沖浦 啓之(おきうら ひろゆき、1966年10月13日 - … 沖浦 啓之(おきうら ひろゆき、1966年10月13日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション監督。大阪府交野市出身。妻は俳優・声優の武藤寿美。民俗学者の沖浦和光は叔父にあたる。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。スタジオカラー所属。 幼少の頃から漫画家になりたくて、小学生時代はずっとマンガを描いていた。その頃にアニメーションの仕組みに興味を持ち、小学校を卒業した春に友人と二人で初めてアニメを制作する。中学生になってからは、2人で学校にアニメーション同好会を作らせてもらい、毎年文化祭に向けて1年かけて作品を作るという事を3年間続けた。 1982年、当時テレビアニメ『太陽の牙ダグラム』で突出した作画を披露していた谷口守泰が主宰するアニメ制作会社アニメアールが大阪にあると知り、高校を休学して16歳で入社する。
上原 伸一(うえはら しんいち、1965年12月23日 - … 上原 伸一(うえはら しんいち、1965年12月23日 - )は、日本の男性アニメーション美術監督。大阪府吹田市出身。大阪デザイナー専門学校を経てマッドハウスに入社。アニメ監督の浅香守生とは共に同専門学校アニメーション学科の8期生で、同期入社となる。長年に渡りマッドハウスの美術スタッフとして活躍し、『四畳半神話大系』の仕事を最後に独立。2013年、自身が代表を務める美術背景制作会社スタジオラグラスを設立した。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
吉松 孝博(よしまつ たかひろ、1965年8月27日 - )… 吉松 孝博(よしまつ たかひろ、1965年8月27日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。大阪府出身。大阪府立東豊中高等学校卒業。スタジオ・ライブ所属。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。サムシング吉松のペンネームで、漫画家としても活動している。 中学時代は美術部に所属し、アニメーションを製作、高校に入り、ダイコンフィルムの影響を受け、本格的にセルアニメを作り始める。この時のメンバーには椎名高志がいる。なお、椎名は大阪府立箕面高等学校卒業。後に椎名は吉松がキャラクターデザインを担当した『大江戸ロケット』にゲストデザインとして参加したほか、椎名の漫画を原作としたアニメ版『絶対可憐チルドレン』では、吉松がオープニングの原画を担当している。
逢坂 浩司(おうさか ひろし、1963年6月20日 - 20… 逢坂 浩司(おうさか ひろし、1963年6月20日 - 2007年9月24日)は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、イラストレーター。株式会社ボンズ取締役。大阪府寝屋川市出身。嵯峨美術短期大学卒業。 別名義として、才谷梅太郎や大阪太郎がある。 谷口守泰に師事。1983年、短大生の頃からアルバイトで、谷口が主宰する作画スタジオ「アニメアール」においてサンライズ製作のアニメに参加。 毛利和昭、加瀬政広、貴志夫美子、吉田徹、柳沢まさひで、沖浦啓之、黄瀬和哉らとアニメアール黄金期を彩ったスター・アニメーターの1人。またアール時代の後輩、木村貴宏は逢坂を師匠と仰いでいた。 1991年にアニメアールを退社。
今川 泰宏(いまがわ やすひろ、1961年7月24日 - )… 今川 泰宏(いまがわ やすひろ、1961年7月24日 - )はアニメーション監督、映画監督、演出家、脚本家、放送作家。大阪府出身。
季里(きり、1961年 - )は、CGアーティスト、アニメー… 季里(きり、1961年 - )は、CGアーティスト、アニメーター、キャラクターデザイナー。ビジュアルプロデューサーという肩書きで活動するクリエーターである。 大阪府立大手前高等学校を経て、1984年に大阪教育大学美術学科卒業。大学4年生の時に黎明期のCGを牽引していた大村皓一率いる大阪大学工学部電子工学科CGグループに研究生として参加し作品制作を開始。 NICOGRAPH'83で優秀賞を受賞後、松浦雅也とコラボレーションを始める。CGアーティストとして「ひらけ!ポンキッキ」「ひとりでできるもん!」「音楽ファンタジー・ゆめ」「みんなのうた」などの子供向け番組にキャラクターやアニメーションを多数提供。
