杉浦 直(すぎうら ただし、1945年 - )は、日本の地理… 杉浦 直(すぎうら ただし、1945年 - )は、日本の地理学者、岩手大学名誉教授。専門は人文地理学、特に文化地理学であり、東北地方を中心とした景観研究や、カリフォルニア州などアメリカ合衆国西海岸地方における日系アメリカ人コミュニティを中心的な対象としたエスニシティ研究に取り組み、エスニシティ概念に関する理論的論考も発表した。 秋田県に生まれ、1968年に東北大学理学部を卒業して大学院に進み、1976年に「東北地方における農家形態の地理学的研究」により、理学博士を取得した。 1978年に岩手大学人文社会科学部助教授となり、1992年に教授へ昇任した。この間、1983年にはカリフォルニア大学バークレイ校、1988年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校、2005年にはワシントン大学で、それぞれの地理学教室における客員研究員となった。
守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月2… 守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月23日 - )は、日本の防衛官僚。宮城県塩竈市出身。東北大学法学部卒。1971年(昭和46年)、防衛庁入庁。1996年(平成8年)、内閣審議官として普天間問題に係わる。長官官房長・防衛局長を務めた後、2003年(平成15年)、防衛事務次官。2007年(平成19年)8月に防衛省を退職。のち、在任中の収賄などによって逮捕・起訴され、有罪判決(懲役2年6月の実刑・追徴金約1250万円)が確定した。 1944年(昭和19年)、宮城県塩竈市に生まれた。父親は戦前、帝国議会(戦後の国会)の衆院議員を務めた後、同市の初代市長に就いた守屋栄夫。武昌は父の栄夫が59歳のときの子で、親子ほども歳の離れた兄がいる。
山田 勝芳(やまだ かつよし、1944年9月 - )は、日本… 山田 勝芳(やまだ かつよし、1944年9月 - )は、日本の東洋史家。東北大学名誉教授。専門は中国古代財政・貨幣史、中国のユートピアと「均の理念」、東北アジア近代史、工藤忠。 1944年、青森県生まれ。1968年東北大学文学部東洋史学科を卒業。同大学院に進み、1971年に同大学院博士課程中退。北海道教育大学(函館)助教授、東北大学教養部教授、同文学部附属日本文化研究施設教授、東北大学附置東北アジア研究センター教授。1994年に博士(文学)号を取得。論文の題は「秦漢代財政収入の研究」。 山田勝芳「満洲事変発生地名の再検討: 「柳條溝」から「柳條湖」へ」『東北アジア研究』第14巻、東北大学東北アジア研究センター、2010年2月、1-36頁、CRID 1050001202728279168、hdl:10097/48281、ISSN 1343-9332。
山沢 清人(やまさわ きよひと、1944年8月4日 - ) … 山沢 清人(やまさわ きよひと、1944年8月4日 - ) は、日本の計測工学者。信州大学学長や、長野県立大学評価委員長、高等教育コンソーシアム信州会長、東京学芸大学理事、八十二銀行監査役などを歴任した。 東京都生まれ。1968年東北大学工学部電気工学科卒業。1970年東北大学大学院工学研究科電気及通信工学専攻修士課程修了、東北大学工学部助手。1979年信州大学工学部講師。1980年信州大学工学部助教授、工学博士(東北大学)。1993年信州大学工学部教授、信州大学共通教育センター研究開発部門長。2003年信州大学学長特別補佐。2006年信州大学工学部長。2009年信州大学長。2016年八十二銀行監査役。
三柴 元(みしば げん、1944年5月16日 - 2011年… 三柴 元(みしば げん、1944年5月16日 - 2011年11月2日)は、日本の実業家。ラック創業者。同社初代代表取締役社長。初代ラックホールディングス代表取締役社長。 1969年東北大学工学部卒業、丸善石油入社。1980年日本コンピューター・サービスセンター入社。1986年ラック設立、同社代表取締役社長就任。1995年からコンピュータセキュリティ事業を始め、2002年ジャスダックに公開。翌2003年ラック代表取締役会長に就任。2007年にはエー・アンド・アイシステムと経営統合し、ラックホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任した。2011年胃がんのため死去。増上寺大殿で社葬が執り行われた。
