大高 翔(おおたか しょう、1977年(昭和52年)7月13… 大高 翔(おおたか しょう、1977年(昭和52年)7月13日 - )は、日本の俳人。文学者。立教大学文学部日本文学科卒業。徳島県阿南市出身。東京都在住。 徳島県阿南市出身。徳島県立城東高等学校卒業。立教大学文学部日本文学科卒業。「藍花」俳句会主宰であった母のすすめで、13歳より句作を開始し青柳志解樹に師事。1996年(平成8年)、10代で第一句集『ひとりの聖域』を出版。2000年(平成12年)より4年間にわたり「俳句王国」(NHK)で司会を務める。 2010年(平成22年)に徳島県阿波文化創造賞を受賞。またこれまでに京都造形芸術大学通信教育部非常勤講師や阿南ふるさと大使を歴任した。
紀野 恵(きの めぐみ、1965年3月17日 - )は、歌人… 紀野 恵(きの めぐみ、1965年3月17日 - )は、歌人である。「未来」「七曜」所属。岡井隆、柏原千恵子に師事。 徳島県麻植郡生まれ。徳島市立高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。高校在学中の1982年に「異郷にて」で第28回角川短歌賞次席。1983年、「荷風氏のくしゃみ」で第26回短歌研究新人賞次席。古典和歌調の典雅で技巧的な作風であり、選考会の場では熟練したベテランの作品と思われていたため早熟の天才少女歌人として衝撃的なデビューを果たした。同様に古典和歌風の作風である水原紫苑とともに「新古典派」と称される。大学卒業後は帰郷して高校教諭を務める。徳島新聞歌壇選者。 大和和紀との共著『イラスト古典枕草子』(学習研究社 1990)がある。
三浦 敏明(みうら としあき、1936年7月28日 - 20… 三浦 敏明(みうら としあき、1936年7月28日 - 2019年2月13日)は、日本の英文学者・英語学者・歌人。東洋大学名誉教授。 父の任地東京府(現・稲城市)生まれ。徳島県阿波市出身。1961年東洋大学文学部英米文学科卒業。67年同大学院文学研究科博士課程修了。東洋大学工学部助教授、教授、文学部教授。2007年定年退任、名誉教授。R・L・スティーヴンスンの研究、日本文体論学会、日本英語学会、国際異文化学会。湖笛会会員。
村崎 凡人(むらさき ただひと、1914年(大正3年)1月1… 村崎 凡人(むらさき ただひと、1914年(大正3年)1月12日 - 1989年(平成1年)5月10日)は、日本の国文学者・歌人・教育者。徳島文理大学等を経営する村崎学園の理事長。徳島県徳島市出身。息子は村崎学園理事長村崎正人、孫は村崎文彦。 徳島県徳島市出身。旧制徳島中学校、早稲田大学文学部卒業。窪田空穂に師事し、歌誌「槻の木」同人となる。大学卒業後は早稲田図書出版社で勤めた。 村崎学園の創業者であり祖母である村崎サイの「自立協同」の遺志を継ぎ、1949年に同学園の理事長に就任する。1961年に徳島女子短期大学(現・徳島文理大学短期大学部)、1966年に徳島女子大学(現・徳島文理大学)を創設するなど、村崎学園を幼稚園から大学院までを一貫する総合学園に成長させるなどの実績をあげた。
佐野 まもる(さの まもる、1899年(明治32年)5月10… 佐野 まもる(さの まもる、1899年(明治32年)5月10日 - 1984年(昭和59年)7月14日)は、日本の俳人。 徳島県徳島市出身。旧制徳島中学(現徳島県立城南高等学校)卒業。 徳島県徳島市に生まれ、旧制徳島中学を卒業後は専売局へ奉職し、1955年(昭和30年)に高知支局長として勤めたのを最後に退職。 仕事の傍ら俳句をしており、1922年(大正11年)から始めた。1933年(昭和8年)に「馬酔木」同人。1956年(昭和31年)に「海郷」創刊、主宰。 現在は板野郡上板町大山寺(四国別格二十霊場1番札所)に句碑が建てられている。
今枝 蝶人(いまえだ ちょうじん、1894年(明治27年)1… 今枝 蝶人(いまえだ ちょうじん、1894年(明治27年)10月22日 - 1982年(昭和57年)9月17日)は、徳島県出身の俳人。句碑が徳島市、鳴門市にあり、徳島県立文学書道館3階の文学常設展示室で、徳島ゆかりの文学者として紹介されている。 徳島県内に句碑等は4か所ある。第一第二は生前に、第三以下は蝶人没後に建立された。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
今井 邦子(いまい くにこ、1890年〈明治23年〉5月31… 今井 邦子(いまい くにこ、1890年〈明治23年〉5月31日 - 1948年〈昭和23年〉7月15日、旧姓山田、本名くにえ)は、徳島市出身の「アララギ」の歌人、小説家。後に短歌誌「明日香」を創刊した。山田邦子名で新聞記者もしていた。夫は立憲政友会衆議院議員の今井健彦。通産省事務次官を務めた両角良彦は甥にあたる。 明治23年(1890年)、徳島市に生まれる。父山田邦彦(1857年 - 1909年)は官吏であり、また和歌も詠んだ。当時は徳島県学務課長の任にあった。明治25年、2歳(1892年)のとき父母と離れ、父の郷里である長野県下諏訪町の祖父母のもとに預けられた。少女期より、文才に長け、当時、文学少女の憧れの的であった「女子文壇」にしばしば詩を投稿し、度重なる入賞をし、文才の閃きを見せていた。