田中 克行(たなか かつゆき、1969年11月6日 - 19… 田中 克行(たなか かつゆき、1969年11月6日 - 1996年8月6日)は、日本の歴史学者。専門は中世後期の村落社会。元東京大学史料編纂所助手。埼玉県狭山市出身。 同期には東京大学史料編纂所准教授の菊地大樹、同助教の井上聡、信州大学人文学部准教授の佐藤全敏、一つ下に東京大学大学院人文社会系研究科准教授の高橋典幸がいる。東京大学入学後、教養課程から勝俣鎮夫に師事し学部・大学院と一貫して教えを受ける。また、専門課程進学以降石井進・五味文彦・村井章介・久留島典子らにも教えを受けた。修士論文「中世惣村文書の研究―菅浦共有文書を題材にして―」(1993年度提出)は8編立てになる雄編であり、将来を嘱望された中世史家であった。
藤森 健太郎(ふじもり けんたろう、1964年12月20日-… 藤森 健太郎(ふじもり けんたろう、1964年12月20日- )は、日本の歴史学者。群馬大学教育学部学校教育教員養成講座社会専攻教授。埼玉県草加市出身。祖父は長野県考古学会会長を務めた藤森栄一。 新潟県、新潟県立歴史博物館職員を経て、群馬大学教育学部教授。 祖父の藤森栄一は、業績を記念して民間の考古学研究者に対して与えられる「藤森栄一賞」が設けられるきっかけとなった人物である。 (古代国家の観念的秩序の構造と変遷)(天皇の即位儀礼)
鐘江 宏之(かねがえ ひろゆき、1964年 - )は、日本の… 鐘江 宏之(かねがえ ひろゆき、1964年 - )は、日本の歴史学者。学習院大学文学部教授。専門は日本古代史。出土文字資料と地方行政について研究。
加藤 陽子(かとう ようこ、1960年 〈昭和35年〉10月… 加藤 陽子(かとう ようこ、1960年 〈昭和35年〉10月 - )は、日本の歴史学者。専攻は日本近現代史。学位は、博士(文学)。本名は、野島陽子。元東京大学教授。歴史学研究会委員長。埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身。夫は予備校講師の野島博之。 2010年に著書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞受賞。 幼い頃は、当時の古代エジプトブームに影響され、考古学者になりたいと考えていた。女子校の桜蔭中学校・高等学校で学び、部活動では社会科部に所属して、文化祭では「世界恐慌と一九三〇年代のアメリカ」をテーマにして発表を行ったという。図書館の蔵書数が最も多いことから東大の受験を決め、本を読むことが大好きであったことと自立した人間になりたいという思いから、研究者あるいは作家になることを目指していた。
吉田 裕(よしだ ゆたか、1954年11月2日 - )は、日… 吉田 裕(よしだ ゆたか、1954年11月2日 - )は、日本の歴史学者。一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長、同時代史学会代表。専攻は日本近代軍事史、日本近現代政治史。 1954年、埼玉県豊岡町(現入間市)生まれ。米軍ジョンソン基地・航空自衛隊入間基地の航空機の爆音を聞いて育つ。1973年 埼玉県立川越高等学校を卒業。東京教育大学文学部に進み、大学では大江志乃夫に師事した。1977年に東京教育大学文学部を卒業し、 一橋大学大学院社会学研究科に進んだ。大学院では藤原彰に師事した。1979年、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1983年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
三﨑 良章 (みさき よしあき、1954年 - )は、日本の… 三﨑 良章 (みさき よしあき、1954年 - )は、日本の歴史学者、教員。東アジア史専攻。埼玉県深谷市出身。 埼玉県深谷市に生まれた。1977年(昭和52年)、早稲田大学の第一文学部東洋史学専攻を卒業し、1983年(昭和58年)、早稲田大学大学院の博士後期課程で単位取得後に退学した。マールブルク大学客員研究員、北京大学客員研究員を経て、早稲田大学、群馬大学、群馬県立女子大学の講師等を務めた。その後、早稲田大学本庄高等学院の教員となった。 専攻は東アジア史だが、主な研究対象は中国の五胡十六国時代と民族である。1994年(平成6年)7月、研究を通じて交流のあった町田隆吉(のちに桜美林大学教授)らとともに、五胡十六国時代を研究テーマとした「五胡の会」(ごこのかい)を立ち上げた。