吉成 明(よしなり あきら、1944年(昭和19年)5月10… 吉成 明(よしなり あきら、1944年(昭和19年)5月10日 - )は、日本の政治家。元茨城県日立市長(1期)。 東北大学卒。卒業後は日立市役所に入り、財政部長や副市長などを務め、2011年の市長選挙で無投票で当選した。日立市長を1期務め、2015年に不出馬を表明し、退任した。 2019年5月旭日双光章を受章した。
堀内 健志(ほりうち たけし、1944年4月7日 - )は、… 堀内 健志(ほりうち たけし、1944年4月7日 - )は、日本の法学者。専門は憲法・行政法。学位は、法学博士(東北大学、1985年)。弘前大学名誉教授。岩手県出身。小嶋和司門下。 青森法学会会長、比較憲法学会理事、東北法学会理事。また、厚生労働省青森地方労働審議会委員、青森県環境審議会委員、弘前市行政改革推進委員会委員を努めるなど、青森県における重要なbrain trustとなっている。学部の講義においても積極的にドイツ語の文献を取り入れるなどし、高度かつ最先端な講義内容を展開している。所属ゼミ生の進路としては地方公務員、上場企業が多い。趣味は競技ダンス、卓球など多彩。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
中込 良廣(なかごめ よしひろ、1944年3月27日 - 2… 中込 良廣(なかごめ よしひろ、1944年3月27日 - 2020年8月19日) は、日本の原子核物理学者。京都大名誉教授。元原子力安全基盤機構理事長。 群馬出身。1962年群馬県立桐生高等学校卒業。1966年東北大学理学部物理学科卒業。1968年東北大学大学院理学研究科原子核理学専攻修士課程修了、京都大学原子炉実験所(現:京都大学複合原子力科学研究所)助手。1977年レンセラー工科大学客員助手。1991年東北大学理学博士。1993年京都大学原子炉実験所助教授。2001年京都大学原子炉実験所教授。平成12年科学技術庁長官賞・核物質管理功労者表彰受賞。平成18年経済産業大臣原子力安全功労者表彰受賞。
長谷川政美(はせがわ まさみ、男性、1944年3月12日- … 長谷川政美(はせがわ まさみ、男性、1944年3月12日- )は、日本の遺伝学者、進化生物学者。統計数理研究所名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。 新潟県生まれ。1966年東北大学理学部物理学科卒業、1970年名古屋大学大学院理学研究科中途退学、東京大学理学部助手(生物化学科)、1973年理学博士(東京大学)、1975年統計数理研究所第2研究部研究員、86年同予測制御研究系教授、88年総合研究大学院大学教授(併任)、99年東京大学大学院理学系研究科教授(併任)、2005年統計数理研究所予測発見戦略研究センター長、2007年復旦大学生命科学学院教授、国立遺伝学研究所客員教授、2008年統計数理研究所ゲノム解析グループ特命教授。
藤田 勝利(ふじた かつとし、1944年2月4日 - )は、… 藤田 勝利(ふじた かつとし、1944年2月4日 - )は、日本の法学者。大阪市立大学名誉教授。専門は、航空運送法 1944年2月4日東大阪市(旧布施市)に生まれる。1962年3月大阪府立八尾高等学校卒業。1963年4月東北大学法学部入学、1967年3月東北大学法学部卒業、同年4月大阪市立大学法学部助手に就任、1973年4月大阪市立大学法学部教授に就任。1977年7月国際文化会館社会科学国際フェローシップ・プログラムによる新渡戸フェローとしてカナダ・マギル大学航空宇宙法研究所に留学(1979年7月まで)。1985年4月大阪市立大学法学部・法学研究科教授に就任。1990年2月より大阪府地方労働委員会公益委員3期6年務めた。
橋本輝彦(はしもと てるひこ、1944年2月1日- )は、日… 橋本輝彦(はしもと てるひこ、1944年2月1日- )は、日本の経営学者、立命館大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。1966年東北大学経済学部卒、74年同大学院日本産業論博士課程修了、「アメリカ自動車工業発展の構造と傾向」で経済学博士。1973年東北大学経済学部助手、立命館大学経営学部助教授、教授、産業社会学部教授を務める。2008年退任し、名誉教授となる。
