日上 秀之(ひかみ ひでゆき、1981年 - )は、日本の小… 日上 秀之(ひかみ ひでゆき、1981年 - )は、日本の小説家。 岩手県宮古市出身。秋田大学工学資源学部卒業。2017年6月、岩手日報社の公募文芸雑誌『北の文学』73号入選作の「あの人を見つけたならば」が『文學界』上半期同人雑誌優秀作に選ばれ、同誌6月号に転載。2018年8月、「新しい子供」で第34回太宰治賞最終候補。同年8月、「はんぷくするもの」で第55回文藝賞を受賞しデビュー。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松村 亜里(まつむら あり、1973年7月6日 - )は、日… 松村 亜里(まつむら あり、1973年7月6日 - )は、日本の医学博士、ポジティブ心理学者、著作家、ニューヨークライフバランス研究所代表。ニューヨーク在住。 母子家庭で育ち23歳まで中卒。朝晩働いて貯金をして、1990年代後半、単身渡米。 ニューヨークの英語学校、短大、4年制大学で学ぶ。大学を主席で卒業後、コロンビア大学ティーチャーズカレッジで臨床心理学の修士課程を修了。 その後、ニューヨーク市立大学と国際教養大学で、カウンセリングと心理学の講義を10年以上担当。日本で臨床心理士の資格を取得。大学のカウンセリングサービスでは、年間600件のカウンセリングに従事した。多くの学生に対応する中で、心の問題を発症する前の予防と、健康の促進の大切さを実感し、働きながら、秋田大学大学院医学系研究科博士課程へ進む(公衆衛生学)。
南木 佳士(なぎ けいし、本名:霜田 哲夫、1951年(昭和… 南木 佳士(なぎ けいし、本名:霜田 哲夫、1951年(昭和26年)10月13日 - )は、日本の小説家、医師。既婚。 代表作は芥川賞受賞作『ダイヤモンドダスト』(1988年)、『阿弥陀堂だより』(1995年)。自身のうつ病の経験から、生と死をテーマにした作品が多い。 群馬県吾妻郡嬬恋村出身。嬬恋村立東小学校、嬬恋村立東中学校、保谷市立保谷中学校、東京都立国立高等学校を経て、秋田大学医学部医学科を卒業後、佐久総合病院に勤務。 1981年(昭和56年)、「破水」で第53回文学界新人賞を受賞し小説家デビュー。翌年、「重い陽光」で第87回芥川賞候補。1983年に「活火山」、1985年に「木の家」、1986年も「エチオピアからの手紙」で芥川賞候補となる。
藤田 のぼる(ふじた のぼる、1950年 - )は、日本の児… 藤田 のぼる(ふじた のぼる、1950年 - )は、日本の児童文学研究者、作家。 秋田県出身。秋田大学教育学部卒業後、上京。東京都内の私立小学校教諭を経て、日本児童文学者協会に勤務。事務局次長を経て1984年4月より2016年3月末まで同事務局長、2020年6月から2026年5月まで同理事長を務める。 『みんなの家出』で第61回産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞。
豊島 継男(とよしま つぐお、1947年 - )は、日本のヴ… 豊島 継男(とよしま つぐお、1947年 - )は、日本のヴァイオリン製作家。 1947年、秋田県、後の大仙市に生まれる。 小学生のとき、ラジオで「ツィゴイネルワイゼン」を聴き、ヴァイオリンに魅せられる。中学1年の時にヴァイオリンを手にし、独学で演奏を学び始め、秋田県立秋田工業高等学校を卒業して秋田大学の職員となるかたわら、市民オーケストラに参加するなどした。 やがて、ヴァイオリンの修理に関心を寄せるようになり、1981年に公務員を退職して上京し、楽器店に勤めた。1983年に渡英し、ヴァイオリンの修理や製作の知識、技術を学んだ後、1986年に帰国して、東京都渋谷区代々木に工房を構えた。 1990年に、再度渡英して、オイルニスの研究に従うとともにヴィオラを製作、1992年にはイタリアのクレモナに移って欧米各地の製作者コンクールに参加した。
岡 三沙子(おか みさこ、1933年 - )は、日本の詩人、… 岡 三沙子(おか みさこ、1933年 - )は、日本の詩人、ノンフィクション作家。 秋田県生まれ、東京都町田市在住。本名・川端みさお。1951年、秋田県立秋田北高等学校卒。1954年、秋田大学教育学部修了。小学校に2年勤務ののち、1956年上京、日本大学芸術学部に編入学。1959年卒業後、新聞記者、コピーライター。1964年、初の詩集『屍』を出版。1992年、日本海中部地震津波遭難児童の遺稿集『岳彦の日記』(編集)で土井晩翠児童賞受賞、2017年、『寡黙な兄のハーモニカ』で日本詩歌句協会・随筆評論賞優秀賞受賞。所属日本詩人クラブ会員、詩誌「日本海詩人会」、短歌誌「埴」同人。
加藤 富夫(かとう とみお、1928年(昭和3年)4月3日 … 加藤 富夫(かとう とみお、1928年(昭和3年)4月3日 - 1977年(昭和52年)12月2日)は、日本の小説家、教員。 秋田県雄勝郡湯沢町(現・湯沢市)生まれ。1968年に文學界新人賞を受賞したほか、1971年から1975年にかけて四度芥川賞候補となった。 秋田県立横手中学校(現・横手高等学校)在学中に予科練に入隊し、土浦海軍航空隊で桜花特攻要員として訓練中、秋田県北秋田郡合川町(現・北秋田市)の大野岱で終戦を迎えた。復員後、秋田県立湯沢南高等学校(現・湯沢高等学校)から秋田大学学芸学部(現・教育文化学部)英語科に進み、1954年(昭和29年)3月に卒業。秋田県の高校英語科教員として、横手・湯沢北 ・湯沢高校などで教鞭を執った。
大鹿 卓(おおしか たく、1898年〈明治31年〉8月25日… 大鹿 卓(おおしか たく、1898年〈明治31年〉8月25日 - 1959年〈昭和34年〉2月1日)は、日本の小説家、詩人。 愛知県海部郡津島町(現:津島市)生まれ。本名は大鹿 秀三(ひでぞう)。金子光晴の実弟である。 東京府立第一中学校を経て、京都帝国大学経済学部中退、秋田鉱山専門学校卒業。化学教師を務めながら詩を書く。1935年「野蛮人」で『中央公論』懸賞小説二席。1937年「探鉱日記」で芥川賞候補。1942年『渡良瀬川』で新潮社文藝賞受賞。