桂 優々(かつら ゆうゆう、1986年(昭和61年)1月8日… 桂 優々(かつら ゆうゆう、1986年(昭和61年)1月8日 - )は、落語家(上方噺家)。桂雀々門下。本名∶本田 彬洋。 滋賀県高島市(旧:マキノ町)出身。滋賀県立高島高等学校、龍谷大学を卒業。大学では落語研究会に所属し、在学中に偶然テレビで見た師匠桂雀々の落語に衝撃を受け、2009年(平成21年)4月の大学卒業後に入門する。のちに雀々は拠点を東京に移したが、優々は大阪府吹田市に住み、東京と大阪を行き来しながら活動していた。定期的に地元にある藤樹の里文化芸術会館や旧今津郵便局で高座を開く。 2021年11月18日、ご当地落語「土湯温泉」において、『憧れの女将さん』(作・ナツノカモ)を演じ、MVPにあたる「YUMORI ONSEN HOSTEL賞」を受賞した。
三遊亭 わん丈(さんゆうてい わんじょう、1982年12月1… 三遊亭 わん丈(さんゆうてい わんじょう、1982年12月1日 - )は、落語家。落語協会所属の真打。紋『三ツ組橘』。出囃子は『小鍛冶(義太夫)』。 1982年12月1日、滋賀県大津市出身。滋賀県立石山高等学校、北九州市立大学文学部人間関係学科を卒業。 2010年、東京の寄席で落語を聞き、落語家を志す。2011年4月、初代三遊亭圓丈に入門する。2012年4月、前座となる。前座名「わん丈」。2016年5月、柳家圭花、三遊亭ふう丈と共に二ツ目に昇進。滋賀県出身者として、初の江戸落語家である。2021年11月に師匠圓丈が死去。それに伴い2022年2月1日付で兄弟子である三遊亭天どん門下に移籍。 若手の登竜門である「北とぴあ若手落語家競演会」大賞、「公推協杯全国若手落語家選手権」大賞受賞の他、二ツ目昇進すぐから「今夜も落語づけ」「真夏の話術」「Zabu-1グランプリ」など錚々たる出場者の中優勝している。
月亭 八織(つきてい はおり、1980年1月21日 - )は… 月亭 八織(つきてい はおり、1980年1月21日 - )は、滋賀県大津市出身の落語家。吉本興業所属。本名は柴栄 佳美。 初舞台は2014年12月11日の「八方会」。犬好きなことから、創作落語「お犬様」を披露。大阪市福島区住みます芸人として活動中。 小学生のころから芸能の世界にあこがれ、入門前は、テレビ、映画、舞台などで女優として活動し、月亭八方、月亭八光とよろず刑事で競演したことがある。また、ワークショップで指導を受けた後藤ひろひととは今でも交流がある。 友人に天満天神繁昌亭の昼席に誘われたことがきっかけで落語に出会い、自分の芝居に役立つかも…と刺激を受けて繁昌亭落語家入門講座を受講。繁昌亭のお茶子を経て、2014年6月1日、八方に入門した。
5代目 桂 慶枝(かつら けいし、1961年6月26日 - … 5代目 桂 慶枝(かつら けいし、1961年6月26日 - )は、滋賀県草津市出身の上方落語の落語家。本名∶竹田 俊英。吉本興業所属。上方落語協会会員。 京都学園大学経済学部卒業後、1984年3月に桂三枝(現:6代桂文枝)に7番弟子として入門。高座名は、落語界の新しい風に、という願いを込めて桂三風と名付けられた。[要出典] 2001年ころより、客席と高座が一体になって噺を運ぶ、独自のスタイルを考案。これを「客席参加型落語」(後述)として、商標を登録した。[要出典] なんばグランド花月などの吉本の劇場や天満天神繁昌亭などに出演し、創作落語やショート落語などを演じる[要出典]。 2024年1月31日、同年秋より桂枝光改メ4代目桂梅枝とともに、自身は5代目桂慶枝を襲名することを発表した。
水野 晶子(みずの あきこ、1958年12月18日 - )は… 水野 晶子(みずの あきこ、1958年12月18日 - )は、日本のフリーアナウンサー・アマチュアの落語家。 1981年から1991年3月31日までは、大阪テレビタレントビューローに所属しながら、毎日放送(MBS)との間でアナウンサーとしての専属契約を締結。1991年4月1日付でMBSに正社員で入社してからは、2018年12月31日に定年で退職するまで、アナウンサーとして勤務していた。 大阪府生まれの滋賀県育ち(草津市出身)で、滋賀県立膳所高等学校から神戸市外国語大学へ進学した。大学卒業後の1981年4月に、大阪テレビタレントビューローと契約。MBS専属のアナウンサーとして同局の番組へ出演した後に、1991年4月に専門職(アナウンサー、後に一般職)の社員として入社した。
笑福亭 小松(しょうふくてい こまつ、1957年2月22日 … 笑福亭 小松(しょうふくてい こまつ、1957年2月22日 - 2014年8月2日)は、元落語家。本名は夏 東雁(하동안 / か とうがん、ハ トンアン)で、韓国籍。別名 夏川鴈二郎。滋賀県草津市出身。 兄弟弟子の笑福亭鶴瓶にかわいがられた。師匠から破門された際、他の弟子のように罵詈雑言を並べて怒鳴られることなく、逆に頭を下げられ「頼むから辞めておくんなはれ」と懇願される。1998年2月から130日かけて、鹿児島から北海道まで徒歩で全国縦断を達成。これが雑誌、新聞、テレビで取り上げられ、映画『勇気の3000キロ』のモデルにもなった。各地で「がん克服落語会」のチャリティー高座を開催した。 後述する略歴のとおり、落語家を廃業した現状が明らかとなっている。
笑福亭 仁扇(しょうふくてい にせん、1948年5月20日 … 笑福亭 仁扇(しょうふくてい にせん、1948年5月20日 - )は滋賀県出身の落語家、タレント。本名∶西河 重利。 滋賀県立能登川高等学校卒業後、1972年4月1日に笑福亭仁鶴に入門。所属事務所は吉本興業。上方落語協会会員。草野球チーム「モッチャリーズ」メンバー。デビュー当初からタレントとしても活躍。父は元市議会議員(後に県会議員)。 2017年7月より奇数月に一度、百年長屋(大阪環状線・玉造)にて「長屋寄席」を催している。