片渕 須直(かたぶち すなお、男性、1960年8月10日 -… 片渕 須直(かたぶち すなお、男性、1960年8月10日 - )は、日本のアニメ監督、脚本家。大阪府枚方市生まれ。 日本大学芸術学部映画学科卒業。株式会社コントレール取締役。日本大学芸術学部映画学科特任教授、日本大学芸術学部上席研究員[リンク切れ]。東京芸術大学大学院講師。日本映画監督協会会員。日本脚本家連盟連盟員。日本映像学会会員。日本アニメーション学会会員。日本アニメーション協会会員。航空ジャーナリスト協会会員[リンク切れ]。 母方の祖父が枚方公園駅の近くで映画館を営んでいたため、子どもの頃からアニメ映画などをよく観ていたという。2歳7か月で、東映動画の『わんぱく王子の大蛇退治』を観たことを覚えており、特に名アニメーターの大塚康生と月岡貞夫が作画したクライマックスシーンが印象に残っていたが、月岡貞夫に大学で学び、業界の先輩に大塚康生がいて、「自分の人生は、線路が敷かれた一本の電車道なのか」と不思議な縁を感じたという。
伊藤 豊(いとう ゆたか、1959年[要出典] - )は、日… 伊藤 豊(いとう ゆたか、1959年[要出典] - )は、日本のアニメーター、アニメーション美術家。 大阪府堺市出身。大阪府立泉北高等学校卒業後、上京。 1978年、専門学校に通学しながら、手塚治虫事務所で制作進行のアルバイト。同年、東映動画の美術監督、土田勇に師事する。 1979年、デビュー作『銀河鉄道999』以降、アニメーション美術家として『幻魔大戦』『魔女の宅急便』『銀河英雄伝説』『NARUTO -ナルト-』などの背景美術画を描く。 2005年、27年間の東京生活に終止符を打ち、関西在住。『涼宮ハルヒの憂鬱』などの背景美術画を担当。 2013年より、東北生活文化大学にてアニメーション概論授業の非常勤講師。
宮本 貞雄(みやもと さだお、1937年 - 2024年1月… 宮本 貞雄(みやもと さだお、1937年 - 2024年1月9日)は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アートデザイナー。 1957年、コマーシャル制作会社一光社に入社する。その後大阪コマーシャルフィルム、クレア工房、ムービースタジオ、グラフィック社のプロダクションで、ナショナル冷蔵庫、シャープテレビ、仁丹、カネボウ、レナウン、タイガー魔法瓶、ロート目薬、礒自慢など7年間で約200本のコマーシャルフィルムを制作する。 1964年、虫プロダクションにアニメーターとして入社する。『鉄腕アトム』、『悟空の大冒険』、『リボンの騎士』、『アニマル1』、長篇アニメ『千夜一夜物語』、アメリカ合作『フロスティ・ザ・スノーマン〜温かい雪だるま』の原画や作画監督を務めた。
岡本 忠成(おかもと ただなり、1932年1月11日 - 1… 岡本 忠成(おかもと ただなり、1932年1月11日 - 1990年2月16日)は、日本のアニメーション作家。 持永只仁や川本喜八郎とともに日本のアニメーション黎明期の礎を築き、多大な功績と発展を遺した「アニメーションの神様」の一人として知られる。 妻は人形作家の森田さと子、長男はブックデザイナーの岡本洋平。義弟にイタリア美術研究で著名な森田義之がいる。 大阪府豊中市生まれ。大阪大学法学部卒業、一般会社に就職した後にチェコのアニメ作家イジー・トルンカを始めとしたチェコのアニメーションの作品に魅せられて退社し、日本大学芸術学部映画学科に編入学。 1961年に持永只仁のMOMプロダクションに入社し、アニメーション撮影の腕を磨く。
西田 亜沙子(にしだ あさこ、12月2日 - )は、日本のア… 西田 亜沙子(にしだ あさこ、12月2日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。大阪府出身。 大阪市立工芸高等学校図案科(現・ビジュアルデザイン科)卒業。夫は同じくアニメーターの中谷誠一。AS(アズ)、中谷 亜沙子(なかたに あさこ)という別名義を使うこともある。
金澤 洪充(かなざわ ひろみつ、10月16日 - )は、日本… 金澤 洪充(かなざわ ひろみつ、10月16日 - )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメ監督。大阪府吹田市出身、大阪市旭区育ち。 大阪芸術大学映像学科卒業後、アリスソフトを経てGoHandsに所属していたが、2019年7月からフリーランスとなり、2022年5月現在は大阪芸術大学の映像学科講師として勤めながらフリーのアニメ演出家としても活動している。 大学在学中からアリスソフトにアルバイトとして出入りし、正式に所属した後は「ちみろいむ」名義でファンクラブ専用サイトの設営、企画、管理、広報、版権管理などを担当していた。アリスソフト退社後はテレビアニメ作品のデザインや3D関係を担当。 『無敵王トライゼノン』で商業用アニメーション制作に初参加、『プリンセスラバー!』にてアニメ監督を初担当。