須藤 絢乃(すどう あやの、1986年 - )は、日本の現代… 須藤 絢乃(すどう あやの、1986年 - )は、日本の現代美術家。写真家。 学位は修士(美術)、京都市立芸術大学2011年。 大阪府生まれ。中高生時代を芦屋市で過ごす。2005年兵庫県立明石高等学校美術科卒業。2009年京都市立芸術大学美術学部美術科構想設計専攻卒業。2009年フランス国立高等美術学校交換留学。2011年京都市立芸術大学大学院修士課程造形構想修了。東京都在住。 被写体の性別を超えた変身願望や理想像を写真に納め、少女マンガのカラー原稿と写真の狭間にあるような平面作品を発表している。実際の作品は独自のテクスチャをもった印画紙にプリントされ、さらにラインストーンや、グリッターなどで装飾を施し、照明のもとで輝くのも作品の特徴のひとつである。
清川あさみ(きよかわ あさみ、1979年9月15日 - )は… 清川あさみ(きよかわ あさみ、1979年9月15日 - )は、日本のアーティスト、アートディレクター、美術家。大阪芸術大学 客員教授。 兵庫県立洲本高等学校、文化服装学院卒業。上京直後にスカウトされた事をきっかけに、1998年には「Zipper」などでカリスマ読者モデルとして活躍し、”ファッションと自己表現の可能性”をテーマに創作活動を行う。 偶然「糸」が写真の上に重ねて置かれたのを見たことから着想し、モデルとなる人物を撮影して、その写真に直接刺繍するという独自の手法をはじめる。「糸」と写真のほかに、雑誌や本、布やキャンバスなど、ミクストメディアによる多様なビジュアル表現を展開する。 2001年、アーティストとして初個展を開催。
松田 修(まつだ おさむ、1979年 - )は、日本の美術家… 松田 修(まつだ おさむ、1979年 - )は、日本の美術家、アーティスト。東京芸術大学大学院美術研究科修了。 1979年生まれ、兵庫県尼崎市出身。東京都在住。二度の鑑別所収監を経て、東京芸術大学院美術研究科修了。現在美学校で古藤寛也と外道ノススメという講座を行っている。映像、立体、絵画とジャンルを問わず様々な技法や素材を駆使し、社会に沈潜する様々な問題を浮上させる作品を制作。主な個展に、ニコイチ!(2012年、無人島プロダクション)、PARAdiselost, PARAdise(2014年、無人島プロダクション)、なにも深刻じゃない(2015年、キタコレビル)がある。 2018“リビング・メッセージ” ARTZONE, 京都“不適者生存” オルタナティブスペース コア, 広島2017“みんなほんとはわかってる” 無人島プロダクション, 東京2015“何も深刻じゃない” Garter, 東京2014“亡者の行進” アートスペースゼロワン, 大阪“パラダイスロスト・パラダイス(パラパラ)” 無人島プロダクション, 東京 2019“金沢彫刻祭2019” 芸宿103, 石川“移植” 無人島プロダクション, 東京“その先へ -beyond the reasons” Komagome SOKO, 東京2018“にんげんレストラン” 旧歌舞伎町ブックセンター, 東京“越境するミュージアム” クシノテラス、広島, S-HOUSE Museum、岡山2017“第3回牛窓・亜細亜芸術交流祭” 瀬戸内市尻海地区各所, 岡山2016“front and end” TRANS ARTS TOKYO, 東京“さめた体温” LOOP HOLE, 東京 chim↑pom卯城竜太 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