勝倉 壽一(勝倉 寿一、かつくら としかず、1944年(昭和… 勝倉 壽一(勝倉 寿一、かつくら としかず、1944年(昭和19年)1月28日 - )は、日本文学者、福島大学名誉教授、東北文教大学教授。古典から現代まではば広く日本文学を研究。 福島県いわき市生まれ。1967年東北大学文学部国文科卒、70年同大学院文学研究科修士課程修了。1967年東北大学文学部助手、1970年山形女子短期大学講師、73年助教授、1978年愛媛大学教養部助教授、1984年福島大学教育学部助教授、88年教授、1993年「上田秋成の古典学と文芸に関する研究」で東北大学博士(文学)。2009年福島大を定年退任、名誉教授、東北文教大学教授。 2022年、瑞宝中綬章受章。
渡辺 一成(わたなべ いっせい、1944年(昭和19年)1月… 渡辺 一成(わたなべ いっせい、1944年(昭和19年)1月6日 - 2019年(平成31年)4月10日)は、日本の政治家。福島県原町市長(1期)、南相馬市長(1期)、福島県議会議員(3期)、原町市議会議員(2期)。旭日小綬章受章。 福島県相馬郡原町(のち原町市、現・南相馬市)出身。東北大学教育学部中退。一級建築士となり、原町建築職業訓練校講師、同事務局長を経て、1982年、福島県建築士会相馬支部事務局長となる。翌1983年、原町市議となる。1991年、福島県議となり、3期務める。2002年、原町市長に当選する。原町市長を1期務め、2006年に原町市は鹿島町と小高町と合併し、南相馬市となる。合併後の市長選挙に立候補し、当選する。
菅井 秀郎(すがい ひでお、1944年 - )は、日本の工学… 菅井 秀郎(すがい ひでお、1944年 - )は、日本の工学者、名古屋大学大学院工学研究科教授、中部大学客員教授。 宮城県に生まれる。宮城県古川高等学校卒業。東北大学工学部卒業。東北大学大学院工学研究科修士課程修了。
下遠野 邦忠(しもとおの くにただ、1944年 - ) は、… 下遠野 邦忠(しもとおの くにただ、1944年 - ) は、日本の分子生物学者、ウイルス学者。京都大学名誉教授。 福島県植田町(現:いわき市植田町)生まれ。1962年福島県立磐城高等学校卒業。1967年東北大学理学部化学科卒業。1969年東北大学大学院理学研究科修士課程修了。1973年北海道大学大学院薬学研究科博士課程修了、薬学博士。国立遺伝学研究所分子遺伝部で三浦謹一郎の下研究員を務め、ウィスコンシン大学MacArdle癌研究所に留学し、ハワード・マーティン・テミンの下で研究に従事。1985年国立がんセンター研究所ウィルス部長。1996年京都大学ウイルス研究所がんウイルス研究部門教授。2002年京都大学ウイルス研究所所長。
河野 正憲(かわの まさのり、1944年 - )は、日本の法… 河野 正憲(かわの まさのり、1944年 - )は、日本の法学者(民事訴訟法・倒産処理法・国際仲裁法)、弁護士。法学博士(1995年)。元東北大学教授、名古屋大学名誉教授。元司法試験考査委員。
原田 武彦(はらだ たけひこ、1944年〈昭和19年〉 - … 原田 武彦(はらだ たけひこ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の自動車技術者、実業家。中央発條代表取締役社長や、八戸市八戸特派大使を務めた。 愛知県刈谷市生まれ。父は、豊田自動織機専務を務めた原田梅治。1968年東北大学工学部卒業、トヨタ自動車工業入社。機械部長、生産調査部主査、本社工務部長、國瑞汽車総経理、トヨタ自動車アジア本部アジア部主査、トヨタ自動車理事等を歴任し、2005年から中央発條代表取締役社長を務め、2007年には八戸市に中発テクノを設立。翌2008年八戸特派大使に任命された。2010年中央発條顧問。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
元木 靖(もとき やすし、1944年 - )は、日本の地理学… 元木 靖(もとき やすし、1944年 - )は、日本の地理学者、専門は、人文地理学、開発地理学、中国地誌。「日本の稲作に関する第一級の専門家」と評され、特に東北地方の水田開発などを研究し、さらに中国などアジアの農業についても論じている。 東北大学理学部地学科地理学専攻を卒業後、東北大学大学院理学研究科博士課程へ進み、単位取得退学。後、1995年に「現代日本の水田開発の特性とメカニズムに関する開発地理学的研究」により、東北大学より博士(理学)を取得した。 埼玉大学教養学部教授、国立環境研究所客員研究員などを経て、2007年に立正大学経済学部教授。その後、2014年に立正大学を退職して名誉教授を贈られ、埼玉大学名誉教授、立正大学名誉教授となっている。
