熱海富士 朔太郎(あたみふじ さくたろう、2002年9月3日… 熱海富士 朔太郎(あたみふじ さくたろう、2002年9月3日 - )は、静岡県熱海市出身で、伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士。本名は武井朔太郎。身長187cm、体重195kg、血液型はA型。最高位は東関脇(2026年5月場所 - )。好物は魚(刺身など)。 千葉県生まれ。小学校2年時に熱海市に移る。6年時に三島市の三島相撲クラブで相撲を始める。当時は柔道でも活躍しており、中学校は当初日本大学三島中学校に進学し柔道部に所属したが、2年からは相撲に専念し熱海市立熱海中学校に転校。飛龍高等学校(沼津市)では1年時からレギュラーとして活躍した。 中学時代には毎食米4合、牛乳1リットルで体を作り、着る服も大きくなる体格に合わせて季節ごとに新調した。
颯富士 元揮(はやてふじ げんき、2001年12月6日 - … 颯富士 元揮(はやてふじ げんき、2001年12月6日 - )は、静岡県藤枝市出身で、伊勢ヶ濱部屋に所属した元大相撲力士。本名は大桑 元揮(おおくわ げんき)。身長171.5cm、体重141.3kg、血液型はB型。最高位は西幕下4枚目(2023年5月場所)。 小学校1年生の時に焼津少年相撲クラブで相撲を始めて、5年次に全日本小学生相撲優勝大会で3位入賞、中学校3年次に全中ベスト16の実績を残す。飛龍高校3年次に高校横綱(高校総体個人の部優勝)のタイトルを獲得し、全日本相撲選手権大会でも32強入りしている。飛龍高校からは大桑が二人目の高校横綱となった。初代は元幕内磋牙司の磯部洋之である(当時は沼津学園)。
翠富士 一成(みどりふじ かずなり、1996年8月30日 -… 翠富士 一成(みどりふじ かずなり、1996年8月30日 - )は、静岡県焼津市出身で、伊勢ヶ濱部屋所属の現役大相撲力士。本名は庵原 一成(いはら かずなり)。身長174.0cm、体重117.0kg、血液型はO型。最高位は西前頭筆頭(2022年9月場所・2023年5月場所)。 相撲に打ち込むことになったきっかけは、小学校2年次に出場した相撲大会で優勝を逃し準優勝に終わったことで、母親が悔しい思いをしたからだった。その後は元幕下・青馬(安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋)の父親のもとで1日100番を超える猛稽古をこなし、小学5年でわんぱく相撲の全国大会に出場した。 焼津市立焼津中学校に進学すると1年生で全国中学校相撲選手権大会(全中)に出場したが、夏休みから遊びに興じるようになって相撲の稽古はしなくなり、学校にも通わなくなった。
野崎 舞夏星(のざき まなほ、1996年〈平成8年〉7月17… 野崎 舞夏星(のざき まなほ、1996年〈平成8年〉7月17日 - )は、日本の女子相撲選手。静岡県浜松市出身。静岡県立浜松西高等学校出身、2015年(平成27年)4月からは立命館大学に在学。
山中未久(やまなか みく、1993年12月5日 - )は、静… 山中未久(やまなか みく、1993年12月5日 - )は、静岡県焼津市出身の女子相撲選手である。 静岡県立静岡商業高等学校、立命館大学スポーツ健康科学部卒業。現在は立命館大学職員であり、相撲部のコーチも務めている。 4歳の頃に相撲を始め、小学校4年生で地元・焼津市の相撲クラブに入った。小学校5年生の時に安治川部屋(後の伊勢ヶ濱部屋)の稽古見学に行き、体格が恵まれていない安馬(第70代横綱・日馬富士)が他の力士と対等に戦う姿に憧れを抱いたという。 2008年、静岡県立静岡商業高等学校に入学。女子として初めての相撲部員となり、2年生の時に全日本女子相撲選手権で初優勝した。 2011年、立命館大学スポーツ健康科学部に進学。
栃飛龍 幸也(とちひりゅう ゆきや、1987年4月23日 -… 栃飛龍 幸也(とちひりゅう ゆきや、1987年4月23日 - )は、静岡県三島市出身で、春日野部屋所属の現役大相撲力士。本名は本間 幸也(ほんま ゆきや)。身長178cm、体重157kg、血液型はO型。最高位は西十両7枚目(2013年5月場所)。突き押しが得意だが、時々右に動く相撲も見せる。
