」の異名を持つ。FRARE山上ボクシングスポーツジム所属。世界ランキング最高位はIBFフェザー級3位。入場曲は2014年12月31日 ギレルモ・リゴンドウ戦より「LOKA」の「AIRSE」、それ以前は「あまちゃん」のテーマ(李冽理との第2戦より)。 群馬県太田市出身。姉がいる。小学校・中学校までは地元の学校に通うサッカー好きな子供だった。当時のあだ名は「チャー」。サッカー選手に憧れ高校に入学するも、次第に学校から足が遠のいていく。
山本 博(やまもと ひろし、1978年〈昭和53年〉9月5日… 山本 博(やまもと ひろし、1978年〈昭和53年〉9月5日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、声優、元プロボクサー、絵本作家、ゲーム実況者、YouTuber。お笑いトリオ・ロバートのメンバー。群馬県邑楽郡邑楽町出身。吉本興業所属。 小学校時代は少年野球で三番ショートのキャプテンを務め、陸上クラブで走り高跳びの選手だった。動けたことからバスケットのチームにも助っ人で所属。中学時代は軟式テニス部、高校で硬式テニス部に所属するが、うまく適応出来ず退部し、回転寿司屋でのアルバイトに専念。足利工業大学附属高等学校電気科卒業。 卒業後はフォークリフトの運転手として就職する予定で、内定先が決まって入社式も控えていたが、高校卒業間際、友人にお笑いの道に誘われて上京。
天田 ヒロミ(あまだ ヒロミ、本名:天田 広美、1973年5… 天田 ヒロミ(あまだ ヒロミ、本名:天田 広美、1973年5月10日 - )は、日本の元男性キックボクサー。群馬県群馬郡群馬町(現・高崎市)出身。天田フィジカル&ボクシングスクール所属。k-1JAPAN GP 2004 優勝。元HEATキックルール ヘビー級王者。全日本アマチュアボクシング選手権大会優勝。 アマチュアボクシング(ライトミドル級)出身で、パンチを主体とした戦いをする。 10代の頃は暴走族に所属していたが、前橋育英高校でアマチュアボクシングと出会い更生。 暴走族時代は「60日連続でケンカ」と豪語するほど荒れており、自転車に乗っている時に後ろから不意打ちされて頭部に40針を縫う大怪我を負い、頭皮が捲れて頭蓋骨が見える程であったという。
黒岩守(くろいわ まもる、1962年12月16日 - )は、… 黒岩守(くろいわ まもる、1962年12月16日 - )は、昭和時代に活躍した日本のボクサー。ロサンゼルスオリンピック、ソウルオリンピックに日本代表として出場した。現役時代はアシックス所属。2007年に退社した後、地元で営業マンの傍らアマチュアボクシングのA級審判員として活動している。 出身地は群馬県前橋市。出身校は群馬県立伊勢崎工業高等学校、日本大学(同級生に赤城武幸)。 同じくロス五輪代表で後にプロデビューした平仲明信・東悟は大学の1年後輩に当たる。
穂積 秀一(ほずみ しゅういち、1959年12月8日 - 2… 穂積 秀一(ほずみ しゅういち、1959年12月8日 - 2017年1月11日)は、日本のプロボクサー。群馬県邑楽郡出身。帝拳ボクシングジム所属、駒込高等学校卒業。 ライトフライ級とフライ級で日本タイトル2階級制覇(フライ級史上最多6度防衛)、WBA世界フライ級王座に2度挑戦。 担任トレーナーは当初は小林弘、途中から桑田勇。現役時代はKKベストセラーズに勤務していた。 東邦ジム練習生としてアマチュアボクシングを経験(通算16戦8勝8敗)。 1977年11月30日、高校3年でプロデビュー。 1980年8月29日、日本ライトフライ級王者友利正に挑戦し、2-0の判定勝ちで王座を獲得した。その後、王座を返上した。
小林 弘(こばやし ひろし、1944年〈昭和19年〉8月23… 小林 弘(こばやし ひろし、1944年〈昭和19年〉8月23日 - )は、日本の元プロボクサー。元WBA・WBC世界スーパーフェザー級統一王者。元リングマガジン世界スーパーフェザー級王座。右のボクサータイプ。「雑草の男」の異名を持つ。既に閉鎖された中村ボクシングジムに所属していた。 群馬県伊勢崎市出身。伊勢崎市立南中学校卒業後、会社員として勤めていたが、1962年に上京して中村ジムに入り同年8月にプロデビューした。 日本ボクシング黄金時代を彩った一人で、初代王者、白井義男から6人目の世界チャンピオンとなった。白井義男、ファイティング原田の4度の防衛記録を塗り替える6度の防衛記録(当時の日本の選手の最多防衛記録。