稲垣 久生(いながき ひさお、1961年1月10日 - )は… 稲垣 久生(いながき ひさお、1961年1月10日 - )は、日本の外交官、情報技術者。シアトル総領事を経て、駐トンガ特命全権大使。 三重県四日市市出身。父はモールス信号の技師を経て、日本の降伏後日本電信電話公社に入社。兄もコンピューター関連。 三重県立四日市高等学校卒業後、1983年名古屋工業大学工学部第一部電気情報工学科卒業。1985年東京工業大学(のちの東京科学大学)大学院理工学研究科修了、外務省入省。1991年マサチューセッツ工科大学大学院修了、修士。 作家の佐藤優は入省同期で、読書術などを学んだ。技術系であり、入省後はホストコンピューターに関する業務から始め、情報通信技術などを担当し、人事・会計業務のシステム化、LANの整備、情報セキュリティ対策などを進めた。
伊藤 秀樹(いとう ひでき、1957年2月13日 - )は、… 伊藤 秀樹(いとう ひでき、1957年2月13日 - )は、日本の外交官。駐スーダン特命全権大使を経て、駐バーレーン特命全権大使。三重県津市出身。
齋木 昭隆(斎木昭隆、さいき あきたか、1952年10月10… 齋木 昭隆(斎木昭隆、さいき あきたか、1952年10月10日 - )は、日本の外交官。外務省アジア大洋州局長、インド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚)、外務審議官(政務担当)を経て外務事務次官を務めた。退官後中東調査会理事長、三菱商事取締役、伊藤園顧問、プリンスホテル顧問。 父は元駐アルゼンチン大使の齋木千九郎(さいき せんくろう、1920年7月15日 - 1999年9月13日)、妻は外務省研修所長の斎木尚子である。 駒場東邦高校、東京大学教養学部卒業後、1976年に外務省入省。2006年に駐米公使、2008年にアジア大洋州局長、2011年からインド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚)を務めた。
多賀 敏行(たが としゆき、1950年9月22日 - )は、… 多賀 敏行(たが としゆき、1950年9月22日 - )は、日本の外交官。 外交官経験をいかし、外交論・比較文化論や英語についての著書の執筆も行う。 宮内庁侍従、ラトビア公使、東京都庁知事本局儀典長、ラトビア駐箚特命全権大使などを歴任した。 三重県松阪市出身。中学から愛知県名古屋市に出て東海中学校・高等学校に進学。1974年に一橋大学法学部を卒業し、外務省に入省。高校・大学及び外務省入省同期に西ヶ廣渉元宮内庁宮務主管がいる。1977年ケンブリッジ大学大学院修了、LL.M.(法学修士)。国連政府代表部一等書記官等を経て、1993年から1996年まで宮内庁で侍従を務めた。 その後石原慎太郎東京都知事の下で東京都知事本局儀典長を務めたのち、2009年から在チュニジア特命全権大使。
日下部 三九郎(くさかべ さんくろう、1870年9月16日(… 日下部 三九郎(くさかべ さんくろう、1870年9月16日(明治3年8月21日) - ?)は、日本の外交官。東京府平民。 旧暦明治3年8月21日(1870年9月16日)、伊勢国桑名(現:三重県桑名市)生まれ。共立学校(現:開成中学校・高等学校)、第一高等中学校を経て、1894年6月に帝国大学法科大学卒業。 1894年9月に外交官補となった後、領事官補、在スウェーデン・ノルウェー臨時代理公使、在イタリア臨時代理公使などを経て、1906年1月より公使館一等書記官・大使館一等書記官、1908年1月より関東都督府外事総長を務めた後、1909年2月に休職となる。1915年から1918年時点では福岡県にあった堀鉱業の監査役・取締役を務めていた。