渡部 寛太(わたなべ かんた、1996年3月1日 - )は、… 渡部 寛太(わたなべ かんた、1996年3月1日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン三重ホンダヒートに2023-24シーズンまで所属していたラグビー選手。 2014年、北条高校卒業後、明治大学に入る。なお北条高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2018年、明治大学卒業後、Honda Heat(現・三重ホンダヒート)に加入。 2021年4月10日にジャパンラグビートップリーグ第7節三菱重工相模原ダイナボアーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2024年5月、三重ホンダーヒートを退団。
宇佐美和彦(うさみ かずひこ、1992年3月17日 - )は… 宇佐美和彦(うさみ かずひこ、1992年3月17日 - )は、日本のラグビーユニオン指導者。聖光学院高校ラグビー部の監督を務めている。 2010年、西条高校卒業後、立命館大学に入る。なお西条高校時代、花園への出場はなかったが第89回大会決勝の前座試合第2回U18合同チーム東西対抗戦に出場した。 立命館大学時代は、2010年にU20日本代表に選ばれ、2012年に日本代表スコッド入りし、2013年には関西大学ラグビーフットボールリーグ優勝に貢献した。 2014年に立命館大学卒業後、キヤノンイーグルスに加入。同年8月24日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のトヨタ自動車ヴェルブリッツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。
西井 利宏(にしい としひろ、1990年12月3日 - )は… 西井 利宏(にしい としひろ、1990年12月3日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日本製鉄釜石シーウェイブスに所属するラグビー選手。 宇摩ラグビースクールでラグビーを始めた。 2009年、三島高校卒業後、大阪体育大学に入る。なお三島高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2013年、大阪体育大学卒業後、宗像サニックスブルースに加入。同年9月7日に行われたトップキュウシュウA第1節のJR九州サンダース戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、日本製鉄釜石シーウェイブスに加入。
向井 昭吾(むかい しょうご、1961年10月2日 - )は… 向井 昭吾(むかい しょうご、1961年10月2日 - )は、日本のラグビー指導者。元日本代表監督。
山本 巖(やまもと いわお、1947年2月27日 - )は、… 山本 巖(やまもと いわお、1947年2月27日 - )は、日本の元ラグビー選手及び同指導者。
木本 建治(きもと けんじ、1940年 - 1996年12月… 木本 建治(きもと けんじ、1940年 - 1996年12月29日)は、日本の元ラグビー選手、同指導者。
綿井 永寿(わたい えいじゅ、1928年11月20日 - 1… 綿井 永寿(わたい えいじゅ、1928年11月20日 - 1998年5月30日)は、愛媛県出身の元ラグビー選手及び同指導者で、日本体育大学第6代学長。 現役時代のポジションは、フランカー(FL)。 旧制北予中学、中央大学出身。 後に、日本体育大学ラグビー部の監督に就任。いわゆる、「早慶明」の伝統校に打ち勝つためには、走り勝たねばならないという信条の下、『ランニングラグビー』を確立した。 1969年度、有賀健らを擁して関東大学ラグビー対抗戦グループで初優勝をもたらすと、続く第6回全国大学ラグビーフットボール選手権大会でも決勝で早稲田大学(以下、早稲田)を11-9で下し初優勝。そして続く第7回日本ラグビーフットボール選手権大会では、社会人代表がなかなか決まらず、すったもんだの末、富士鐵釜石(後の新日本製鐵釜石ラグビー部、現 釜石シーウェイブス)が出場することになったが、29-13でこれを撃破し、早稲田に続いて、大学チームとしては史上3校目となるラグビー日本一を果たした。