坂口 赤道(さかぐち せきどう、本名:坂口 直樹(さかぐち … 坂口 赤道(さかぐち せきどう、本名:坂口 直樹(さかぐち なおき)、1977年5月21日 - )は、日本の書家、詩人。世界遺産広島県宮島観光大使(厳島)。シンガーソングライター、料理アドバイザーとしても活動する。 書家としての雅号は坂口赤道、本名は坂口直樹、詩人としてのニックネームはぐっち。その時々の活動スタイルに応じて、3つの名前を使い分けていた。 雅号の坂口赤道という名は、地球儀上の赤道のように、熱き情熱の書家として、世界中を駆け巡れ、との思いを込めて、複数の書道家の先達に名づけられる。ぐっちというニックネームはメモリアルポエムを書く際によく用いられていたが、現在は詩人名も坂口赤道で統一している。
正木 聖賢(まさき せいけん、1974年11月19日 - )… 正木 聖賢(まさき せいけん、1974年11月19日 - )は、広島県大竹市出身の競艇選手、書家。登録番号3920。 高校時代に親戚に連れられた宮島競艇場で、市川哲也の走りに衝撃を受け競艇選手を志す。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
外林 省二(そとばやし しょうじ、1954年 - )は、日本… 外林 省二(そとばやし しょうじ、1954年 - )は、日本の墨象家、書家。広島県福山市生まれ。本名同じ。 現在、近畿大学附属広島校高等学校・中学校東広島校で書道の非常勤講師をしている。 3歳で書道を始める。小学生の頃はヴァイオリンを習うなど、幼い頃から芸術感覚を磨く環境で育った[要出典]。 1967年広島県美術展初出品入選(当時最年少)、1972年奎星展に前衛書部初出品で特選(当時最年少)。1973年大東文化大学文学部中国文学科に入学し、宇野雪村の指導を受ける。在学中、毎日書道展初出品で入選(当時最年少)。1977年大東文化大学文学部卒業。 その後も数多くの入賞・入選を重ね、1985年第1回訪中書の研究視察団員に選ばれる(当時最年少)。
座本 大汪(ざもと だいおう、1950年11月12日 - )… 座本 大汪(ざもと だいおう、1950年11月12日 - )は広島県福山市赤坂町生まれの書家。日展総理大臣賞受賞者である劉蒼居や、毎日芸術賞を受賞した金子卓義に師事。2010年に開かれた自身の還暦記念個展を評価され2011年6月9日に第24回毎日書道顕彰・芸術部門を受章。 1950年11月12日、広島県福山市赤坂町に生まれる。 1957年より兵庫県に移住し、活動拠点を兵庫県加古川市に定める。 1984年の第16回日展に初入選し、以降第29回日展までの期間で計9回入選。 2000年に自身が代表を務める書法研究嚶嚶を発足し、これまで師事を仰いだ劉蒼居の言葉「字を書くということは人間修行の総称である」を教訓に、漢字書家として古典研究に務める。
栗原 蘆水(くりはら ろすい、1931年6月26日 - 20… 栗原 蘆水(くりはら ろすい、1931年6月26日 - 2010年6月30日)は、日本の書家。本名は靖。広島県福山市駅家町出身。 1950年広島県立府中高校卒業後、4年間天満屋デパートに勤務。1954年、脱サラして村上三島に師事し、大阪に住む。1962年、第5回日展で特選受賞。1965年、蘆交会を主宰し、書道文化の普及や後進の育成に尽力。1969年、改選第1回日展審査員就任、以後12回務める。1988年、日展文部大臣賞、1994年、日本芸術院賞などを受賞。日本を代表する書家として活躍した。翌1995年、日展理事就任。2001年、日本書芸院理事長に就任。同年、勲四等旭日小綬章受章。日展常務理事、全国美術振興会常務理事なども務めた。