磋牙司 洋之(さがつかさ ひろゆき、1981年12月21日 … 磋牙司 洋之(さがつかさ ひろゆき、1981年12月21日 - )は、静岡県三島市出身の入間川部屋所属の現役大相撲力士。本名は磯部洋之(いそべ ひろゆき)。身長166cm、体重134kg、血液型AB型。得意手は食い下がり、押し、投げ。最高位は西前頭9枚目(2011年9月場所)。
駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 … 駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 - )は、静岡県袋井市出身で入間川部屋所属の元大相撲力士。本名は名倉 章洋(なぐら あきひろ)。身長183cm、体重149kg。最高位は西幕下筆頭(2010年1月場所)。
片山 伸次(かたやま しんじ、1979年9月6日 - )は、… 片山 伸次(かたやま しんじ、1979年9月6日 - )は、静岡県焼津市出身で阿武松部屋に所属した元大相撲力士。本名同じ。身長179cm、体重142kg。得意は押し相撲である。最高位は西前頭13枚目(2005年7月場所)。趣味は映画鑑賞。愛称は「四股の片山」、また部屋では「サップ」と呼ばれていた。血液型はAB型。好物は麺類、唐揚げ。最終学歴は専修大学卒業。 小学4年のころに相撲クラブに入り、小学6年で全国大会に出場する。中学、焼津水産高、専修大学でも相撲を続け、全日本相撲選手権大会では3位に入賞した。この成績ならかつては幕下付出デビューも可能だったが、2001年の規程改正で幕下付出は優勝が条件となり、惜しくも幕下付出デビューは果たせなかった。
潮丸 元康(うしおまる もとやす、1978年5月11日 - … 潮丸 元康(うしおまる もとやす、1978年5月11日 - 2019年12月13日)は、静岡市葵区出身で東関部屋に所属した大相撲力士。本名は佐野 元泰(さの もとやす)、愛称は「ウッシー」。現役時は身長176cm、体重169kg。最高位は西前頭10枚目(2002年11月場所)。生前は年寄・東関として、東関部屋の師匠を務めていた。 現役時代は童顔と相撲人形のような体つきでファンの人気を集めた。その丸々としたあんこ型の体型を生かした突き押し相撲を得意としたほか、差し身が良く、もろ差しや右差しの体勢からの寄りを見せる事も多かった。 明るい性格でカラオケを趣味としていた。血液型はB型。 一人っ子として生まれる。
悟(さとる、1977年(昭和52年)6月17日 - )は、大… 悟(さとる、1977年(昭和52年)6月17日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は山﨑 悟(やまざき さとる)。静岡県湖西市出身。荒磯部屋→松ヶ根部屋→二所ノ関部屋→放駒部屋所属。血液型はA型。
山錦 喜章(やまにしき よしあき、1965年5月22日 - … 山錦 喜章(やまにしき よしあき、1965年5月22日 - )は、静岡県伊豆市出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は冨安 喜章(とみやす よしあき)(旧姓は山崎)。身長174cm、体重141kg。現在は日本相撲協会営繕部職員。得意技は突き、押し。血液型はB型。最高位は西十両10枚目。 伊豆市立修善寺中学校ではバレーボール部に所属しており、ポジションはセンターセッターを務めた。「お前は野球の選手か力士にしたかった」と日頃から言っていた父親が亡くなったのを機に角界への入門を決意し、元出羽海部屋の力士に出羽海部屋を紹介されたので、中学校卒業後に出羽海部屋に入門した。1981年3月場所に15歳で初土俵を踏む。
龍ヶ浜 広宣(りゅうがはま ひろのり、1963年8月16日 … 龍ヶ浜 広宣(りゅうがはま ひろのり、1963年8月16日 - )は、静岡県浜松市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は柴田 広宣(しばた ひろのり)、185cm、144kg。得意技は左四つ、寄り。血液型はB型。最高位は西十両7枚目。兄は元ボクシングスーパーウェルター級日本王者の柴田賢治。 鮎料理店「滝沢園」の三男で、浜松市立北星中学校ではサッカー部に所属し、ゴールキーパーとして活躍した。興誠高等学校に進学してからも引き続きサッカー部でゴールキーパーを務め、高校2年生の時には静岡西部の選抜チームに選ばれて韓国にも遠征した。スーパーでアルバイトをしていたときに時津風親方(元大関・豊山)の知人から入門を勧められて迷っていたが、上京して後楽園ホールで兄が出場したボクシングの試合を見に行った時に時津風部屋入門を決意した。
