船山裕士(ふなやま ゆうじ、1992年〈平成4年〉7月13日… 船山裕士(ふなやま ゆうじ、1992年〈平成4年〉7月13日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。奈良県葛城市出身。ポジションはパワーフォワード。3x3.EXE PREMIER・KOBE DPRO.EXE所属。 関西福祉大学金光藤蔭高等学校、九州産業大学を卒業し、bjチャレンジリーグの広島ライトニングに加入。bjリーグ 2015-16シーズンに向けて行われた2015年のbjリーグドラフト会議で、東京サンレーヴスから5巡目で指名されて入団、プロ選手となる。しかし東京では出場機会が無く、シーズン途中の11月に退団。その後、2015-16シーズンよりbjリーグに加入した古巣の広島ライトニングに戻り37試合に出場した。
本多 真実(ほんだ まさみ、1991年5月18日 - )は、… 本多 真実(ほんだ まさみ、1991年5月18日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。トヨタ紡織サンシャインラビッツ所属。ポジションはF。コートネームはジュン。175cm。 愛知の名門・桜花学園高等学校では3年間にインターハイ・国体・ウィンターカップの高校8冠に輝く。同期に渡嘉敷来夢、岡本彩也花ら。 高校卒業後、早稲田大学に進み、バスケットボール部で2年時に全日本大学選手権優勝。 4年時にユニバーシアード日本代表に選ばれる。 卒業後、デンソーに入社。2015年もユニバーシアード代表に選出。 2016年、トヨタ紡織サンシャインラビッツに移籍。
谷口 大智(たにぐち だいち、1990年4月15日 - )は… 谷口 大智(たにぐち だいち、1990年4月15日 - )は、日本のバスケットボール選手である。洛南高校で2006年から2008年にかけ、ウィンターカップ3連覇を達成した。その後、井上雄彦が創設したスラムダンク奨学金の第2期奨学生として2009年にアメリカへ留学し、2年制のアリゾナ・ウエスタン大学を経て4年制のサウスイースタン・オクラホマ州立大学に編入した。2015年に大学を卒業した後、ターキッシュ エアラインズ bjリーグの秋田ノーザンハピネッツと契約し、プロ選手となった。現在は群馬クレインサンダーズに所属している。 1990年、奈良県に生まれる。2歳でバスケットボールを始め、複数のスポーツに取り組んだ後、中学生からバスケットボールに専念するようになる。
田代 拓也(たしろ たくや、1987年8月27日 - )は、… 田代 拓也(たしろ たくや、1987年8月27日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。奈良県出身。 豊中市立第十中学校、東住吉工業高校から京都産業大学に進学。主将を務め、インカレにも出場。 卒業後の2010年、三菱電機に加入。 2014年、三菱電機を退団。2015年オフ引退。
田代 知世(たしろ ともよ、1983年8月23日 - )は、… 田代 知世(たしろ ともよ、1983年8月23日 - )は、奈良県出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「アン」。ポジションはフォワード。トヨタ自動車アンテロープス所属。 大阪薫英女学院高から、武庫川女子大学に進み、2005年ユニバーシアードに出場。 卒業後、トヨタ自動車に入社。
辻内 伸也(つじうち しんや、1983年3月12日 - )は… 辻内 伸也(つじうち しんや、1983年3月12日 - )は、奈良県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。背番号7。183cm、80kg。 洛南高校で全国大会出場。慶應義塾大学では志村雄彦、石田剛規とともに「慶大トリオ」と呼ばれ2003年の1部復帰及び2004年の2冠に貢献。高校・大学の後輩に竹内公輔がいる。 卒業後の2005年には周囲から期待されつつも関東実業団リーグ1部の三井住友海上火災に入社。2005年の国体では奈良県代表として出場し優勝。 2007年にプロを目指すため退社し、各トライアウトを受験。bjリーグの富山グラウジーズにドラフト外で入団。シーズン途中からJBL2の栃木ブレックスに移籍。
佐藤 賢次(さとう けんじ、1979年12月14日 - )は… 佐藤 賢次(さとう けんじ、1979年12月14日 - )は、奈良県出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者。180cm、77kg。 大瀬中、洛南高、青山学院大学を経て東芝(現:川崎ブレイブサンダース)に入社。 大瀬中学時代は、そのプレーぶりから「奈良のマイケル・ジョーダン」と呼ばれていた。[要出典](当時の『月刊バスケットボール』にも記載されていた[要ページ番号]。)大学4年のトーナメントで優勝した際に、山田哲也(日立(現:サンロッカーズ渋谷))は「(苦しい時に佐藤が引っ張ってくれて)やっぱりマイケルジョーダンですよ。」とコメントしている。[要出典] 大学時代は同学年で同姓の佐藤稔浩(日立(現:サンロッカーズ渋谷)とポジション争いをすることになる。
喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良… 喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良県大和郡山市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。169cm、66kg。2018年6月よりBリーグ・香川ファイブアローズのバスケットボールアカデミーのコーチ。 9歳でバスケットボールを始める。郡山南中学校を卒業後、大阪の大商学園高校に進学。2年でウィンターカップ初優勝を経験。一学年上には梶山信吾がいた。 高校卒業後は大阪商業大学に進学し活躍。大学卒業後はデンソーに入社。 デンソーが休部した後は豊田通商、新潟アルビレックスA2、再び豊田通商を経て、2006年ドラフト17位で(デンソーの大先輩青木幹典が指揮を執る)高松ファイブアローズ(現香川)から指名され入団。