スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
梅田 海星(うめだ かいせい、2002年6月1日 - )は、… 梅田 海星(うめだ かいせい、2002年6月1日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンの浦安D-Rocksに所属するラグビーユニオン選手。 秋田県立秋田工業高等学校を経て、帝京大学に進学。 高校2年時、U17東北として全国高等学校合同チームラグビーフットボール大会(KOBELCO CUP)に出場した。 大学2年で、関東大学対抗戦に控えの右プロップで初出場。4年時には、関東ラグビーフットボール協会100周年記念大会に東軍代表としてプレーした。 2025年1月13日、第61回全国大学ラグビーフットボール選手権大会の決勝戦では左プロップ先発出場で、大会4連覇を果たした。 2025年1月20日、ジャパンラグビーリーグワンの浦安D-Rocksへ、アーリーエントリーによる入団を発表した。
土肥 恵太 (どい けいた、2000年6月5日 - )は、ジ… 土肥 恵太 (どい けいた、2000年6月5日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズに所属するラグビー選手。 4歳からラグビーを始めた。 2019年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。 2023年、日野レッドドルフィンズに加入。同年12月24日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第2節クリタウォーターガッシュ昭島戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
小島 燎成(こじま りょうせい、1999年11月20日 - … 小島 燎成(こじま りょうせい、1999年11月20日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンレッドハリケーンズ大阪に所属するラグビー選手。 2018年、秋田工業高校卒業後、大東文化大学に入る。 2022年、NTTドコモレッドハリケーンズ大阪(現・レッドハリケーンズ大阪)に加入。 2024年3月3日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第1節浦安D-Rocks戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
柴田 凌光(しばた りょうと、1999年8月12日 - )は… 柴田 凌光(しばた りょうと、1999年8月12日 - )は、ラグビーユニオンの選手。 5歳からラグビーを始めた。 2018年、秋田工業高校卒業後、東海大学に入る。 2022年、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。 2023年2月5日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第7節コベルコ神戸スティーラーズ戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。 2025年5月、三菱重工相模原ダイナボアーズを退団。2025-26シーズンからトップイーストリーグの明治安田生命ホーリーズに所属。
児玉 樹(こだま いつき、1999年8月4日 - )は、トッ… 児玉 樹(こだま いつき、1999年8月4日 - )は、トップイーストリーグ秋田ノーザンブレッツに所属するラグビー選手。 5歳からラグビーを始めた。 2018年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2022年、東芝ブレイブルーパス東京に加入。 2022年10月14日、2022-2023シーズン途中でBL東京を退団することを発表した。退団後は実家のある秋田に帰郷するとのこと。その翌週の同年10月17日に秋田ノーザンブレッツへの加入が発表された。なお登録期間が過ぎているので同シーズンのトップイーストリーグ公式戦には出場できない。
濱野 隼也(はまの しゅんや、1999年3月11日 - )は… 濱野 隼也(はまの しゅんや、1999年3月11日 - )は、日本のラグビーユニオン選手。ジャパンラグビーリーグワンのNECグリーンロケッツ東葛に所属している。 秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれた。 2017年、法政大学に進学。 2021年、日野レッドドルフィンズに加入。 2022年1月23日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第2節釜石シーウェイブス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たした。 2023年6月、浦安D-Rocksに加入。2025年5月、退団。 2025年7月、NECグリーンロケッツ東葛に加入。