柳川 弘志(やながわ ひろし、1944年- )は、日本の生物… 柳川 弘志(やながわ ひろし、1944年- )は、日本の生物学・化学者、慶應義塾大学客員教授。 神奈川県出身。1969年横浜国立大学工学部応用化学科卒業、1974年東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程修了、「アスパラガス酸の化学と生化学」で理学博士。三菱化成(現三菱化学)生命科学研究所研究員、2000年慶應義塾大学理工学部生命情報学科教授。2010年客員教授。 専門分野は、ゲノムネットワーク解析、タンパク質の進化分子工学、進化分子工学 COE採択メンバー・リーダー。21世紀COEプログラム・生命科学分野、システム生物学による生命機能の理解と制御
阿羅 健一(あら けんいち、 1944年〈昭和19年〉 - … 阿羅 健一(あら けんいち、 1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の文筆家・近現代史研究家。 「百人斬り訴訟を支援する会」会長を経て、「中国の抗日記念館の不当な写真の撤去を求める国民の会」会長、主権回復を目指す会顧問、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」顧問を務める。 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第二高等学校、東北大学文学部卒業。1966年からキングレコードに勤務し、1984年にフリーとなる。 主に『正論』『諸君!』などにおいて論文を発表している。その一方で『全貌』『月曜評論』『旬刊 世界と日本』などでは著述の際に畠中秀夫というペンネームも使っていたことが後から判明し、秦郁彦は同一テーマについて本名とペンネームを使って書き分けていたことについて意図を図りかねている。 『正論』1986年(昭和60年)5月号から翌年5月号までの13回の連載をまとめたものが、『聞き書 南京事件 日本人の見た南京虐殺事件』(図書出版社)として出版された。
冨田 務(とみた つとむ、1943年10月14日 - )は、… 冨田 務(とみた つとむ、1943年10月14日 - )は、日本の自動車技術者。愛知県出身。愛知県立岡崎高等学校卒業、東北大学大学院工学研究科修了。 トヨタ・モータースポーツ(TMG、後のトヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパ)会長、トヨタF1チーム代表、富士スピードウェイ代表取締役会長などを歴任した。
河内 義勝(かわち よしかつ、1943年9月18日 - )は… 河内 義勝(かわち よしかつ、1943年9月18日 - )は、日本の経営者。東京書籍社長を務めた。 茨城県出身。1967年に東北大学文学部を卒業し、同年3月に東京書籍に入社。専務を経て、2000年10月には社長に就任。2008年10月には会長に就任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
坂本 尚夫(さかもと たかお、1943年9月14日- )は、… 坂本 尚夫(さかもと たかお、1943年9月14日- )は、秋田県仙北市出身の薬学者。東北大学薬学部教授、東北大学高等教育開発推進センター長、東北大学大学院薬学研究科長、東北大学副学長、国立薬学部長会議議長などを歴任。東北7県(新潟県を含む)の産学官連携を具現化するための組織、インテリジェント・コスモス研究機構の社長を務めている。 月刊薬事2001年1月号で、「大学院重点化後の薬学教育および研究」について書いている。2002年11月、東北大学総長補佐及び同大学教育研究センター長、2005年には教務担当の副学長に就任した。2006年には日本薬学会教育賞を受賞している。
鎌田 忠男(かまた ただお、1943年9月 - )は、日本の… 鎌田 忠男(かまた ただお、1943年9月 - )は、日本の教育学者。群馬大学教育学部助教授。専門は、独語(ドイツ語)・教育学。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
伊藤 弘昌(いとう ひろまさ、1943年8月31日 - ) … 伊藤 弘昌(いとう ひろまさ、1943年8月31日 - ) は、日本の工学者。専門は電子工学。東北大学名誉教授。元電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ会長。東北日米協会会長。 東京都生まれ。海軍技術研究所の無線技術者であった伊藤庸二の四男。兄に、千葉県御宿町長をつとめた伊藤治昌、ハーモニック・ドライブ・システムズ代表取締役会長の伊藤光昌などがいる。 1966年東北大学工学部通信工学科卒業。1971年米澤記念学術奨励賞受賞。1972年東北大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程修了、工学博士。同年東北大学電気通信研究所助手。1875年日本学術振興会海外長期派遣研究員としてスタンフォード大学客員研究員に就任。
