藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1962年(昭和37年)4月5… 藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1962年(昭和37年)4月5日 - )は、日本の政治家。富山県富山市長(2期)。元富山県議会議員(3期)。 富山県立富山東高等学校、工学院大学工学部建設学科卒業後、富山青年会議所理事長、日本青年会議所富山ブロック協議会会長、株式会社藤井産業代表取締役会長を歴任。 2011年、第17回統一地方選挙の一環として行われた富山県議会議員選挙に初当選。2015年・2019年の同県議選でも当選し連続3期務めた。2015年1月より上婦負ケーブルテレビ社長。 2021年4月18日投開票の富山市長選挙に立候補し前衆議院議員の吉田豊史ら3候補を破り、初当選した。藤井は自民、立憲民主、国民民主各党と公明党県本部から推薦を受け、前市長森雅志が進めた「コンパクトシティー政策」の継承を掲げて、幅広い層から支持を得た。
田中 幹夫(たなか みきお、1961年〈昭和36年〉9月23… 田中 幹夫(たなか みきお、1961年〈昭和36年〉9月23日 - )は、日本の政治家。現富山県南砺市長(5期)。
山田 勝文(やまだ かつふみ、1951年(昭和26年)2月9… 山田 勝文(やまだ かつふみ、1951年(昭和26年)2月9日 - )は、日本の政治家。元長野県諏訪市長。 諏訪市出身。昭和49年(1974年)工学院大学卒業後、養蜂業を営む。平成11年(1999年)諏訪市長選挙に当選し、4期務めた。 2021年、旭日小綬章受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
石垣 雅敏(いしがき まさとし、1951年〈昭和26年〉1月… 石垣 雅敏(いしがき まさとし、1951年〈昭和26年〉1月19日 - )は、日本の政治家。北海道根室市長(2期)。 北海道根室市出身。工学院大学専修学校卒業。1976年(昭和51年)、根室市役所に入庁。水産経済部長、北方領土担当参事、総務部長などを経て、2006年(平成18年)10月14日、助役に就任。2007年(平成19年)、副市長に就任。 2018年(平成30年)7月20日、任期満了に伴う根室市長選挙に出馬する意向を表明。7月27日、副市長を辞職。 同年9月9日に行われた市長選に自民党・公明党・新党大地・国民民主党・立憲民主党の推薦と社民党の支持を受けて出馬。性同一性障害を公表している、弁護士で元根室市議会議員の保坂いづみとの一騎打ちを制し初当選した。
沖本 年男(おきもと としお、1948年(昭和23年)8月2… 沖本 年男(おきもと としお、1948年(昭和23年)8月28日 - )は、日本の政治家、元高知県宿毛市長(1期)。 高知県出身。工学院大学卒。電気工事業に従事し、宿毛市議会議員を経て、2007年の高知県議会議員選挙に無所属で立候補し当選する。2011年に落選。同年11月宿毛市長選挙に立候補し、選挙戦では市政刷新を訴え、小中学校の再編見直しや一次産業の振興等を公約にし、当選する。市長時代は南海トラフ地震対策に力を入れ、公立小中学校や公共施設の耐震化を推進し、津波対策では、ハザードマップを近く作成した。さらに副市長や各課長などと会議を重ね、密接な情報交換を行った。市長を1期務め、2015年に退任した。
菊池 山哉(きくち さんさい、1890年〈明治23年〉10月… 菊池 山哉(きくち さんさい、1890年〈明治23年〉10月29日 - 1966年〈昭和41年〉11月17日)は、東京府出身の郷土史家、土木技師、政治家(東京市会議員)。本名は菊池武治。 1890年10月29日、東京府府中駅字新宿(現在の東京都府中市宮町)に生まれる。父・菊池金之丞、母・サタの四男。 1904年、府中町立高等小学校を首席で卒業。1906年1月まで私塾至誠学舎と原田塾に通い、数学と漢学を修める。2月に工手学校(現在の工学院大学)の土木予科に入学する。 1908年、東京府雇の技手判任官となる。1912年、東京府を退官し、東京市役所河港課に転じる。同年、東京人類学会と歴史地理学会と考古学会に入会する。
橋本 信次郎(はしもと しんじろう、1879年(明治12年)… 橋本 信次郎(はしもと しんじろう、1879年(明治12年)4月11日 - 没年不明)は日本の実業家、政治家。内国通運(現:日本通運)社長、極東煉乳(現:明治)創業者及び専務。東京市会議員。 橋本忠次郎の長男で、熊本県熊本市出身。工手学校卒業。1916年(大正5年)家督相続。父が創業した土木鉱山業の橋本店を受け継ぎ、北海道倶知安の鉄山売却で手腕を発揮する。1917年(大正6年)極東煉乳創業者の1人として取締役となる。1921年(大正10年)千原伊之吉を利用して河村寛裕一派の工作によるお家騒動で内国通運を乗っとる形で社長就任。1923年(大正12年)同社長辞任。 1929年(昭和4年)3月、東京市会議員となり、関東大震災からの復興に携わる。
古島 宮次郎(こじま みやじろう、1876年5月15日 - … 古島 宮次郎(こじま みやじろう、1876年5月15日 - 1946年1月19日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 東京都出身。1896年、東京築地工手学校卒。渡米し、サクラメントにおいて建築学を研究する。その後帰国し、土木建築請負業に従事する。深川区会議員、東京市会議員、市政調査会長となる。 1930年の第17回衆議院議員総選挙において東京4区から立憲民政党公認で立候補してトップ当選し、衆議院議員を1期務めた。1932年の第18回衆議院議員総選挙で落選した。1946年死去。
田中 譲(たなか ゆずる、1874年〈明治7年〉8月26日 … 田中 譲(たなか ゆずる、1874年〈明治7年〉8月26日 - 1934年〈昭和9年〉5月16日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。 和歌山県牟婁郡、のちの西牟婁郡周参見村(周参見町を経て現すさみ町)出身。1895年(明治28年)工手学校(現工学院大学)を卒業した。 福井、島根の各県の土木工手、農商務省営林技手となる。1905年(明治38年)松村組に入社。その後、大阪市議、大阪地方裁判所借地借家調停委員、(株)松村組社長、日本土木建築請負業者連合会本部理事、高木銀行、山本絹紡績各(株)取締役となる。 1924年(大正13年)第15回衆議院議員総選挙において大阪2区から実業同志会公認で立候補して当選した。
前田 政八(まえだ まさはち、1874年〈明治7年〉3月25… 前田 政八(まえだ まさはち、1874年〈明治7年〉3月25日 - 1965年〈昭和40年〉1月21日)は、日本の実業家、政治家。立憲民政党(のち立憲政友会)衆議院議員、佐賀県藤津郡塩田町(現・嬉野市)長。 佐賀県藤津郡塩田村で生まれる。代々武士の家系で、先祖には塩田津出身で治水の神様と評される前田伸右衛門がいる。1898年3月、東京の工手学校土木科を卒業し、さらに達英舎で英学を修める。 1900年5月、北海道庁技手に任じられ室蘭支庁に勤務。その後、道庁属・札幌支庁第二課長に転じ、1908年に退職。その後、札幌区外五郡産牛馬組合副組長、前田一歩園管理人を経て、前田倉庫、材木商を経営。釧路木材商組合長、北海道会議員、釧路区会議員、釧路市会議員、同議長、釧路商業会議所議員、賓江木材倉庫社長(満州国哈爾賓市)などを務めた。