猿田 湧(さるた ゆう、1998年6月4日 - )は、ジャパ… 猿田 湧(さるた ゆう、1998年6月4日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン横浜キヤノンイーグルスに所属するラグビーユニオン選手。 9歳からラグビーを始めた。 2017年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2021年、明治大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。
奈良 望(なら のぞみ、1996年11月4日 - )は、ラグ… 奈良 望(なら のぞみ、1996年11月4日 - )は、ラグビーユニオンの選手。 2015年、秋田工業高校卒業後、法政大学に入る。 2019年、法政大学卒業後、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。 2021年3月28日にジャパンラグビートップリーグ第5節クボタスピアーズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2025年5月、三菱重工相模原ダイナボアーズを退団。
船木 頌介(ふなき しょうすけ、1996年9月14日 - )… 船木 頌介(ふなき しょうすけ、1996年9月14日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズに所属するラグビー選手。 2015年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。 2019年、明治大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。 2021年2月21日にジャパンラグビートップリーグ第1節NTTドコモレッドハリケーンズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、日野レッドドルフィンズに加入。
船木 海都(ふなき かいと、1995年11月25日 - )は… 船木 海都(ふなき かいと、1995年11月25日 - )は、ラグビーユニオン選手。 秋田工業高校では、2年時の花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)でセンター、3年になる時の選抜(全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会)ではフランカー、3年時の花園ではセンターで出場した。 2014年、國學院大學に進学。 2018年、釜石シーウェイブスに入団。 2025年5月、日本製鉄釜石シーウェイブスを退団。
加藤 広人(かとう ひろと、1995年9月30日 - )は、… 加藤 広人(かとう ひろと、1995年9月30日 - )は、日本の元ラグビー選手。 小学2年生からラグビーを始めた。 2014年、秋田工業高校卒業後、早稲田大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2017年、早稲田大学ラグビー蹴球部の主将に就任した。 2018年、早稲田大学卒業後、サントリーサンゴリアスに加入。同年10月20日に行われたジャパンラグビートップリーグ第7節の日野レッドドルフィンズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2021年、現役を引退した。
三浦 昌悟(みうら しょうご、1995年6月8日 - )は、… 三浦 昌悟(みうら しょうご、1995年6月8日 - )は、ジャパンラグビーリーグワントヨタヴェルブリッツに所属するラグビーユニオン選手。 小学1年生からラグビーを始めた。秋田市立秋田北中学校時代に全国優勝。 2014年、秋田工業高校卒業後、東海大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2016年5月7日に行われた2016年アジアラグビーチャンピオンシップ第2戦香港戦で途中出場で日本代表初キャップを獲得した。 2017年、東海大学体育会ラグビーフットボール部の副将に就任した。 2018年、東海大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツ(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。