川埜 龍三(かわの りゅうぞう、1976年10月25日 - … 川埜 龍三(かわの りゅうぞう、1976年10月25日 - )は、日本の現代美術家。神戸市出身。 1976年、神戸市生まれ。 1995年、岡山県立総社南高校卒業。2000年、高知大学特設美術学科教員養成課程卒業。 主な個展に「砂の引力」(1998年)、 「十中八九ワニ」(2000年)、 「不滅の標(しるし)」(2001年)、 「コロリン・コロラド」(2004年)、「沈黙にたまる雨」(2005年)、 「グラン・ママの葬列」(2007年)などがある。 2008年にオフィシャルギャラリー「LAGARTO(ラガルト)」が倉敷市阿知3-22-25 倉敷ジーンズ2Fにオープンし た。
土屋 秋恆(つちや しゅうこう、1974年9月1日 - )は… 土屋 秋恆(つちや しゅうこう、1974年9月1日 - )は、日本の水墨画家、現代美術家、ステインアーティストである。旧漢字を用いる「秋恆」は読みともに本名。 兵庫県宝塚市出身、中学まで同市にて過ごす。幼少期に伯父が経営する温泉旅館で見た多くの水墨画や浮世絵に衝撃を受け、自由の森学園高等学校在学中に南北墨画会に入門、2年で師範になる。 21歳にして水墨画家、師範としての活動を続けながら現代芸術家 松田豊に現代アートを師事、仏師 水戸川櫻華に仏像彫刻を師事するなど多様なジャンルの芸術を学び、自身の作品に投影していく。20代後半になると水墨画の一般認知度の低さを危惧し、クラブイベントでのライブパフォーマンスやファッションブランドとのコラボレーション等、若年層にアピールするための異ジャンルコラボレートを展開。
有川 政士(ありかわ まさし、1965年 - )は、日本のア… 有川 政士(ありかわ まさし、1965年 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、写真家、現代美術家。兵庫県姫路市出身。 兵庫県立姫路工業高等学校デザイン学科(旧、姫路工業大学附属高校)卒業。東北新社映像テクノアカデミアデジタルSFXディレクタークラス卒業。株式会社そごう百貨店に入社、営業企画課宣伝部CR所属のアートディレクターを経て、1994年事務所「有限会社グライド」を設立し主宰となる。CDジャケット、コンサート、芝居、舞台など、音楽芸能エンターテイメント関係の宣伝広告に携わるなど、アートディレクション、デザイン、写真など多数制作。毎年新宿御苑で開催される「森の薪能」では、駅貼りポスターや新宿駅地下デジタルサイネージ、電車の車内吊りなどの広告全般グラフィック制作を担当している。
多田 文昌(ただ ふみあき、ただ ぶんしょう、1964年1月… 多田 文昌(ただ ふみあき、ただ ぶんしょう、1964年1月31日 - )は、兵庫県丹波市出身、美術家、篆刻家、art brutの画家。 5歳の時、目の前で父親が事故死したことで世の中が嫌になり10歳まで絵を描くことで現実から逃避する。 10歳から10年間考古学三昧の日々。18歳より写真を始める。 25歳から古典だけを頼りに篆刻を独学。以降7冊の篆刻関連書籍を出版。終始、会派に属さず単独で活動。 1990年(26歳)犬塚博英の事務所に間借りし、広告写真家として独立。 1991年11月『流行通信』安藤昇のポートレートを撮影した折、占の才能を認められ占師として九門社設立に参加。有限会社九門社取締役に就任。
山口 啓介(やまぐち けいすけ、1962年1月6日 - )は… 山口 啓介(やまぐち けいすけ、1962年1月6日 - )は、日本の美術家。兵庫県西宮市出身。 武蔵野美術大学を卒業後、大型銅版画作品で数々の賞を受賞し鮮烈なデビューを遂げる。その作風から「方舟」や「宇宙船」のモチーフ、また宇宙的、生命的イメージが知られることとなる。以降、立体、絵画、インスタレーションなど、さまざまなメディアによる作品を展開する。1997年に発案した音楽用カセットケースと花や植物を使った作品「カセットプラント」が注目される。2002年に発表した、キャンバス絵画シリーズ「花の心臓」は代表作とされ、繰り返しこのモチーフが使われている。2013年の瀬戸内国際芸術祭で、香川県男木島の海岸に《歩く方舟》を設置する。
