信平 和也(のぶひら かずや、1981年12月9日 - )は… 信平 和也(のぶひら かずや、1981年12月9日 - )は、神奈川県川崎市多摩区出身の元プロバスケットボール選手である。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの東京アパッチに所属していた。192cm、85kg。埼玉ブロンコスの信平優希(現姓:佐々木)は実弟。 小学校4年生頃にバスケットボールを始める。中野島中学校を卒業後は都内の名門國学院久我山高に進学。大学は國學院大學に進学。 大学卒業後、いくつかのクラブチームを経て2005年、東京アパッチに入団。
佐藤 浩貴(さとう ひろたか、1981年〈昭和56年〉12月… 佐藤 浩貴(さとう ひろたか、1981年〈昭和56年〉12月8日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。神奈川県出身。現役時代のポジションはセンター。役職はアシスタントコーチ。ワンリーズ和歌山所属。 小・中学校時代は特にスポーツをせず、帰宅部だった。中学3年生時には身長190cm、体重100kgにまで成長している。 相洋高等学校入学後にバスケットボールを始める。 恵まれた体格と運動能力を見込まれて入学した専修大学では、1年時からスタメンを任される。2年生の時にオールジャパンに出場する。3年時には、中川和之、中川直之、波多野和也、長澤晃一、青木康平らと共にインカレで優勝する。4年時には、日本代表監督に就任したジェリコ・パブリセヴィッチに見込まれ、日本代表候補選手に選ばれ、欧州遠征に参加する。
小畑 亜章子(おばた あきこ、1981年10月27日 - )… 小畑 亜章子(おばた あきこ、1981年10月27日 - )は、神奈川県出身の元バスケットボール選手。ニックネームは「テル」。ポジションはガード。 名門富岡高から、デンソーに入社。 2008-09シーズンには最多スティールを記録。 2005年には東アジア大会日本代表に選出。 2009年にもアジア選手権日本代表に選ばれた。 2011年度アシスト王(2年連続3度目)。 2012年4月引退。 引退後は筑波大学大学院で学んだ後、男子Bリーグ、三遠ネオフェニックススクールコーチを務めた。 2019年4月、デンソーアシスタントコーチ就任。
朝山 正悟(あさやま しょうご、1981年6月1日 - )は… 朝山 正悟(あさやま しょうご、1981年6月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の元男子プロバスケットボール選手、指導者。ポジションはG/F、SG。広島ドラゴンフライズ所属し、現在の役職はヘッドコーチ。広島での選手時代にはBリーグで初となる選手兼任監督を歴任。「ミスタードラゴンフライズ」や「広島のレジェンド」と呼ばれる。 兄の影響を受け、小5でバスケを始める。横浜市立西谷中学校3年時には神奈川県選抜としてジュニアオールスター優勝を経験。 世田谷学園高校でも活躍し、1999年3年時はウィンターカップ3位となり優秀選手にも選ばれる。 2000年早稲田大学人間科学部スポーツ科学科に進学、早大ビッグベアーズに所属する。
渡辺 由夏(わたなべ ゆうか、1981年5月7日 - )は、… 渡辺 由夏(わたなべ ゆうか、1981年5月7日 - )は、神奈川県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはセンターフォワード。180cm。ニックネームは「サラ」。 桜花学園高校で全国タイトルを獲得し、卒業後、シャンソン化粧品に入社。 ルーキーシーズンより三冠に貢献し、シャンソン黄金時代を支えた。 2006年ドーハアジア大会及び2007年アジア選手権の日本代表にも選ばれる。 だが、負傷のため2004-05シーズンはマネージャーに転じ、手術を敢行。翌シーズン選手復帰。 2007-08シーズンはシャンソンの主将を務める。2009年アジア選手権で代表復帰。 2015年引退。引退後は母校桜花学園バスケットボール部のアシスタントコーチを務める。
立川真紗美(たちかわ まさみ、1980年11月16日 - )… 立川真紗美(たちかわ まさみ、1980年11月16日 - )は、神奈川県横須賀市出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「サミ」。ポジションはガードフォワード。所属。田臥世代の一人。 バスケットボールを始めたきっかけは、地元の「ミニバスケットクラブ員募集」の回覧板。 久里浜中学校、横須賀商業高校(現・横須賀総合高校)を経て1999年、ジャパンエナジー入社。バスケットボール部に所属する。 2004年にはアテネオリンピックに出場した。 2009年、JOMOを退団、富士通に移籍。2014年腰の怪我で引退。 その後、バスケットボールアカデミーのコーチを務めるが、3×3で競技復帰。