成田 秀平(なりた しゅうへい、1994年12月11日 - … 成田 秀平(なりた しゅうへい、1994年12月11日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2013年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2016年、明治大学ラグビー部の副将に就任した。 2017年、明治大学卒業後、サントリーサンゴリアス(現・東京サントリーサンゴリアス)に加入。同年8月18日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のキヤノンイーグルス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2022年、現役を引退した。
宮川 智海(みやかわ ともひと、1994年9月6日 - )は… 宮川 智海(みやかわ ともひと、1994年9月6日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 2013年、秋田工業高校卒業後、関東学院大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある 2016年、関東学院大学ラグビー部の主将に就任した。 2017年、関東学院大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。同年8月26日に行われたジャパンラグビートップリーグ第2節のキヤノンイーグルス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。
小林 快(こばやし かい、1993年2月28日 - )は、日… 小林 快(こばやし かい、1993年2月28日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は競歩。早稲田大学卒業後、ビックカメラを経て、新潟アルビレックスランニングクラブに所属。 秋田県大館市出身。秋田工業高等学校で競歩を始める。2010年インターハイ5000m競歩で2位。早稲田大学では、2014年日本インカレ10000m競歩2位、2015年元旦競歩優勝。 2015年3月に大学を卒業し、同4月、岡田久美子の所属するビックカメラに入社。ビックカメラ所属後はビックカメラ池袋本店のサングラスコーナーで接客の傍ら陸上競技活動を行っている。 第55回全日本50km競歩高畠大会 男子50km競歩 優勝 (日本歴代4位)、ロンドン世界陸上競技選手権大会3位(自己新記録)。
寺田 大樹(てらた ひろき、1993年1月7日 - )は、日… 寺田 大樹(てらた ひろき、1993年1月7日 - )は、日本のラグビーユニオン選手。 中学までは野球をやっており、16歳からラグビーを始めた。 2011年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入学する。なお秋田工業高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2015年、明治大学卒業後、サントリーサンゴリアスに加入。 2016年8月26日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の近鉄ライナーズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2019年、サントリーサンゴリアスを退団した。
村井 佑太朗(むらい ゆうたろう、1992年6月12日 - … 村井 佑太朗(むらい ゆうたろう、1992年6月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。 小学4年生でラグビーを始めた。 2011年、秋田工業高校卒業後、明治大学に入る。なお秋田工業高校時代に主将を務め、高校日本代表に選ばれた。 2015年、明治大学卒業後、日本製鉄釜石シーウェイブスに加入。同年9月12日に行われたトップイーストリーグ第1節のヤクルトレビンズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2022年、現役を引退した。
