横溝 邦彦(よこみぞ くにひこ、1957年11月29日 - … 横溝 邦彦(よこみぞ くにひこ、1957年11月29日 - )は、日本の裁判官。岡山地方裁判所部総括判事、松江地方裁判所所長等を経て、広島高等裁判所部総括判事。 岡山県倉敷市出身。中央大学法学部卒業。広島地方裁判所判事補、熊本地方裁判所判事補、岡山地方裁判所津山支部判事補、東京簡易裁判所判事、東京地方裁判所判事、広島地方裁判所呉支部判事、広島家庭裁判所判事、高松地方裁判所部総括判事、大阪地方裁判所部総括判判事、大阪高等裁判所判事、広島高等裁判所判事、岡山地方裁判所部総括判事を経て、2018年から松江地方裁判所所長、松江家庭裁判所所長を務め、人材育成などにあたった。2020年広島高等裁判所部総括判事。
野島 秀夫(のじま ひでお、1957年3月9日 - )は、日… 野島 秀夫(のじま ひでお、1957年3月9日 - )は、日本の裁判官。福岡高等裁判所部総括判事等を経て、福岡家庭裁判所所長を務めた。 岡山県岡山市生まれ。岡山市の高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、1983年司法修習生(福岡)。1985年裁判官に任官。大阪地方裁判所判事補、那覇地方裁判所判事補、東京地方裁判所判事補、広島地方裁判所裁判事補、新潟地方裁判所新発田支部判事、福岡地方裁判所判事、福岡高等裁判所判事、福岡地方裁判所小倉支部部総括判事、熊本地方裁判所部総括判事、福岡地方裁判所部総括判事、福岡高等裁判所判事を経て、2016年熊本地方裁判所所長。2017年福岡高等裁判所部総括判事。2020年福岡家庭裁判所所長。
竹﨑 博允(たけさき ひろのぶ、1944年〈昭和19年〉7月… 竹﨑 博允(たけさき ひろのぶ、1944年〈昭和19年〉7月8日 - )は、日本の裁判官。2008年から2014年にかけて、最高裁判所長官(第17代)を務めた。 岡山県岡山市北区出身。岡山市立弘西小学校(現・岡山市立岡山中央小学校)、岡山市立旭中学校(現・岡山市立岡山中央中学校)、岡山県立岡山朝日高等学校とも江田五月(科学技術庁長官、参議院議長、法務大臣、環境大臣を歴任)と同窓で江田より3学年下である。東京大学入学も江田の3年後であるが、江田が一年留年・退学処分・復学という経緯を辿ったため、法学部卒業は江田の1年後となった。 主に刑事裁判畑を歩む。最高裁判所事務総局勤務も長く、司法行政経験が豊富である。
江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日… 江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日 - 2021年〈令和3年〉7月28日)は、日本の弁護士(登録番号:15935)、政治家、裁判官。 衆議院議員(4期)、参議院議員(4期)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第86代)、環境大臣(第16代)、参議院議長(第27代)、社会市民連合代表、社会民主連合代表、民主党参議院議員会長、民主党・民進党最高顧問などを歴任した。 父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。 1941年に岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、1960年、東京大学文科一類に入学。 東京大学教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。
三宅 徳業(みやけ のりなり、1873年8月3日 - 196… 三宅 徳業(みやけ のりなり、1873年8月3日 - 1966年7月12日)は、日本の裁判官。行政裁判所長官。岡山県岡山市出身。 岡山城下の友野家に生まれ、のち、下道郡岡田村(のち吉備郡岡田村→同大備村→同真備町、現・倉敷市)の三宅家の養子となる。旧制岡山中学、第三高等中学校を経て、1896年東京帝国大学法科卒。司法官試補として京橋区裁判所に勤務し、東京区裁判所判事となり、東京地方裁判所、東京控訴院などの判事となる。1907年行政裁判所評定官、同部長兼務、1939年行政裁判所長官に就任し、1942年まで務めた。墓所は多磨霊園。
石原 健三(いしはら けんぞう、1864年2月20日(文久4… 石原 健三(いしはら けんぞう、1864年2月20日(文久4年1月13日) - 1936年(昭和11年)9月4日)は、日本の内務官僚、裁判官、政治家。枢密顧問官、貴族院議員。位階勲等は正二位勲一等。 備前国邑久郡、後の岡山県邑久郡笠加村出身。農業・石原庫平の三男として生まれる。岡山中学、大学予備門を経て、1889年(明治22年)7月、東京帝国大学法科大学法律学科(英法)を卒業。判事試補となり京橋区治安裁判所勤務となる。以後、司法省参事官試補、民事局勤務、長崎控訴院書記長、熊本地方裁判所判事などを歴任。 1892年(明治25年)10月、内務省に転じ、茨城県参事官、同県内務部第一課長兼第三課長、大阪府参事官、香川県警察部長、岐阜県書記官を歴任。