木村 匡良 (きむら まさよし、1962年5月16日 - )… 木村 匡良 (きむら まさよし、1962年5月16日 - )は日本の元検察官、公証人。秋田地方検察庁検事正を経て、大津地方検察庁検事正・岡山地方検察庁検事正を経て板橋公証役場公証人。 東京地方検察庁特別捜査部勤務の際、陸山会事件の捜査の主任検事であった。部下の田代政弘らと共謀して虚偽の捜査報告書を検察審査会に提出し、小沢一郎の起訴相当議決をさせたとして、偽計業務妨害罪で健全な法治国家のために声をあげる市民の会から告発されたが、不起訴となった。なお、法務大臣からは戒告の懲戒処分を受けた。 愛知県北名古屋市出身。東京大学法学部卒業後、1990年検察官任官。東京地方検察庁検事を経て、2010年東京地方検察庁立川支部検事。
林 眞琴(はやし まこと、1957年7月30日 - )は、日… 林 眞琴(はやし まこと、1957年7月30日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。第49代検事総長。 愛知県豊橋市出身。1976年、時習館高等学校卒業。1981年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業。司法修習35期。1983年検事任官、東京地方検察庁検事。1984年甲府地方検察庁検事。1987年3月27日浦和地方検察庁川越支部検事。 1988年東京地方検察庁検事。特別捜査部検事として、1988年のリクルート事件や、1997年の第一勧業銀行総会屋利益供与事件の捜査にあたった。1990年法務省刑事局付。1991年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。1994年法務省刑事局付。1995年東京地方検察庁検事。
赤根 智子(あかね ともこ、1956年〈昭和31年〉6月28… 赤根 智子(あかね ともこ、1956年〈昭和31年〉6月28日 - )は、日本の検察官、裁判官。国際刑事裁判所裁判官、同所長。 名古屋大学法科大学院教授兼中京大学大学院法務研究科教授、国際連合アジア極東犯罪防止研修所教官、札幌地方検察庁公判部長、国際連合アジア極東犯罪防止研修所次長、法務省法務総合研究所国際協力部長、函館地方検察庁検事正、法務総合研究所国際連合研修協力部長兼国連アジア極東犯罪防止研修所所長、法務省法務総合研究所長、最高検察庁検事兼国際司法協力担当大使等を歴任した。 愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。1980年(昭和55年)に東京大学法学部を卒業後、1982年(昭和57年)に検事任官。
城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日… 城 正憲(たち まさのり、1947年6月18日 - )は、日本の元弁護士、元検察官。 愛知県出身。愛知県立田村(現愛西市)に生まれた。愛知県立津島高等学校では弁論部で活躍した。1966年、津島高校を卒業し(18回生)、上京して中央大学法学部法律学科に入学した。当時は、学園紛争が続き中央大学もロックアウトになってまともに講義が受けられない4年間をすごすことになったが、その間に弁論部で活躍し、選挙活動のアルバイトに没頭した。ようやく司法試験を合格を目指すサークルに入って勉強を開始する。 大学卒業後5回目で司法試験に合格した。この後、司法修習を受けた後、検事として検察庁に配属される。 東京地方検察庁、前橋地方検察庁、名古屋地方検察庁に勤務した後、1992年、法務省訟務局検事を最後に退官。
緒方 重威(おがた しげたけ、昭和9年(1934年)6月4日… 緒方 重威(おがた しげたけ、昭和9年(1934年)6月4日 - )は、日本の元検察官、元法務官僚、元弁護士。元公安調査庁長官。東京都目黒区のハーベスト投資顧問株式会社代表取締役。 父は検察官・弁護士の緒方浩、兄は化学者で上智大学副学長・千歳科学技術大学学長の緒方直哉。 父・浩が当時、岡崎検事局に勤務していたため愛知県岡崎市で生まれた。父はその後、名古屋、金沢、東京と転勤し、昭和14年(1939年)、満洲国最高検察庁検事として満州に赴任することになった。昭和14年(1939年)11月初旬、一家5人が満州国へと到着した。緒方と兄は、父に命じられていたこともあり、幼い頃から剣道を習っていた。 終戦後約1ヵ月をかけて母、兄、姉そして緒方の家族4人は無事に日本まで引き揚げてきた。