嶋 正利(しま まさとし、1943年8月22日 - )は、日… 嶋 正利(しま まさとし、1943年8月22日 - )は、日本のマイクロプロセッサアーキテクト。
宮﨑 照宣(みやざき てるのぶ、1943年8月3日 - ) … 宮﨑 照宣(みやざき てるのぶ、1943年8月3日 - ) は、日本の応用物理学者。東北大学名誉教授。オリバー・E・バックリー凝縮系賞等受賞。 埼玉県生まれ。1956年越生町立梅園小学校卒業。1967年東北大学工学部応用物理学科卒業。1972年東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士課程修了、東北大学工学部助手。1973年レーゲンスブルク大学(ドイツ語版)助手。1974年フンボルト財団研究員。1975年東北大学工学部助手。1985年東北大学工学部助教授。1991年東北大学工学部教授。1997年東北大学大学院工学研究科教授。2007年東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授、東北大学名誉教授。2013年東北大学原子分子材料科学高等研究機構アドバイザー。
加藤 康司(かとう こうじ、1943年7月4日 - )は、日… 加藤 康司(かとう こうじ、1943年7月4日 - )は、日本の機械工学者。東北大学名誉教授。日本学士院賞受賞。スウェーデン王立科学アカデミー外国会員。 山形県出身。1966年東北大学工学部機械工学科卒業。1968年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1971年東北大学工学部助手。1974年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了。1980年東北大学工学部助教授。1985年アメリカ航空宇宙局学術研究会議研究員。1987年東北大学工学部教授。1992年リーズ大学客員教授。1997年東北大学大学院工学研究科教授。1998年エコール・サントラル・ドゥ・リヨン最高栄誉学者。2002年スウェーデン王立科学アカデミー外国会員。
舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は… 舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は、日本の電子工学研究者。フラッシュメモリの発明者として知られており、1980年代にNOR型フラッシュメモリおよびNAND型フラッシュメモリを開発した。1988年には、初期の非平面型3Dトランジスタ(英語版)である初のGate-all-around(英語版)(GAA)MOSFET(GAAFET(英語版))も発明している。 元東芝社員。東北大学名誉教授。現在は日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)として、Surrounding Gate Transistor(SGT)の開発を行っている。紫綬褒章、文化功労者、瑞宝重光章。
深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月2… 深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月21日 - )は、日本の官僚。元会計検査院事務総長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は… 荒井 賢一(あらい けんいち、1943年2月23日 - )は、日本の工学者・物理学者。専門は磁気工学。東北大学名誉教授。学位は工学博士。公益財団法人電磁材料研究所評議員。 長野県長野市出身。1971年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士(学位論文「磁気共鳴法を用いたスピネル型強磁性単結晶の磁気弾性結合に関する研究」)。東北大学電気通信研究所助手、同助教授を経て、1986年に同所電気通信材料学研究部門の教授に就任。2004年東北大学評議員、2005年東北大学総長候補者選考管理委員会委員長を務めた。 2005年、(独)情報通信研究機構の連携研究部門内に仙台リサーチセンターを立ち上げ、プロジェクトリーダーに就任。