田臥 勇太(たぶせ ゆうた、1980年10月5日 - )は、… 田臥 勇太(たぶせ ゆうた、1980年10月5日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。神奈川県横浜市金沢区出身。B.LEAGUEの栃木ブレックス所属。秋田県立能代工業高等学校時代には世界ジュニア選抜に選ばれた。2004年、フェニックス・サンズの開幕ロースターに入った日本人初のNBAプレーヤーである。身長173cm、体重75kg、靴のサイズ29cm。
栗野 譲(くりの じょう、1980年7月28日 - )は、神… 栗野 譲(くりの じょう、1980年7月28日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロバスケットボール選手、指導者である。B.LEAGUE島根スサノオマジックのアシスタントコーチを務める。 2003年〜2018年までプロバスケットボール選手としての現役生活を経て、B.LEAGUE の豊通ファイティングイーグルス名古屋 で2017-2018シーズンを最後に引退。ポジションはフォワード。 バスケ選手および指導者の他、自身が設立したスポーツビジネス、バスケットボールスクール、ウェブマーケティング、およびアパレル関係の会社社長も務める。クリスチャン。 父親は元空母ミッドウェイ乗船員で横須賀基地に勤務していたアメリカ人。
福田 幹也(ふくだ みきや、1980年6月6日 - )は、神… 福田 幹也(ふくだ みきや、1980年6月6日 - )は、神奈川県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワードで、身長191cm、体重85kg。 横浜商大高から神奈川大学を経て横浜ギガキャッツに入団。ギガキャッツの後継クラブである横浜ギガスピリッツにも所属し、2007年にJBL2の千葉ピアスアローバジャーズに移籍。 2008年、bjリーグのライジング福岡に入団したが、2009年1月契約解除。同年、米独立リーグIBLの日本人チーム、ニッポン・トルネードでプレーする。 2011-12シーズンを横浜ビー・コルセアーズの練習生として過ごした後、2012年に埼玉ブロンコスと契約し、2012-13シーズンは25試合に出場。
鈴木 鉄夫(すずき てつお、1980年3月1日 - )は、神… 鈴木 鉄夫(すずき てつお、1980年3月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはF。 横浜商大高、青山学院大学卒業後に関東実業団リーグの東京日産に入団。2002年春のリーグでは新人賞とベスト5を獲得し、同年秋にもベスト5を獲得するなど活躍。 翌、2003年にオーエスジーフェニックスに加入。 オーエスジーのbjリーグ転籍によりJBL2のアイシン・エィ・ダブリュ アレイオンズ安城に移籍。
伊藤 俊亮(いとう しゅんすけ、1979年6月27日 - )… 伊藤 俊亮(いとう しゅんすけ、1979年6月27日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。神奈川県座間市出身。ポジションはセンター。204cm、112kg。ニックネームは「イートン」。 県内有数の進学校、神奈川県立大和高等学校から中央大学に一般入試で合格。同大学に進学し、全日本学生バスケットボール選手権大会(インカレ)、リーグで2度準優勝を経験。また、在学中の2001年に日本代表に選ばれ、アジア選手権に出場。[要出典] 卒業後の2002年、東芝に入社。ルーキーシーズンに19試合出場し、2003年には最多得票でオールスターにも選ばれるなどの活躍を見せる。[要出典] 全日本でもコンスタントに選ばれ[要出典]、2006年世界選手権にも出場した。
松藤 貴秋(まつふじ たかあき、1979年4月18日 - )… 松藤 貴秋(まつふじ たかあき、1979年4月18日 - )は、神奈川県伊勢原市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。176センチ、体重72キロ。弟は松藤光生。 現在は母校である中京大学スポーツ科学部教授、体育会バスケットボール部ヘッドコーチを務める。高校時代の2年先輩に三遠ネオフェニックスHCの大野篤史がいる。 愛工大名電高校から中京大学を経て埼玉ブロンコスに入団。 2005年 埼玉ブロンコスのbjリーグ参戦を機に日本リーグの豊田通商に移籍 2002-03、2003-04 日本リーグ優勝・連覇 2007-08シーズンをもって引退 2008年 中京大学ヘッドコーチ就任。 2010年 インカレ出場 2014年 東海リーグ優勝(24年ぶり)、西日本大会準優勝、天皇杯出場 2017年 全日本大学選手権大会 ベスト8 2019年 バスケットボールU22日本代表 アシスタントコーチ 2021年 バスケットボールU22日本代表 チームリーダー 2022年 全日本大学新人選手権大会 3位、全日本大学選手権大会 ベスト8 2023年 日本学生選抜 ヘッドコーチ。