ターザン後藤( - ごとう、本名:後藤 政二(ごとう まさじ… ターザン後藤( - ごとう、本名:後藤 政二(ごとう まさじ)、1963年8月16日 - 2022年5月29日)は、日本の元プロレスラー、元大相撲力士。静岡県島田市出身。入場曲は「汚れた英雄」。 中学校を卒業後、15歳の時に九重部屋へ入門。後藤(ごとう)の四股名で1979年年3月場所より初土俵を踏む。同部屋には後の横綱となる北勝海や、小結の孝乃富士(安田忠夫)がいる。しかし同年の11月場所をもって廃業を決め、最高位は序二段95枚目だった。島田市出身者として初の力士誕生でもあり、当時後藤の実家にも地元マスコミの取材が来たという。 大相撲を短期間で廃業した理由として、同じく角界出身で全日本プロレス入門時に教育係だったグレート小鹿によると「後藤の足裏が土俵の土によって切れやすく、そこに塩が染みて痛くなり相撲に集中出来ず、体質が合わなかった」と語っている。
立富士 祐司(たつふじ ゆうじ、1960年7月26日 - )… 立富士 祐司(たつふじ ゆうじ、1960年7月26日 - )は、静岡県富士宮市出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は渡辺 裕次(わたなべ ゆうじ)。177cm、132kg。最高位は東十両11枚目。得意技は左四つ、寄り。のちに立の富士 祐司(たつのふじ ゆうじ)とも名乗った。 相撲は小学生の時から取っていたが、当時はまだ本格的に取り組んではいなかった。しかし、中学校に入るとクラブ活動で本格的に始めた。静岡県立富士宮北高等学校へ進学した時には体重が100kgに達し、3年生の全国高等学校相撲選手権大会でも個人・団体の部で8位に入賞する活躍をした。国民体育大会(開催地:長野)に出場する前に就職先が決まっていたが、相撲選手権の活躍を聞いた立浪から勧誘され、好きな世界だったので就職を断ってから入門した。
秀男(ひでお、1949年12月28日 - )は、大相撲の元呼… 秀男(ひでお、1949年12月28日 - )は、大相撲の元呼出。本名は山木秀人(ひでひと)。伊勢ヶ濱部屋、桐山部屋を経て最後は朝日山部屋所属だった。血液型はA型[要出典]。 静岡県下田市出身。相撲部屋の先輩呼出である幸太郎に名付けられた。呼び上げの美声で相撲ファンから愛され、「土俵上の妖精」の異名を持つ。 1969年3月場所で初土俵。2003年5月場所より副立呼出に昇進。2008年1月場所番付発表の12月20日から立呼出に昇進。戦後生まれ初の立呼出となった。2003年7月場所限りで康夫が停年退職したため、翌9月場所からは秀男が呼出のトップとなり、結びの一番の呼び上げを担当していた。2014年12月27日に停年退職した。
柏龍 成彦(かしわりゅう しげひこ、1930年3月15日 -… 柏龍 成彦(かしわりゅう しげひこ、1930年3月15日 - 1992年7月4日)は、現在の静岡県浜松市旧中瀬村小島出身で錦島部屋、伊勢ノ海部屋に所属した元大相撲力士。本名は藤森 終吉(ふじもり しゅうきち)。177cm、94kg。最高位は東十両17枚目(1957年11月場所)。得意手は左四つ、寄り。 1949年1月場所にて、18歳で初土俵。出世は早いほうではなかったが、無類の稽古熱心で地力を付けていき、1956年3月場所にて十両昇進。十両は計6場所務めたが、1958年に入ってから盲腸炎による不振が続き、1958年9月場所限りで廃業した。
飛龍 喜三太(ひりゅう きさんた、「熊ヶ谷 弥三郎」(くまが… 飛龍 喜三太(ひりゅう きさんた、「熊ヶ谷 弥三郎」(くまがだに やさぶろう)、文政6年5月(1823年) - 明20年10月3日(1887年10月3日)は、遠江国金谷村(現在の静岡県島田市金谷東町)出身の大相撲力士。本名は村井 喜太八(むらい きたはち)。所属は追手風部屋から雷部屋を経て追手風部屋。最高位は前頭4枚目。 1823年(文政6年)金谷村(島田市)にて誕生 1858年(安政5年)11場所 - 十両4枚目 1860年(安政7年)10月場所 - 前頭8枚目 1862年(文久2年)11月場所 - 前頭7枚目 1864年(元治元年)4月場所 - 現役引退 二枚鑑札で年寄・熊ヶ谷を襲名。 1887年(明治20年)10月3日 - 死去。