佐々木陽丞(ささき ようすけ、1990年12月14日 - )… 佐々木陽丞(ささき ようすけ、1990年12月14日 - )は、日本のラグビー選手。 2009年、秋田工業高校卒業後、釜石シーウェイブスに加入。なお秋田工業高校時代に全国高校ラグビー大会予選決勝を二回経験するが、いずれも秋田高校や秋田中央高校に敗れ、花園とは無縁だった。 2010年9月12日に行われたトップイーストリーグ第1節のセコムラガッツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2014年、トップリーグの東芝ブレイブルーパスへ2週間国内留学した。さらに第69回国民体育大会(愛称長崎がんばらんば国体)のラグビーフットボール競技成年の部に岩手県成年男子代表で選ばれた。 2018年、釜石シーウェイブスを退団した。
伊藤 正樹(いとう まさき、1989年5月19日 - )は、… 伊藤 正樹(いとう まさき、1989年5月19日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離種目。秋田県大館市出身。秋田工業高校、国士舘大学卒業。コニカミノルタに所属していた。 小学校4年生から陸上を始める。大学は国士舘大学に進学。1年目から箱根駅伝に出場する(4区-5位)。2年目の箱根駅伝では、国士舘大学は予選落ちし本戦に出場できなかったものの、伊藤は関東学連選抜の一員として出走した(2区-16位)。3年目も国士舘大学は予選落ち。前年と同じく伊藤は学連選抜のメンバーに選ばれていたが出走はなかった。4年目には駅伝主将としてチームを引っ張り、箱根駅伝予選会3位(日本人2位)の力走で国士舘大学を3年ぶりに本戦出場に導いた。
夏井 大輔(なつい だいすけ、1988年10月27日 - )… 夏井 大輔(なつい だいすけ、1988年10月27日 - )は、日本のラグビー選手。 7歳からラグビーを始めた。 2007年、秋田工業高校卒業後、関東学院大学に入る。 2011年、関東学院大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。 2013年、ラグビーワールドカップセブンズ2013の7人制日本代表に選ばれた。 2014年8月22日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のパナソニック ワイルドナイツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2017年、東芝ブレイブルーパスを退団した。
安藤 泰洋(あんどう たいよう、1987年8月22日 - )… 安藤 泰洋(あんどう たいよう、1987年8月22日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン清水建設江東ブルーシャークスに所属するラグビー選手。 小学1年生からラグビーを始めた。 2006年、秋田工業高校卒業後、関東学院大学に入学する。なお秋田工業高校時代、第29回高校東西対抗試合に東軍で出場した。 2009年、関東学院大学ラグビー部の主将に就任した。 2010年、関東学院大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツ(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。また同年10月16日に行われたトップリーグ第6節の福岡サニックスブルース戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2016年、スーパーラグビーの日本チームサンウルブズに追加招集された。
猿田 智広(さるた ともひろ、1986年2月12日 - )は… 猿田 智広(さるた ともひろ、1986年2月12日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2004年、秋田工業高校卒業後、東海大学に入る。 2008年、東海大学卒業後、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。 2012年、現役を引退した。
佐々木 悟(ささき さとる 1985年10月16日- )は、… 佐々木 悟(ささき さとる 1985年10月16日- )は、秋田県大仙市出身の元陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は長距離走・マラソン。 大仙市立南外中学校、秋田県立秋田工業高等学校、大東文化大学卒業。現役時代は旭化成陸上部に所属し、2011年から2016年まで同部の主将を務めた。2016年リオデジャネイロオリンピック男子マラソン日本代表(16位)。また、2017年ニューイヤー駅伝では、チームの18年ぶり22回目の優勝のゴールテープを切った。2024年11月から、亜細亜大学陸上競技部の監督を務める。 秋田工業高等学校時代には全国高等学校駅伝競走大会に2回出場し、第53回(2002年)、第54回(2003年) と3区を走っている。
