米澤 夏帆(よねざわ かほ、1996年7月22日 - )は、… 米澤 夏帆(よねざわ かほ、1996年7月22日 - )は、高知県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は63kg級。身長159cm。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は背負投。 小学校低学年の時は水泳に取り組んでいた。また、硬筆と毛筆も習っていた。柔道は9歳の時に弟の影響を受けて和田道場で始めた。その後、中学高校とチームメイトになる池絵梨菜と出会った。小学校5年生の時には全国小学生学年別柔道大会40kg超級に出場するが、決勝トーナメント1回戦で敗れた。 中学入学前には柔道を続けるか悩んでいたが、県内の大会でライバルとして競ってきた池に、「今度は仲間としてやろう」と誘われたことがきっかけで、同じ香長中学に進んで柔道を続けることになった。
池 絵梨菜(いけ えりな、1996年5月2日 - )は、日本… 池 絵梨菜(いけ えりな、1996年5月2日 - )は、日本の女子柔道選手。高知県出身。階級は70kg級。身長166cm。血液型はO型。段位は弐段。組み手は左組み。得意技は内股、背負投。特徴は愛嬌があると言われるアヒル口。 柔道は5歳の時に兄と一緒に佐川少年柔道クラブで始めた。小学校6年生の時には全国小学生学年別柔道大会45kg超級に出場するが、決勝トーナメント1回戦で敗れた。当時、県大会の決勝などでよく顔を合わせてライバルとして競ってきた米澤夏帆が柔道を続けるか悩んでいることを知ると、「今度は仲間としてやろう」と誘い、同じ香長中学に進むことになった。中学2年の時には全国中学校柔道大会63kg級に出場すると、準決勝で丘中学3年の津金恵に有効で敗れるが3位となった。
西潟 健太(にしがた けんた、1987年9月23日 - )は… 西潟 健太(にしがた けんた、1987年9月23日 - )は、新潟県北蒲原郡安田町出身の日本の柔道選手。階級は100 kg超級。身長193cm。体重130kg。組み手は左組み(両方の組み手が可能)。段位は四段。得意技は大外刈。現在は旭化成を退職し、プレデンシャル生命保険会社に在籍している。 柔道は6歳の時に安田町スポーツ少年団で始めた。安田中学から桐蔭学園高校に進学すると、2年の時には高校選手権団体戦で優勝した。3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイ個人戦100kg級で2位になった。国体少年男子の部では神奈川県の優勝に貢献した。その後国士舘大学に進むと、1年の時には全日本ジュニアで3位となった。
和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知… 和泉 強志(いずみ つよし、1984年7月25日 -)は高知県出身の日本の柔道家。60kg級の選手。身長は168cm。組み手は右組み。得意技は体落。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。北陵中学から岡豊高校へ進むと、3年の時にインターハイの60kg級決勝で近代福山高校の平岡拓晃に敗れるが2位となった。 2003年には国士舘大学へ進学すると、1年の時には学生体重別で3位となった。2年の時には体重別団体で2位だった。3年の時には体重別団体で2位、講道館杯では3位に入った。4年の時には体重別団体で優勝すると、学生体重別では決勝で大学の1年後輩となる豊田眞太朗を破って優勝した。さらに講道館杯でも決勝で了徳寺学園職員の小川武志を破って優勝を飾った。
田辺 勝(たなべ まさる、1972年12月16日‐)は、高知… 田辺 勝(たなべ まさる、1972年12月16日‐)は、高知県出身の柔道選手。現役時代は86kg級の選手。現日本体育大学教授。日本体育大学男子柔道部監督。 小学校1年の時に柔道を始める。中学3年の時に全国中学校大会78kg級で3位に入る。高校からは上京して講道学舎に学ぶ。高校2年の時、インターハイ軽重量級で優勝する。続いて高校選手権の無差別では、86kg級の選手ながら決勝で重量級の真喜志慶治を破って優勝を飾る。さらに高校選手権では世田谷学園高校の団体戦優勝にも貢献して2冠を達成する。日体大進学後は、大学2年の時に世界ジュニアで優勝を果たす。しかし、86kg級は吉田秀彦、中村佳央、岡田弘隆等強豪揃いの階級だったこともあって、シニアの大会では上位に顔を出すものの優勝までには至らなかった。
小笠原 守美(おがさわら もりみ)は高知県出身の日本の柔道家… 小笠原 守美(おがさわら もりみ)は高知県出身の日本の柔道家。56kg級及び61kg級の選手。 岡豊高校2年の時には高校選手権の56kg級で3位に入った。1993年にはミキハウスに入社すると、階級を61kg級に上げた。1995年の実業個人選手権では決勝でオーストラリア出身である西興産業のリエン・シーイーを破って優勝した。1996年の実業個人選手権では2連覇を飾った。続く全国女子体重別では3位に入った。福岡国際では鄭成淑に敗れるが2位になった。1997年に大阪で初開催となった女子のワールドカップ国別団体戦では3位だった。体重別では決勝まで進むと、淑徳中学教員の北爪弘子を注意で破って初優勝を飾るも、実績で北爪を下回ることから世界選手権代表には選出されなかった。