竹田 謙(たけだ けん、1978年10月5日 - )は、神奈… 竹田 謙(たけだ けん、1978年10月5日 - )は、神奈川県川崎市高津区出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード/フォワード。身長188cm、体重80kg。AB型。左利き。現在は横浜ビー・コルセアーズのアドバイザーと青山学院大学男子バスケットボール部のHCを務める。 國學院久我山高校、青山学院大学を経て、東京海上日動火災保険に入社。日本リーグのバスケットボール部に所属し、ルーキーながら全14試合に先発出場し、221得点を記録。 2002年に新潟アルビレックスBBへ移籍。引き続き主力として活躍。 2005年、新たに発足された福岡レッドファルコンズへ移籍するが、シーズン途中で解散したため、松下電器へ移籍。
堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13… 堀田 剛司(ほった たけし、1978年〈昭和53年〉2月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県出身。現役時代のポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。役職はヘッドコーチ。B3リーグ・湘南ユナイテッドBC所属。 13歳の時に大綱中学校でバスケットボールを始める。湘南工科大学附属高等学校から日本体育大学を卒業。 新潟アルビレックスに入団。 2003年、日本代表に選出。 2005年、新潟アルビレックスのbjリーグ転籍に伴い、福岡レッドファルコンズに移籍したが、シーズン途中でチームが解散となったためオーエスジー(現在の三遠ネオフェニックス)へ移籍。福岡からJBLへの移籍選手第1号となった。
鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月2… 鈴木 裕紀(すずき ゆきのり、1977年〈昭和52年〉5月27日-)は、日本の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。神奈川県横浜市戸塚区出身。現役時代のポジションはポイントガード/シューティングガード。B2リーグ・岩手ビッグブルズにヘッドコーチとして所属している。 2001年に新潟アルビレックスに入団しプロ選手となる。2005年にはbjリーグの大分ヒートデビルズに移籍し、最高3ポイントシュート成功率を2度獲得、ベストファイブにも1度選ばれた。 2011年に現役を引退すると同時に大分のヘッドコーチに就任しbjリーグ 2014-15シーズンまで指揮を執った後、bjリーグ 2015-16シーズンより金沢武士団、2017-18シーズンから2020年10月まで島根スサノオマジック、2022-23シーズンより岩手ビッグブルズのヘッドコーチを歴任している。
安西 智和(あんざい ともかず、1975年4月4日 - )は… 安西 智和(あんざい ともかず、1975年4月4日 - )は、神奈川県出身のバスケットボール選手・指導者である。現役時代のポジションはG。引退後は前橋育英高等学校でコーチを行う。 現在は茨城県でバスケ指導に携わっている。 土浦日大高では2年時にインターハイ優勝。ウィンターカップでは優勝こそならなかったが、2、3年時に準優勝、3年時の決勝では40得点の活躍。 日本大学進学後もインカレ優勝を経験。当時のチームメートには高橋尚毅等がいた。 卒業後はいすゞ自動車に入社。チームの黄金期を支える。
青木 勇人(あおき たけと、1974年1月29日 - )は、… 青木 勇人(あおき たけと、1974年1月29日 - )は、神奈川県藤沢市出身のバスケットボール選手、指導者である。選手時代の身長は193cm、体重92kgで、ポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。 10歳でバスケットボールを始める。藤沢市立本町小学校、藤沢市立第一中学校を卒業後、鎌倉学園高校に進学。その後専修大学を経て1996年、大和証券に入社。大和休部後の2000年に発足した新潟アルビレックスにも出向選手として引き続き参加。2001年にはプロ契約を結んだが、2004年に退団。 2005年のbjリーグ発足時に東京アパッチと契約。2006年からはプレイイングコーチとなる。2007年2月、栗野譲との交換トレードにより大分ヒートデビルズへ移籍。
高辻 周孝(たかつじ かねたか、1973年9月17日 - )… 高辻 周孝(たかつじ かねたか、1973年9月17日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。ポジションはF。神奈川県川崎市出身で住友金属スパークス・アイシンシーホースに所属していた。