成田秀悦(なりた しゅうえつ、1984年8月29日 - )は… 成田秀悦(なりた しゅうえつ、1984年8月29日 - )は、日本のラグビー選手。 船川南小ラグビースポーツ少年団でラグビーを始める。秋田工業高校、法政大学を経て、サントリーサンゴリアスに加入。7人制日本代表にも選出され、2010年のアジア大会では金メダル獲得に貢献。抜群の脚力を持ち、突破力に秀でている。2016年、サントリーサンゴリアスを退団し、秋田ノーザンブレッツラグビーフットボールクラブに加入。
藤谷 淳(ふじや あつし、1982年4月30日 - )は、日… 藤谷 淳(ふじや あつし、1982年4月30日 - )は、日本のラグビー選手。 2001年、秋田工業高校卒業後、法政大学に入る。 2005年、法政大学卒業後、東芝府中ブレイブルーパスに加入。 2008年10月11日に行われたジャパンラグビートップリーグ第4節の近鉄ライナーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2013年、東芝ブレイブルーパスを退団した。
保坂 豪(ほさか たけし、1981年7月24日 - )は、日… 保坂 豪(ほさか たけし、1981年7月24日 - )は、日本のラグビー選手。 2000年、秋田工業高校卒業後、筑波大学に入学する。なお秋田工業高校時代、第23回高校東西対抗試合に出場した。 2003年、筑波大学ラグビー部の主将に就任した。 2004年、筑波大学卒業後、釜石シーウェイブスに加入。 2014年、釜石シーウェイブスを退団した。
高橋 憲一(たかはし けんいち、1980年12月22日 - … 高橋 憲一(たかはし けんいち、1980年12月22日 - )は、秋田県南秋田郡昭和町(現:潟上市)出身のバスケットボール選手である。2003年から日本リーグの日立電線に所属し、新人王、最多アシストのタイトルを獲得、2005年にはベストファイブにも選ばれた。2006年にはbjリーグの仙台89ERSと契約しプロ選手に転身し、bjリーグ 2009-10シーズンにはフリースロー成功率1位のタイトルを獲得した。秋田ノーザンハピネッツに所属していた2016-17シーズンを最後に現役を退き、秋田ノーザンハピネッツの「アンバサダー」に就任した。選手時代の身長は181cm、体重76kgで、ポジションはポイントガード、シューティングガード。
高橋 正仁(たかはし まさひと、1980年3月6日 - )は… 高橋 正仁(たかはし まさひと、1980年3月6日 - )は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。秋田県大仙市出身。秋田工業高等学校、駒澤大学法学部卒業。コニカミノルタ所属を経て、2019年4月より秋田工業高等学校陸上部の監督を務める。 駒澤大学陸上競技部出身者の一人。大学在学中は東京箱根間往復大学駅伝競走に、2年時の2000年第76回大会から4年時の2002年第78回大会までの3大会連続出場を果たした。第76回大会では10区を走って駒澤大学箱根駅伝初優勝のゴールテープを切った。記録も1時間10分26秒の区間新記録(区間順位1位)を樹立した。第77回大会は9区を走って順天堂大学の高橋謙介を逆転し駒澤大学を首位に立たせた。
平塚 純司(ひらつか じゅんじ、1978年4月7日 - )は… 平塚 純司(ひらつか じゅんじ、1978年4月7日 - )は、日本の元ラグビー選手。 1997年、秋田工業高校卒業後、法政大学に入る。なお秋田工業高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2001年、法政大学卒業後、トヨタ自動車(現・トヨタ自動車ヴェルブリッツ)に加入。 2008年、現役を引退した。
菅原 大志(すがわら ひろし、1976年2月5日 - )は、… 菅原 大志(すがわら ひろし、1976年2月5日 - )は、日本のラグビーユニオン指導者、職員。 秋田工業高校、拓殖大学を経て、1998年、トヨタ自動車(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。 2000年5月20日に行われたパシフィック・リム選手権フィジー戦で日本代表初キャップを獲得した。 2007年、現役を引退後、トヨタ自動車ヴェルブリッツのコーチを経て、2015年、トヨタ自動車ヴェルブリッツの監督に就任。 2017年、トヨタ自動車ヴェルブリッツの監督を退任した。 2021年、静岡県裾野市の職員になる。
伊藤 護(いとう まもる、1975年12月8日 - )は、日… 伊藤 護(いとう まもる、1975年12月8日 - )は、日本のラグビー指導者、元ラグビー選手。2016年現在國學院大學ラグビー部の監督を務めている。 1994年、秋田工業高校卒業後、専修大学に入学する。 1997年、専修大学ラグビー部の主将に就任した。 1998年、専修大学卒業後、東芝府中(現・東芝ブレイブルーパス)に加入。 2008年、現役を引退した。 2011年、國學院大學ラグビー部の監督に就任した。