南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は… 南部 健一(なんぶ けんいち、1943年2月22日 - )は、日本の工学者、東北大学名誉教授、工学博士、100年余学界の難問と云われたボルツマン方程式(Boltzmann equation)の解法を1980年世界で初めて発見した。又、ランダウ・フォッカー・プランク方程式(Landau-Fokker-Planck equation)の解法を世界で初めて63年振りに導いた。研究分野は層流・乱流、希薄気体、プロセスプラズマ。
井口 泰孝(いぐち やすたか、1943年1月24日 - 20… 井口 泰孝(いぐち やすたか、1943年1月24日 - 2019年12月3日)は、日本の物理化学者。工学博士。東北大学名誉教授。元八戸工業高等専門学校校長。元日本金属学会会長。 静岡県浜松市出身。1965年東北大学工学部金属工学科卒業。1967年東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修士課程修了。1970年東北大学大学院工学研究科金属工学専攻博士課程修了、工学博士、東北大学工学部金属工学科助手。1973年東北大学工学部金属工学科講師。1974年東北大学工学部金属工学科助教授。1976年マサチューセッツ工科大学客員研究員。 1986年東北大学工学部金属工学科教授。1988年日本鉄鋼協会評議員。1994年日本金属学会理事、日本鉄鋼協会理理事。
郷路 征記(ごうろ まさき、1943年1月15日 - )は、… 郷路 征記(ごうろ まさき、1943年1月15日 - )は、日本の弁護士。札幌弁護士会所属。札幌弁護士会副会長、同会子どもの権利委員会委員長などを歴任。北海道虻田郡喜茂別町出身(札幌市生まれ)。北海道釧路湖陵高等学校、東北大学経済学部卒業。 霊感商法が社会問題化した1980年代から、青春を返せ訴訟などの関連事件に携わり、旧統一教会の元信者らの話を聞くなどして、その反社会的な手法を研究してきた。 2022年8月現在も、旧統一教会を巡る3件の訴訟を担当している。
原田 英之(はらだ ひでゆき、1943年〈昭和18年〉1月1… 原田 英之(はらだ ひでゆき、1943年〈昭和18年〉1月12日 - )は、日本の政治家。 2001年から2005年まで(旧)袋井市長を2期、2005年から2021年まで(現)袋井市長を4期務めた。 1943年(昭和18年) 1月12日、 静岡県磐田郡久努村(現・袋井市国本)に生まれる。 1967年(昭和42年)3月、東北大学法学部卒業。同年4月、静岡県庁に入庁。1984年(昭和59年)2月、ロサンゼルス駐在員となる。1997年(平成9年)4月、東京事務所長に就任。1999年(平成11年)4月、健康福祉部長に就任。 2000年(平成12年)11月30日、旧袋井市長の豊田舜次がくも膜下出血のため、任期中に死去。
佐藤 通雅(さとう みちまさ、1943年1月2日 - )は、… 佐藤 通雅(さとう みちまさ、1943年1月2日 - )は、日本の歌人、評論家。河北新報歌壇選者。 岩手県水沢市(現奥州市)出身、宮城県仙台市在住。岩手県立水沢高等学校、東北大学教育学部卒業。宮城県内の高等学校にて教員を務める。 歌誌『短歌人』を経て、1966年に文学思想個人編集誌『路上』を創刊。短歌、詩、評論、児童文学研究などの分野で編集。宮沢賢治論、北原白秋論が多い。2011年の第120号にて第1期を終刊、第2期へと移行した。 1965年、「青海」で第11回角川短歌賞候補。1971年『新美南吉童話論』で第4回日本児童文学者協会新人賞受賞。1986年『日本児童文学の成立・序説』で日本児童文学学会賞奨励賞。
黒滝 正昭(くろたき まさあき、1943年1月1日 - )は… 黒滝 正昭(くろたき まさあき、1943年1月1日 - )は、日本の社会思想史家。宮城学院女子大学名誉教授。専門はドイツ社会思想史。特にルドルフ・ヒルファーディングを研究している。 東京生まれ、北海道夕張市・室蘭市出身。1965年東北大学経済学部卒業、1970年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。宮城学院女子大学講師、同大学学芸学部教授。 1994年「ルードルフ・ヒルファーディングの理論的遺産 : 「金融資本論」から遺稿まで」で経済学博士(東北大学)。 トロツキー研究所幹事。1994年に発足したポスト・マルクス研究会のメンバー。宮城・研究者「九条の会」呼びかけ人。「変革のアソシエ」呼びかけ人。
