數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、… 數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、兵庫県多可郡多可町出身の女子ソフトボール選手(外野手)。2019年日本リーグ最高殊勲選手(MVP)。 兄の影響で多可町立八千代北小学校4年生の時に軟式野球を始める。多可町立八千代中学校に進学後はソフトボールに転向。 夙川学院高等学校、甲賀健康医療専門学校を経て、2014年に日本リーグ1部のシオノギ製薬に入団。2シーズン目の2015年は2部リーグで戦うことになったが、打率.472・本塁打5・打点11の好成績を残して2部リーグのMVPを獲得。チームも1シーズンで1部リーグ復帰を果たした。 2017年には8本塁打を放ち、ホンダリヴェルタの森山遥菜と本塁打王のタイトルを分け合った。
狩野 亜由美(かりの あゆみ、1984年11月6日 - )は… 狩野 亜由美(かりの あゆみ、1984年11月6日 - )は、兵庫県尼崎市出身の女子ソフトボール選手(外野手)。右投左打。元豊田自動織機所属。 デンソーに所属していた狩野香寿美は実妹、豊田自動織機チームメイトの江本奈穂は西山高校在籍時の1年後輩にあたる。 尼崎市立大庄北中学校卒業。西山高等学校(現・京都西山高等学校)卒業。 小学3年より野球を始め、中学からソフトボールに転向する。その後進学した西山高校のソフトボール部で2000年にインターハイ準優勝、2002年には全国高校選抜大会ベスト8の成績を残す。2003年、豊田自動織機に入団し、その年の日本ジュニア代表として世界ジュニア選手権で優勝する。2006年には世界選手権大会で準優勝し、同年のアジア大会では優勝を果たした。
乾 絵美(いぬい えみ、1983年10月26日 - )は、兵… 乾 絵美(いぬい えみ、1983年10月26日 - )は、兵庫県加古川市出身の女子ソフトボール選手(捕手)。元ソフトボール日本代表。現役引退後の2020年から、女性およびトップレベルのソフトボール経験者としては日本プロ野球(NPB)で初めてのスカウトを、オリックス・バファローズで務めている。 神戸常盤女子高等学校を経て東海学園大学へ進学していたが、19歳の時に、家庭の事情で大学を中退。東海学園大学女子ソフトボール部の監督を通じて、「日本国内女子ソフトボール界の強豪」とされるルネサステクノロジ高崎(ルネサス高崎)への入部を願い出たところ、入部を認められた。学生時代はソフトボールで顕著な実績を残していなかったものの、「上野由岐子(自身より1歳年上の投手)が投じる剛速球を受けられるほどの捕手が足りていない」というチーム事情を背景に入部したため、ルネサスが加盟していた日本女子ソフトボールリーグでは入部1年目の開幕戦から上野とバッテリーを組んだ。
廣瀬 芽(ひろせ めぐ、1981年4月23日 - )は、兵庫… 廣瀬 芽(ひろせ めぐ、1981年4月23日 - )は、兵庫県尼崎市出身の女子ソフトボール選手(内野手)。 夙川学院高等学校を卒業後、太陽誘電に入団。 2008年、北京オリンピック日本代表。同年紫綬褒章受章。 2010年シーズンを最後に現役引退。 2025年、タカギ北九州ウォーターウェーブのコーチに就任。
安藤 美佐子(あんどう みさこ、1971年3月21日 - )… 安藤 美佐子(あんどう みさこ、1971年3月21日 - )は、岐阜県出身の女子ソフトボール選手(内野手)・指導者。遊撃手としての守備力の高さから「世界一のショートストップ」と称賛された。 岐阜県出身。小学4年生から6年生までは野球をしていたが、中学生からソフトボールを始めた。夙川学院高等学校卒業。安藤が高校生の頃、ソフトボールはオリンピック競技ではなかったが、高校2年生の時にアンダー世代の日本代表として海外親善試合を戦っている。夙川学院高校卒業後、太陽誘電女子ソフトボール部に加入した。1996年のアトランタオリンピックからソフトボールがオリンピック競技となり、安藤は日本代表の主将として4位となった。
山路 典子(やまじ のりこ、1970年9月17日 - )は、… 山路 典子(やまじ のりこ、1970年9月17日 - )は、兵庫県出身の女子ソフトボール選手(捕手)・指導者。元太陽誘電ソルフィーユ監督。2000年シドニーオリンピック銀メダリスト、2004年アテネオリンピック銅メダリスト。 日本リーグ1部の太陽誘電で1989年から2010年まで選手としてプレー。その間、多くのシーズンで監督兼任・コーチ兼任などを経験した。2011年以降は監督専任。 日本代表選手としても、オリンピック(1996年・2000年・2004年)や世界選手権(1994年・1998年・2002年)といった主要国際大会に数多く出場。 2022年7月に台湾の台北で開催された世界野球ソフトボール連盟(WBSC)総会において、現役選手時代の活躍が評価され、選手部門における国際ソフトボール殿堂入りを果たした。
児玉 千佳(こだま ちか、1970年3月19日 - )は、兵… 児玉 千佳(こだま ちか、1970年3月19日 - )は、兵庫県出身の女子ソフトボール選手(内野手)。1996年アトランタオリンピック日本代表。結婚後の姓は宮崎。 現役時代は太陽誘電に所属。ポジションは内野手で、主に三塁手であった。 日本代表としても世界選手権、アジア競技大会、アトランタオリンピックなどに出場した。 太陽誘電時代の内野は、エース渡辺正子・キャッチャー山路典子・ファースト中田まり・セカンド川島久美・サード児玉千佳・ショート安藤美佐子という布陣で、全員日本代表メンバーであった。 太陽誘電に在籍していた際に当時の太陽誘電のトレーナーと結婚して姓が宮崎となった。息子の宮崎竜成は創志学園高校野球部で2018年(高校3年時)に夏の甲子園に出場し、2回戦の下関国際高校との試合では9回に代打で登場してヒットを放った。