澤木 賢一(さわき けんいち、1971年1月19日 - )は… 澤木 賢一(さわき けんいち、1971年1月19日 - )は、日本のラグビー指導者。現在秋田工業高校ラグビー部の監督を務めている。 秋田工業高校、日本体育大学を経て、秋田ノーザンブレッツに入る。 現役引退後は秋田工業高校ラグビー部のコーチを経て、2023年、監督に昇格。
吉田義人(よしだ よしひと、1969年2月16日 - )は、… 吉田義人(よしだ よしひと、1969年2月16日 - )は、日本の元ラグビー選手、ラグビー指導者。 小学3年生からラグビーを始め、男鹿東中時代に東日本中学生大会優勝。秋田工業高校では1年時からレギュラーとなり(名門チームの歴史においては、野球部と掛け持ちしていた落合博満にもできなかった偉業)。高校3年夏には高校日本代表としてニュージーランドに遠征。高校ニュージーランド代表とも対戦した。 早くから各大学のスカウトが目に留め、本人の将来が体育教師志望という事もあり日体大に進学が決まりかけていたが、明治大学のセレクター(明治大学ラグビー部選手選抜委員)が日体大側を拝み倒して明大進学が決まった。北島忠治監督は吉田を明治のラグビー練習場・八幡山グラウンドで一目見て「これは将来の日本を背負う逸材だ」と見抜いた。
川邉 忠義(かわべ ただよし、1968年4月30日 - )は… 川邉 忠義(かわべ ただよし、1968年4月30日 - )は、秋田県秋田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 1994年までの登録名は川辺 忠義(読み同じ)。 NPBにおける、史上初の人的補償選手。 小学4年の時に野球を始める。 秋田工業高時代は、3年次の1986年に夏の選手権に出場。3回戦の佐伯鶴城高戦で完投したが0-2で敗れた。高校の同級生に元ラグビー日本代表の吉田義人がいる。 高校卒業後、東北福祉大学からの熱心な勧誘もあったが、1987年に社会人野球の川崎製鉄千葉へ入社。1989年に全日本メンバーに選出、日本対キューバ野球選手権、IBAFインターコンチネンタルカップ、アジア野球選手権大会に出場した。
桜庭 吉彦(さくらば よしひこ、1966年9月22日 - )… 桜庭 吉彦(さくらば よしひこ、1966年9月22日 - )は、日本の元ラグビー選手・指導者。現在ジャパンラグビーリーグワン釜石シーウェイブスRFCのゼネラルマネージャーを務めている。 秋田工業高校ではラグビー部の先生からずっと声を掛けられていて、野球部を辞め2年生からラグビーを始めて冬には花園の試合に出場。3年次に花園優勝に輝き、卒業後、前年度まで日本選手権7連覇を達成した新日本製鐵釜石製鉄所に入社。黄金時代は終焉に向かっていたが、チームの顔として活躍し、釜石を支え続けた。同製鉄所に勤務しながら、法政大学通信課程を卒業。 1986年からは日本代表にも選ばれキャップ43を獲得。非キャップ戦等を含めるとジャパンで唯一100試合出場した。
太田 治 (おおた おさむ、1965年3月23日 - )は、… 太田 治 (おおた おさむ、1965年3月23日 - )は、日本の元ラグビー選手、指導者。JAPAN RUGBY LEAGUE ONE NECグリーンロケッツ東葛のアドバイザーを務める。 秋田工業高校から明治大学へ進学し、3年時には、全国大学選手権優勝に貢献。4年時には日本代表に選出、1986年のアメリカ戦で初キャップを得る。 卒業後の1987年、日本電気に入社。1990年から2年間は主将を務める。 日本代表としては宿澤広朗監督の下、1989年5月28日のスコットランド戦での歴史的勝利や、1991年W杯初勝利に貢献。1995年W杯にも出場した。 2000年、NECグリーンロケッツの監督に就任。2002年度の日本選手権優勝に導く。
土田 雅人(つちだ まさと、1962年10月21日 - )は… 土田 雅人(つちだ まさと、1962年10月21日 - )は、日本のラグビーユニオンにおける元選手・元監督。日本ラグビーフットボール協会第15代会長、ワールドラグビー理事、サントリーホールディングススポーツ事業推進部担当常務執行役員。 秋田県秋田市寺内生まれ。秋田市立土崎中学校、秋田県立秋田工業高等学校から同志社大学に進学。同志社大学時代のチームメイトでもあった平尾誠二とは、旧友でありライバルでもあった。 平尾誠二、大八木淳史、二見健太郎らと共に大学選手権3連覇に貢献。卒業後にサントリーへ入社し、ラグビー部に所属。1995年に現役引退して監督就任、1年目で日本選手権初優勝に導く。 1997年には平尾誠二監督率いるジャパンのフォワードコーチとしてワールドカップに出場し、2000年に平尾監督と共に辞任。