須藤 隆(すとう たかし、1943年- )は、日本の考古学者… 須藤 隆(すとう たかし、1943年- )は、日本の考古学者。専門は縄文時代・弥生時代を中心とした東北地方の先史考古学。東北大学大学院文学研究科名誉教授。 1962年に岩手県立盛岡第一高等学校を卒業し、東北大学に入学。その後1978年に東北大学文学部に助教授として着任して以降、長年にわたり同大学の考古学研究室で後進の指導にあたった。東北大学では、福島県墓料遺跡、宮城県中沢目貝塚、前田遺跡、山王囲遺跡、中神遺跡など、東北地方の重要な先史・古代遺跡の発掘調査と研究を主導した。 1990年代以降は教授に昇任し、大学院文学研究科で考古学を担当。2007年に退職した。 退職記念として、教え子らによる論文集『考古学談叢』が刊行されている。
鈴木 建夫(すずき たてお、1943年 - )は、日本の農林… 鈴木 建夫(すずき たてお、1943年 - )は、日本の農林水産技官、農学博士。農林水産省食品総合研究所所長や、独立行政法人食品総合研究所理事長を務めた。 宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第二高等学校を経て、東北大学大学院農学研究科食糧化学専攻修士課程修了、東北大学農学部食糧化学科食品分析学講座助手。1973年東北大学農学博士。1976年アメリカ国立衛生研究所心肺血液研究所客員研究員。1986年農林水産省研究開発課長。農林水産省食品総合研究所所長、独立行政法人食品総合研究所理事長を経て、2004年宮城大学教授。2009年宮城大学大学院食産業研究科長。2011年公立大学法人宮城大学退官。
伊藤 洸(いとう こう、1943年 - )は日本の精神科医、… 伊藤 洸(いとう こう、1943年 - )は日本の精神科医、精神分析家。 1943年 パラオ島に生まれる。 1968年、東北大学医学部を卒業し、1969年から1976年、岩手県立南光病院に勤務。1977年より武田病院診療部長。 この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:医学/Portal:医学と医療)。
佐久間孝正(さくま こうせい、1943年- )は、日本の社会… 佐久間孝正(さくま こうせい、1943年- )は、日本の社会学者。東京通信大学人間福祉学部教授。東京女子大学名誉教授。 宮城県生まれ。1967年東北大学教育学部社会学科卒、1970年同大学院教育学研究科教育学専攻博士課程中退。1988年「ウェーバーと比較社会学 「人格化」と「物象化」の東西文化比較」で東北大学より教育学博士の学位を取得。1970年東北大学助手、75年東京女子大学講師、77年助教授、86年教授、2002年名誉教授、立教大学社会学部教授、2010年退職。2018年より東京通信大学人間福祉学部教授。 政府内懇談会における提言』勁草書房 2011
立石 勝規(たていし かつのり、1943年 - )は、日本の… 立石 勝規(たていし かつのり、1943年 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 青森県弘前市生まれ。東北大学卒業。毎日新聞社に入社し、東京本社社会部副部長・編集委員・論説委員・論説副委員長などを務める。その後退職し、独立。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田村 俊和(たむら としかず、1943年 - )は、日本の地… 田村 俊和(たむら としかず、1943年 - )は、日本の地理学者。専門は、環境変動・管理論、地形学。東北大学名誉教授。元日本地形学連合会長。理学博士。 東北大学大学院理学研究科博士課程中退。 1970年、東京都立大学理学部に助手として着任。東北大学教養部助教授、同理学部、同大学院理学研究科教授を経て、2002年より立正大学地球環境科学部教授。日本地理学会理事、東北地理学会長などを歴任。 2011年日本地形学連合会長。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