廣瀬 良弘(ひろせ りょうこう、1947年7月28日 - )… 廣瀬 良弘(ひろせ りょうこう、1947年7月28日 - )は、日本の歴史学者、曹洞宗僧侶(横浜市寿徳寺住職)兼埼玉県杉戸町 源長寺 埼玉県宗教法人番号 4216。駒澤大学名誉教授。日本禅宗史専攻。 埼玉県杉戸町生まれ。駒澤大学文学部卒業、1975年駒澤大学大学院人文科学研究科日本史学専攻博士課程満期退学。1986年『禅宗地方展開史の研究 中世・近世の曹洞宗を中心として』で駒澤大学文学博士。1987年、駒澤大学文学部歴史学科専任講師就任、1989年助教授、1995年教授。2013年から2017年まで駒澤大学学長を務めた。2018年名誉教授。
茂木 和平(もてぎ わへい、1947年7月5日 - )は、日… 茂木 和平(もてぎ わへい、1947年7月5日 - )は、日本の歴史学者。埼玉県地域の郷土史家として知られる。埼玉県の苗字研究の権威。県内すべての市町村を調査し、現存した苗字の起源・現況・史料などを網羅的に蒐集・研究した。 埼玉県立深谷商業高等学校在籍中、同校地理歴史研究部に所属した。中学生の頃に、苗字の由来に興味を持ってから、40年以上かけ単独により県内2千以上の集落を訪問し、52歳で退職。2004年に調査を終えた。 その研究成果は『埼玉苗字辞典』として刊行された。同書録には「本書は、古代苗字発祥から、中世武蔵武士、近世農民の苗字をすべて記載した。埼玉県内の1900余の村々を訪れ、寺院、神社等の碑文に記された苗字を書き写し、寄進帳や過去帳及び古文書を調査した。
高橋 泰隆(たかはし やすたか、1946年-)は、日本の経営… 高橋 泰隆(たかはし やすたか、1946年-)は、日本の経営学者、歴史学者。元玉川大学教授。専門は経営史。博士(商学)(早稲田大学、1995年)。 埼玉県行田市出身。1969年早稲田大学商学部卒業。1976年同大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。大阪産業大学経済学部などを経て、玉川大学経営学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、鉄道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:鉄道/PJ鉄道)。
村田 安穂(むらた やすお、1934年4月1日 - 2020… 村田 安穂(むらた やすお、1934年4月1日 - 2020年9月9日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史。早稲田大学名誉教授。 1934年、埼玉県熊谷市生まれ。1971年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程史学専攻単位取得退学。早稲田大学教育学部教授。2003年、名誉教授。2020年9月9日死去。86歳没。 明治時代初期の神仏分離や廃仏毀釈の地方における動向を『皇告地誌』などから分析し、明らかとした。
井上 幸治(いのうえ こうじ、1910年7月10日 - 19… 井上 幸治(いのうえ こうじ、1910年7月10日 - 1989年9月9日)は、日本の歴史学者。専攻は西洋史(近代フランス史)で、フランス史書・哲学などの翻訳・監修も多い。戦後の西洋史研究の基礎を築いた一人で、郷里の埼玉県で起きた秩父事件の先駆的研究や史料集成でも知られる。 1910年、埼玉県秩父郡大宮町(現・秩父市)で生まれた。旧制熊谷中学校から旧制浦和高等学校文科丙類(フランス語)に進学。浦和高校での友人に、後にジャーナリストになった柳沢恭雄(同級生)、警視総監になった原文兵衛(2年後輩)がいた。1930年3月に浦和高校を卒業、東京帝国大学文学部西洋史科に入学。1933年に同大学を卒業した。
佐々井 真知(ささい まち)は、日本の歴史学者。埼玉県所沢市… 佐々井 真知(ささい まち)は、日本の歴史学者。埼玉県所沢市出身。 お茶の水女子大学 文教育学部 人文科学科 比較歴史学コース卒業。お茶の水女子大学大学院 人間文化研究科 博士前期・後期課程修了。博士後期課程在学中に、イギリスのケンブリッジ大学ガートン・カレッジに交換留学生として1年間留学。引き続き、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の修士課程に1年間留学、修了。2015年4月より中部大学に着任し、人文学部 歴史地理学科 講師。