瀬下 和夫(せじも かずお、1957年(昭和32年)8月20… 瀬下 和夫(せじも かずお、1957年(昭和32年)8月20日 - )は、秋田県秋田市出身の日本の実業家で、元ラグビー選手。ポジションはフォワード(ナンバーエイト(No.8))。
冨樫 博之(とがし ひろゆき、1955年〈昭和30年〉4月2… 冨樫 博之(とがし ひろゆき、1955年〈昭和30年〉4月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、衆議院国土交通委員長。 総務副大臣、復興副大臣、総務大臣政務官、自民党秋田県連会長、秋田県議会議長(第62代)、秋田県議会議員(5期)等を務めた。 秋田県秋田市太平生まれ。生家は農家。秋田県立秋田工業高等学校定時制、秋田経済大学(現ノースアジア大学)経済学部経済学科卒業。大学卒業後、16年にわたり野呂田芳成参議院議員(後に衆議院議員)の秘書を務める。 1995年、秋田県議会議員選挙に出馬し、初当選した。県議を5期務め、2009年に第62代秋田県議会議長に選出された。 2012年11月、秋田県議会議員を5期目の任期途中で辞職し、第46回衆議院議員総選挙に秋田1区から自由民主党公認で出馬。
アポロ菅原(アポロすがわら、1954年2月10日 - )は、… アポロ菅原(アポロすがわら、1954年2月10日 - )は、日本のプロレスラー。本名:菅原 伸義(すがわら のぶよし)。 高校時代は秋田工高に属してレスリングを始める。落合博満と同級。1971年の第26回黒潮国体(和歌山県)でレスリング少年の部優勝(フリースタイル81kg級)。またインターハイでは75kg以上級において4位の成績を残した。 高校卒業後は三井造船千葉造船所で勤務していたが、通っていたジムのオーナーである遠藤光男の推薦もあり、1979年5月に退社して国際プロレスに入門。同年9月17日の福岡大会での高杉正彦戦でデビュー。国際では高杉や冬木弘道(後のサムソン冬木)とともに「若手三羽烏」と呼ばれた。
佐藤 尚(さとう ひさし、1953年4月29日 - )は、東… 佐藤 尚(さとう ひさし、1953年4月29日 - )は、東洋大学陸上競技部コーチ。秋田県横手市(旧平鹿郡平鹿町)出身。秋田県立秋田工業高等学校、東洋大学卒業。 秋田工業高校時代は800mで活躍。全国高校総体では1600メートルリレー走で準決勝まで進んでいる。その後東洋大学に入学したが1年次からマネージャーに転身したため、箱根駅伝への出場経験はない。なお、高校・大学の同期に中日ドラゴンズゼネラルマネージャーの落合博満がいる。卒業後は地元に戻って秋田県内の建設資材会社、三傳商事に勤務。この間、母校でもある秋田工業高の陸上競技部コーチを務めた。 1994年に東洋大学の長距離部門監督として上京。選手の指導にあたる。
白瀬 英春(しらせ ひではる、1952年3月28日 - )は… 白瀬 英春(しらせ ひではる、1952年3月28日 - )は、日本の柔道家(講道館8段)。 現役時代は全日本選手権3位や全日本選抜体重別選手権優勝等の実績を持ち、現在は母校・東海大学にて体育学部教授および柔道部部長を務める。 秋田県秋田市土崎港出身。市立土崎小学校時代には少年野球に熱心で、一塁手としてレギュラーを務めた。市立土崎中学への進学に際し、柔道経験者の親類の勧めで柔道部へ籍を置くと同時に地元の土崎道場へも入門し、その両方で稽古に打ち込んだ。団体戦では市の大会で優勝を果たすも、同級生で3番手に過ぎなかった白瀬は県大会の初戦でチームの中堅として出場、この試合で白瀬が敗れたために土崎中の1回戦敗退が決定し、優勝候補に数えられながら結果を残す事はできなかった。
豊島 継男(とよしま つぐお、1947年 - )は、日本のヴ… 豊島 継男(とよしま つぐお、1947年 - )は、日本のヴァイオリン製作家。 1947年、秋田県、後の大仙市に生まれる。 小学生のとき、ラジオで「ツィゴイネルワイゼン」を聴き、ヴァイオリンに魅せられる。中学1年の時にヴァイオリンを手にし、独学で演奏を学び始め、秋田県立秋田工業高等学校を卒業して秋田大学の職員となるかたわら、市民オーケストラに参加するなどした。 やがて、ヴァイオリンの修理に関心を寄せるようになり、1981年に公務員を退職して上京し、楽器店に勤めた。1983年に渡英し、ヴァイオリンの修理や製作の知識、技術を学んだ後、1986年に帰国して、東京都渋谷区代々木に工房を構えた。 1990年に、再度渡英して、オイルニスの研究に従うとともにヴィオラを製作、1992年にはイタリアのクレモナに移って欧米各地の製作者コンクールに参加した。