谷田貝 光克(やたがい みつよし、1943年 - ) は、日… 谷田貝 光克(やたがい みつよし、1943年 - ) は、日本の化学者。東京大学名誉教授。元秋田県立大学木材高度加工研究所所長。元フレグランスジャーナル社香りの図書館館長。木質炭化学会名誉会長。 栃木県宇都宮市生まれ。1966年東北大学理学部化学科卒業。1971年東北大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。1972年バージニア州立大学化学科博士研究員。1974年メイン州立大学化学科博士研究員。1976年農林水産省林業試験場林産化学部研究員。1985年農林水産省林業試験場炭化研究室長。同年第25回日本木材学会賞受賞。1988年農林水産省森林総合研究所生物機能開発部生物活性物質研究室長。1992年農林水産省森林総合研究所森林化学科長。
矢部 良明(やべ よしあき、1943年 - 2026年[要出… 矢部 良明(やべ よしあき、1943年 - 2026年[要出典])は、日本の陶磁器・茶道史研究家。茶人。茶道名・蒼庵。 神奈川県大磯町生まれ。東北大学文学部美術史学科卒業。東京国立博物館に入職。工芸課長を経て退職。薩摩伝承館館長。郡山市立美術館館長。人間国宝美術館館長。 2011年に、第9回茶道文化賞(裏千家)を受賞した。
原口 庄輔(はらぐち しょうすけ、1943年 - 2012年… 原口 庄輔(はらぐち しょうすけ、1943年 - 2012年6月7日)は、日本の言語学者・英語学者、筑波大学名誉教授。生成音韻論が専門。 1966年東北大学文学部英語英文科卒。1975年マサチューセッツ工科大学大学院でPh.D.。1981年市河三喜賞受賞。筑波大学助教授、教授、2000年定年退官、名誉教授、明海大学教授。2008年~2010年日本英語学会会長。
宮城 光信(みやぎ みつのぶ、1942年12月12日 - )… 宮城 光信(みやぎ みつのぶ、1942年12月12日 - ) は、日本の電気工学者。東北大学名誉教授。東北大学大学院工学研究科研究科長、仙台高等専門学校校長、東北工業大学学長、宮城学院理事長などを歴任した。 北海道函館市出身。1965年東北大学工学部通信工学科卒業。1967年東北大学大学院工学研究科電気及通信工学専攻修士課程修了。1970年東北大学大学院工学研究科電気及通信工学専攻博士課程修了、工学博士、東北大学電気通信研究所助手。1975年マギル大学博士研究員。1978年東北大学電気通信研究所助教授。1987年東北大学工学部教授。1989年市村賞受賞。2001年国際光工学会フェロー。 2002年東北大学大学院工学研究科長・工学部長。
齋藤 武雄(さいとう たけお、1942年11月18日 - )… 齋藤 武雄(さいとう たけお、1942年11月18日 - )は、日本の環境・エネルギー科学者、機械工学研究者。東北大学名誉教授。株式会社ハービマンエネルギー戦略研究所 代表取締役所長。 エネルギー機関として熱効率を劇的に改善するとされるShinla(シンラ)タービンの発明者である。 宮城県出身。宮城県仙台第二高等学校を経て、[要出典]東北大学工学部機械工学第二学科を卒業後、1971年3月に同大学院工学研究科機械工学専攻博士課程を修了した。同年に論文題目「非定常対向流拡散炎に関する研究」で東北大学より工学博士号を授与される。 大学院修了後は、相模工業大学(現・湘南工科大学)で講師、助教授(1972年から)を務める。
広瀬俊雄(ひろせ としお、1942年11月16日 - )は、… 広瀬俊雄(ひろせ としお、1942年11月16日 - )は、日本の教育学者、広島大学名誉教授、東広島シュタイナーこども園さくら理事長。 静岡県生まれ。東北大学教育学部卒、同大学院教育学研究科博士課程満期退学。職業訓練大学校講師、1990-91年、ウィーン・シュタイナー学校協会の招聘でウィーンに留学、シュタイナー教育の実践と成立史に関する研究に従事。「ペスタロッチーの言語陶冶論」で教育学博士。広島大学教育学部助教授、教授、2006年定年退官、名誉教授、同志社女子大学特任教授。2013年退職。2010年東広島シュタイナーこども園さくらを開設、理事長。
押田 茂實(おしだ しげみ、1942年11月11日 - )は… 押田 茂實(おしだ しげみ、1942年11月11日 - )は、日本の医師、法医学者である。日本大学名誉教授。 専門は、医療事故の現状分析と予防対策、DNA型鑑定、中毒の代謝などであり、法医鑑定(埼玉県内の法医解剖の他、親子鑑定・医療事故などの鑑定や物件鑑定・再鑑定)に携わっている。日本のDNA型鑑定の第一人者として、保土ヶ谷事件(ある監察医が解剖しないで鑑定書を作成したのではないかという疑惑事件)の臓器のDNA型鑑定や東電OL事件のDNA鑑定、足利事件のDNA型鑑定、飯塚事件の鑑定を行ったことでも知られる。 押田は高校時代、どちらかと言うと文化系の科目が得意としており、「将来は弁護士か外交官」と思っていたという。