竹野 百香(たけの ももか、2002年8月22日 - )は、… 竹野 百香(たけの ももか、2002年8月22日 - )は、三重県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会三重支部所属、ホームバンクは松阪競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第124期。師匠は舛井幹雄(71期)。 中学から三重県立朝明高等学校入学後1年生の夏まではバスケットボールをやっていたが、高校では環境に馴染めず行き詰まっていた時、同校自転車競技部に在籍していた兄から誘われ自転車競技を始める。ホームバンクは松阪だが、四日市市の高校に通学していたこともあり、在学中は四日市競輪場でも練習を積んだ。高校在学中の実績としては、2020年全日本自転車競技選手権大会トラックレース・スプリント2位などがある。
浜地 晴帆(はまち はるほ、2001年5月15日 - )は、… 浜地 晴帆(はまち はるほ、2001年5月15日 - )は、三重県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会三重支部所属、ホームバンクは松阪競輪場。日本競輪選手養成所第122期生。師匠は三宅裕武(88期)。 中学・高校時代は陸上競技に打ち込んだ。三重高等学校の同級生だった小西晴己(121期)の勧めもあり競輪選手の道に進んだという。 2021年1月14日、日本競輪選手養成所第122回技能試験に合格。在所競走成績は13位(0勝)。卒業記念レースは決勝4着。 2022年5月7日、松山競輪場でデビューし3着。初勝利は同年5月9日の松山競輪場で挙げた。
浅井 康太(あさい こうた、1984年6月22日 - )は、… 浅井 康太(あさい こうた、1984年6月22日 - )は、競輪選手。三重県桑名市生まれ。日本競輪選手会三重支部所属、ホームバンクは四日市競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第90期生。師匠は佐久間重光。 三重県立朝明高等学校自転車部では柴崎俊光(91期)と同窓生で、俊光の弟である柴崎淳(91期)の2年先輩にあたる。 2004年、競輪学校に第90期生として入学。同期には北津留翼、新田祐大、飯野祐太らがいる。在校成績は15勝で5位。 2005年7月8日、松阪競輪場でデビューし2着。初勝利は同月17日の富山競輪場。 2008年にはヤンググランプリ(平塚競輪場)に出場し4着となる。 2009年は共同通信社杯春一番(佐世保競輪場)において決勝に進出し永井清史の優勝に貢献する走りを見せ、高松宮記念杯競輪決勝では最後まで接戦を演じ3着に入り、11月に開催移行となった第51回競輪祭でも決勝に進出(9着)したことで、これらの成績で年間獲得賞金額が上位となり、12月8日の伊東温泉記念決勝では坂上樹大とランキング18位を直接争ったが、2着に入ったことでランキング17位となり、12月27日より2010年のS級S班選手に選出された。
倉野 隆太郎(くらの りゅうたろう、1984年5月24日 -… 倉野 隆太郎(くらの りゅうたろう、1984年5月24日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会三重支部所属(当初は愛知支部所属)、ホームバンクは松阪競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第91期生。 三重県出身。三重県立明野高等学校では野球部に所属。その後、競輪ファンだった父親に勧められて競輪選手になることを決意 し、片岡浩也(競輪学校49期生)に師事して競輪学校に合格したが、同校卒業後、実妹の由紀(104期生)が柔道に取り組むため、豊橋市に所在する桜丘中学校に進学することになったことを契機に、一家揃って豊橋市に移住することになった ため、愛知県に競輪選手登録することになった。なお、のち登録地は出身地である三重県に変更し移籍している。
海田 和裕(かいだ かずひろ、1971年1月12日 - )は… 海田 和裕(かいだ かずひろ、1971年1月12日 - )は、元競輪選手。現役時代は日本競輪選手会三重支部所属、ホームバンクは松阪競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第65期生。師匠は萩原操(51期)。 選手としての最終データは、身長177cm、体重83kg。血液型B型。 小・中学校とサッカーを経験し、三重高等学校に入学してからも続けていたが、その傍ら自転車競技にも取り組むようになり、高校3年生の時に国民体育大会のスプリントで4位入賞の実績を持つ。 1989年、競輪学校に第65期生として入学。同期には吉岡稔真、後閑信一といった後のGI優勝経験者に加え、案浦攻など大学自転車競技界の第一人者、S級でも活躍した山本真矢らもいた(当時、65期生は「エリート揃い」とも呼ばれた)中で、在校競走成績第10位(55勝)となる。
松井 明子(まつい あきこ、1969年6月3日 - )は、三… 松井 明子(まつい あきこ、1969年6月3日 - )は、三重県松阪市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。旧姓は尾上。 松阪高校出身、岡山大学中退。母親が松阪競輪場に勤めていた影響で幼い頃から競輪選手に対して憧れがあり、社会人となってからロードレースおよびトラックレースを趣味としていた。女子競輪が始まるというニュースを聞き、1度だけのチャレンジのつもりで競輪学校を受験したという。 2011年2月25日、競輪学校第102回技能試験に合格。在校競走成績は16位(3勝)。 2012年7月6日、当時は旧姓である尾上明子の登録名にて京王閣競輪場でデビューし5着。
佐久間 重光(さくま しげみつ、1958年6月4日 - )は… 佐久間 重光(さくま しげみつ、1958年6月4日 - )は、元競輪選手、元日本競輪選手会(以下、選手会)理事長(三重支部長兼務)、元日本自転車競技連盟会長。三重県桑名市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第41期生。選手登録番号9559。師匠は叔父の小林勝博(期前、登録番号3671)。 実弟である佐久間幸人(51期)も元競輪選手。 三重県立桑名西高等学校出身。在学中より叔父の影響から競輪選手を目指すようになり、競輪学校に第41期生として入学する。同期には井上茂徳、伊藤豊明らがおり、在校競走成績は39勝を挙げ13位で卒業した。 1978年5月11日、名古屋競輪場で初出走初勝利を挙げ、以後2日間も勝ち、デビュー場所で完全優勝を果たした。