佐野 正文(さの まさふみ、1947年 - 2011年3月1… 佐野 正文(さの まさふみ、1947年 - 2011年3月11日)は、日本の元ラグビー選手。旧姓は細川。 秋田工業高校時代に兄弟で活躍し、全国高等学校ラグビーフットボール大会で高校日本一となる。 卒業後、直文と共に新日鉄釜石に入社。新日鉄釜石ラグビー部では副キャプテンを務め、1978年から1980年まで日本選手権でフォワードとして貢献して「北の鉄人」と呼ばれた釜石ラグビーの全国制覇7連覇の基礎を築いた後、引退した。 その後も社員として勤続、釜石ラグビー協会会長などを務めていたが、2011年3月11日の東日本大震災による津波で亡くなった。
三浦 健二(みうら けんじ、1946年 - )は、秋田県出身… 三浦 健二(みうら けんじ、1946年 - )は、秋田県出身の元アマチュア野球選手(投手)。 秋田工業高等学校では、エースとして1963年秋季東北大会に進む。1回戦で弘前高と延長12回0-0で日没引き分け、再試合では延長15回1-0でサヨナラ勝ちし話題となる。決勝で秋田商に完封勝ち、翌1964年春の選抜への出場を決めた。しかし大会では、1回戦で海南高の尾崎正司に抑えられ敗退、海南高はこの大会に優勝する。同年夏の選手権にも出場。1回戦で高知高の光内数喜(芝工大-鐘淵化学)と投げ合うが敗退、高知高もこの大会に優勝している。この試合では高知高の四番打者であった有藤通世の顔面に死球を直撃、以後の試合を欠場させることとなった。
河 正雄(かわ まさお 1939年 - )は、在日韓国人の画… 河 正雄(かわ まさお 1939年 - )は、在日韓国人の画家の作品を初めて韓国側に広く認識させた在日2世の美術コレクター。本名、하정웅 / ハ・ジョンウン / Ha Jung Woong。埼玉県川口市で事業に成功。在日韓国・朝鮮人画家らの美術作品を収集し、韓国・光州市立美術館(朝鮮語版)等に寄贈。同美術館名誉館長。 正雄は五人兄妹の長男。秋田県生保内小学校時代は、豚の餌となる残飯集めや新聞配達をしつつ、妹弟の子守りもしながら小学校に通学。2年生から農村の行事や祭りの絵を描く。 秋田市まで、片道3時間がかりで3年間通った秋田県立秋田工業高等学校では絵画部を組織。秋田市内高校絵画連盟会長となり、県展において「山間の田園風景」で高校生初受賞。
遠藤 幸雄(えんどう ゆきお、1937年(昭和12年)1月1… 遠藤 幸雄(えんどう ゆきお、1937年(昭和12年)1月18日 - 2009年(平成21年)3月25日)は、日本の元体操競技選手。日本大学名誉教授。 秋田県秋田市広面字谷内佐渡出身。秋田工業高校から東京教育大学(現筑波大学)卒業。 広面小3年生の時に母親を亡くし、久保田中1年 の冬から養護施設感恩講で育つ。中学2年の時、先生の勧めで体操部に入部し、市内大会では数々の表彰台に上がる。 同じ秋田県出身の小野喬を目標に競技を続け、東京教育大学在学時代から体操競技日本代表選手に選ばれてオリンピック、世界選手権など数々の国際大会に出場した。1964年東京オリンピックでは日本選手としては初めてとなる個人総合優勝を果たした。
土方 巽(ひじかた たつみ、1928年〈昭和3年〉3月9日 … 土方 巽(ひじかた たつみ、1928年〈昭和3年〉3月9日 - 1986年〈昭和61年〉1月21日)は、日本の舞踊家、振付家、演出家、俳優。暗黒舞踏の創始者として、国際的に知名度の高い舞踊家である。 『慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる』土方巽 著、吉増剛造 筆録(書肆山田、1992年) あんま(1963年・2007年、白黒、20分) バラ色ダンス(1965年・2007年、白黒、13分)
夏井 昇吉(なつい しょうきち、1925年10月19日 - … 夏井 昇吉(なつい しょうきち、1925年10月19日 - 2006年9月13日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 21歳で柔道を始めた晩学ながら第1回世界選手権大会や全日本選手権大会を制した。現役引退後は秋田県警警察官としての道を全うし、後には全日本柔道連盟評議委員や東北柔道連盟会長等を務めて柔道界の運営に携わった。 秋田県男鹿市船川に生まれる。幼少期から運動神経は抜群で、いわゆる“わんぱく坊主”として近所でもよく知られていた 秋田工業高校入学と同時に、夏井の体格の良さ・足腰の強さに目を付けたラグビー部に勧誘され、入部後はロックとして活躍した。この頃の夏井は柔道の経験は無いが、体が大きいために柔道の試合には臨時選手として引っ張り出されたりもしている。
森 幹太(もり かんた、1924年1月19日 - 2000年… 森 幹太(もり かんた、1924年1月19日 - 2000年11月15日)は、日本の俳優。本名:鈴木 威。秋田県由利郡下浜村(現 秋田市)出身。