足立 力也(あだち りきや、1973年3月15日 - )は、… 足立 力也(あだち りきや、1973年3月15日 - )は、日本のフリーライター、コスタリカ研究家。 福岡県福岡市西区(現早良区)生まれ。西南学院中学校・高等学校、立命館大学国際関係学部卒業、立命館大学大学院国際関係学研究科博士前期課程修了。その後、一旦はプログラマーの道へ進み民間企業に就職したが、1年で退職。1999年からコスタリカの国立ナシオナル大学大学院博士課程で研究生活を送った。帰国後は平和や教育に関する講演や執筆のほか、翻訳・通訳(英語・スペイン語)、紛争解決ワークショップ等の活動を行っている。 「日本でコスタリカ研究の第一人者」と形容されることもあり、2019年にはコスタリカ社会科学研究所を設立し代表理事となる。
二代目 一条 さゆり(にだいめ いちじょう さゆり、1958… 二代目 一条 さゆり(にだいめ いちじょう さゆり、1958年8月9日 - )は、日本の女優、新劇女優、ストリッパー、コラムニスト、著作家、作家、脚本家、演出家、香港映画研究家、中国問題評論家。 1980年代初め頃から萩尾なおみ名義でピンク映画を中心に活躍。その後ストリッパーに転身して、その世界では伝説的な存在であった、一条さゆりの二代目を襲名した。本名は萩尾菜穂美。 ストリップとしての出し物は、ろうそくを片手に持ち、自らの体に蝋を振りかけるという初代から受け継いだろうそくショー、縄による縛りなどのSMパフォーマンスの他、水割りの入った巨大なワイングラスの中に入って、グラスをレンズ代わりにして下半身を客に大きく見せて、わかめ酒は観客にふるまうという芸があった。
森川 万智子(もりかわ まちこ、1947年3月 - 2019… 森川 万智子(もりかわ まちこ、1947年3月 - 2019年10月5日)はフリーライター、日本の慰安婦問題の研究家。慰安婦として文玉珠を見出し、韓国やビルマの慰安婦への聞き取り調査結果を著書やビデオにまとめた。1996年度第16回山川菊栄記念婦人問題研究奨励金をうけた。2016年には第20回高良留美子女性文化賞を受賞した。 福岡県太宰府市生まれ。山口県立下関南高等学校卒。1966年から1986年まで郵便局員として労働運動に関わる。その後、出版社・印刷会社勤務を経て、フリーライターに転じた。福岡に帰郷後は小規模な老人介護施設を経営した。 韓国人女性の文玉珠は18歳でビルマ(現在のミャンマー)に連行され、21歳で終戦を迎えた。
中村 愿(なかむら すなお、1947年(昭和22年) - )… 中村 愿(なかむら すなお、1947年(昭和22年) - )は、日本の中国研究者、岡倉天心研究家。 福岡県京都郡豊津町(現・みやこ町)生まれ。小倉工業高校化学科卒業。雑誌『中国』(徳間書店)の編集にたずさわり、1985年神保町に中国美術の店蘭花堂を開く。
中屋 健一(なかや けんいち、1910年12月9日 - 19… 中屋 健一(なかや けんいち、1910年12月9日 - 1987年3月28日)は、日本のアメリカ史研究家。 福岡市生まれ。本名は健弌。1933年、東京帝国大学西洋史学科卒。大学院では高木八尺の研究室にいたが、助手時代の松本重治とは入れ替わりだった。大学院時代に趣味である登山を始め松方三郎の指導を受けた。同盟通信社の岩永裕吉は高木とは同じ新渡戸稲造門下で、松本と松方の兄貴分であった。1936年2月に同盟入社。社会部、ついで外信部にうつって日中戦争で華北戦線に従軍した。当時の前線記者は携帯用無線機の技師、それと連絡員の三人で行動し定時に支局と連絡、記事をモールスで送ったり支局からの指令を受け取っていた。
田代 三千稔(たしろ みちとし、1898年(明治31年)7月… 田代 三千稔(たしろ みちとし、1898年(明治31年)7月10日 - 1984年(昭和59年)2月4日)は、日本の英文学者、翻訳家、ラフカディオ・ハーン研究家。 福岡県遠賀郡香月村(現・北九州市)生まれ。 旧制福岡県立東筑中学校、旧制第五高等学校を経て、1924年に東京帝国大学文学部英文学科を卒業。五高の同窓に劇作家の木下順二、帝大時代の同期生には作家の北村喜八がいた。 1924年4月法政大学講師、1926年4月同大教授。 1946年3月日本大学教授となり、同年10月には鎌倉アカデミアという特殊の教育機関の教授も兼ねた。 横浜市立大学が横浜医科大学と統合した1952年4月には、かねてから親交のあった三枝博音学長から招かれて、教授に就任し、図書館長などの役職に就いた。
塚本 虎二(つかもと とらじ、1885年8月2日 - 197… 塚本 虎二(つかもと とらじ、1885年8月2日 - 1973年9月9日)は、キリスト教無教会主義の伝道者、新約聖書研究家。