南山 真(みなみやま まこと、1973年3月11日 - )は… 南山 真(みなみやま まこと、1973年3月11日 - )は、神奈川県出身の元プロバスケットボール選手である。 横浜市金沢区生まれ。横浜市立大道小学校、横浜市立大道中学校、湘南工科大高校では2年次に1年先輩の赤穂真らとともにインターハイ・ウィンターカップでいずれもベスト4に貢献する。法政大学に進学後も活躍。 卒業後の1995年、いすゞ自動車に入社。同年、福岡ユニバーシアードの日本代表に選ばれ銀メダルを獲得する。いすゞでもシューティングガードとして活躍し、黄金時代を支えた。 1998年には外山英明、長谷川誠についで日本人3人目となるプロ契約を結ぶ。同年、世界選手権にも出場。 2000年6月、いすゞを退社。
沖田 眞(おきた まこと、1972年8月20日 - )は、神… 沖田 眞(おきた まこと、1972年8月20日 - )は、神奈川県出身の元男子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。キャッチフレーズは「日本一の高速ガード」。 横浜市立矢部小学校、横浜市立戸塚中学校、湘南工科大高では横浜市立矢部小学校、インターハイベスト4に輝き、日本体育大学ではインカレ優勝と1993年ユニバーシアードを経験する。 卒業後、三菱電機に入社。 1997年と2000年のオールジャパンではともに準優勝に貢献しベスト5に選ばれる。また、オールスターにも出場した。 全日本のメンバーとして2001年アジア選手権に出場。 2006年現役引退。 現在は愛知産業大学工業高等学校のバスケットボールの監督兼任体育の顧問。
赤穂 真(あかほ まこと、1971年7月6日 - )は、神奈… 赤穂 真(あかほ まこと、1971年7月6日 - )は、神奈川県横浜市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはC。背番号50。 妻も日本体育大学の元バスケットボール選手。2014年仁川アジア大会銅メダリストの赤穂さくらは長女、次女は赤穂ひまわり。秋田ノーザンハピネッツの赤穂雷太はひまわりの双子の兄。 相模工大高では3年次に1年後輩の南山真・沖田眞らとともにインターハイ・ウィンターカップでいずれもベスト4に貢献する。 その後、日本体育大学を経て、1994年に住友金属に入社。ルーキーながら主力となり、オールジャパンでベスト5に選ばれる。 翌年のユニバーシアードでは日本代表に選ばれ銀メダルを獲得。
三宅 学(みやけ まなぶ、1969年2月24日 - )は、神… 三宅 学(みやけ まなぶ、1969年2月24日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身の元バスケットボール選手、指導者である。ポジションはポイントガード。 神奈川県横浜市戸塚区出生兼出身。横浜市立汲沢中学校、相模工大高校から日本体育大学に進み、卒業後、NKKに入社。 1994年には広島アジア大会に出場する日本代表に選出される。 1999年の休部後は松下電器に移籍し、2003年引退。 2005年、横浜清風高校に体育教師として赴任。以降2026年現在まで男子バスケットボール部監督を務めている。
小嶋 裕二三(こじま ひろふみ、1967年7月23日 - )… 小嶋 裕二三(こじま ひろふみ、1967年7月23日 - )は、神奈川県出身のバスケットボール指導者。女子バスケットボールWリーグ、アランマーレ秋田ヘッドコーチ。 中和田南小学校でバスケを始め、泉が丘中学校、松陽高校を経て青山学院大学に進学。1988年インカレで準優勝。 卒業後は指導者の道を進み、NECでコーチキャリアを始める。 1998年、女子日本代表アシスタントコーチに就任し、1998年アジア競技大会で金メダルに導く。 その後、鷺宮製作所を経て実業団連盟の山形銀行でヘッドコーチ就任、2006年のじぎく兵庫国体優勝。 2008年、デンソーコーチに就任。 2010年、ヘッド昇格。2013-14シーズンにはチーム最高となるWリーグ準優勝に導く。
小川 直樹(おがわ なおき、1965年10月28日 - )は… 小川 直樹(おがわ なおき、1965年10月28日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手。神奈川県川崎市出身。現役時代は日本鋼管に所属。Bリーグ、横浜ビー・コルセアーズ初代ゼネラルマネージャー。 日体大荏原高校、日本体育大学卒業後、日本鋼管に入社。全日本にも選ばれる。 1998年、現役引退。実業団チームで指導を始める。 1999年、知的障害者バスケットボールの日本FIDバスケットボール連盟理事に就任。シドニーパラリンピックなどの国際大会でヘッドコーチとして指揮を執った。連盟理事長も務めた。 2011年、bjリーグに新規参入する横浜ビー・コルセアーズの初代GMに就任。 2017年オフ、GM退任。
服部 信雄(はっとり のぶお、1947年7月19日 - )は… 服部 信雄(はっとり のぶお、1947年7月19日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。 立教大学卒業。日本鋼管では1971年に日本リーグ4連覇達成とともにベスト5に選出。 全日本にも選ばれ、1967年世界選手権、1972年ミュンヘンオリンピックなどにも出場。 娘である服部梨絵も代表歴のあるバスケットボール選手。