河口 龍夫(かわぐち たつお、1940年2月15日 - )は… 河口 龍夫(かわぐち たつお、1940年2月15日 - )は、日本の前衛美術、現代美術家。筑波大学名誉教授。 兵庫県神戸市出身。1958年に多摩美術大学(絵画科)に入学。卒業後は神戸を拠点に作家活動を開始。1965年にグループ<位>を結成。 1960年代から作品の発表を始める。関係をテーマに制作活動を実施。芸術表現を単にひとつのスタイルにすることや、視覚にのみ依存する芸術のあるように抗する芸術表現を模索し、作品を精力的に発表する。 1983年より筑波大学芸術学系助教授、1991年教授。2003年3月退官。筑波大学名誉教授。2003年4月より、京都造形芸術大学客員教授及び倉敷芸術科学大学教授。 2016年度毎日芸術賞受賞。
横尾 忠則(よこお ただのり、1936年6月27日 - )は… 横尾 忠則(よこお ただのり、1936年6月27日 - )は、日本の美術家、グラフィックデザイナー、版画家、作家。 実弟の成瀬政博は画家・イラストレーター。長女の横尾美美も美術家。日本芸術院会員。 兵庫県西脇市出身。20歳までを西脇で過ごす。幼少期に西脇でさまざまな超常現象を経験。死の世界に憧れを抱く。 神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。三島由紀夫に出会い三島の「聖俗一体」的言動に触発される。1970年の三島の死をきっかけにその後の15年間をオカルティズムや神秘主義まで包括した精神世界に傾斜してゆくが、それらが大いなる錯覚だったと気づき「私」の探求の延長線上で絵画に出会う。
妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお… 妹尾 河童(せのお かっぱ、本名同じ、旧名:妹尾 肇(せのお はじめ)、1930年(昭和5年)6月23日 - )は、兵庫県神戸市生まれのグラフィックデザイナー・舞台美術家・エッセイスト・小説家。 自著『河童が覗いた』シリーズでの緻密な手書きイラストレーションでも知られている。妻はエッセイストの風間茂子。 神戸で洋服屋の長男として生まれる。 小学生の時、芥川龍之介の『三つの宝』を裕福な友人から借りたくて、その友人が冗談で出した「空中2回転が出来たら貸す」という条件を鵜呑みにして失敗、肩から落下し骨折した経験がある。本自体は友人が父親に内緒で貸し出した。近所に可愛がってくれる青年が数人いたが彼は出征、非合法活動による逮捕、召集拒否からの自殺によって居なくなる。
山崎 つる子(やまざき つるこ、1925年〈大正14年〉1月… 山崎 つる子(やまざき つるこ、1925年〈大正14年〉1月13日 - 2019年〈令和元年〉6月12日)は、日本の美術家。前衛美術グループ「具体美術協会」の創設メンバー17名のひとりとしても知られる。ブリキを用いた立体作品、パフォーマンス、絵画作品など多様な作品を手掛けた。兵庫県芦屋市出身。 1925年、兵庫県芦屋市に生まれる。家族構成は両親と兄と姉と妹。甲南高等女学校を経て、小林聖心女子学院に進む。 1946年夏、精道小学校で開催された芦屋市主催の市民講座に聴講に行った山崎は、講師として呼ばれた吉原治良に出会う。吉原はモンドリアンについて講演し、3日目の最終日の実習では教室の手洗い場を描かせる風変わりな講座であった。
金山 明(かなやま あきら、1924年7月17日 - 200… 金山 明(かなやま あきら、1924年7月17日 - 2006年9月2日)は、日本の画家・現代美術家。 1924年7月17日、兵庫県尼崎市に生まれる。 具体美術協会の初期メンバーであった。妻は同じく美術家の田中敦子。1947年に多摩美術大学を中退し、大阪市立美術研究所で学んだ。グタイミニピナコテカ、ギャラリーHAM等で作品を発表した。 2006年9月2日、肺癌のため死去。82歳没。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。