三橋 貴明(みつはし たかあき、本名:中村 貴司〈なかむら … 三橋 貴明(みつはし たかあき、本名:中村 貴司〈なかむら たかし〉、1969年〈昭和44年〉11月22日 - )は、日本の経済評論家、中小企業診断士。株式会社経世論研究所(旧三橋貴明事務所)代表取締役、一般社団法人国家ビジョン研究会経済財政金融分科会副会長。東京都立大学経済学部卒業後、民間企業勤務を経て独立した。 千葉県立船橋東高等学校、東京都立大学経済学部卒業。ノーテル、日本電気、日本IBMを経て、2008年に三橋貴明診断士事務所、2009年に株式会社三橋貴明事務所(現:経世論研究所)を開業。2ちゃんねるではハンドルネーム「三つ子の赤字神」として活動。2010年7月、第22回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例代表(非拘束名簿式)から立候補し落選。
許 光俊(きょ みつとし、朝: 허광순, 1965年 - )… 許 光俊(きょ みつとし、朝: 허광순, 1965年 - )は、在日韓国・朝鮮人のクラシック音楽評論家・文芸評論家。慶應義塾大学法学部教授。ドイツ文学、音楽史専攻。近代の、文芸を含む諸芸術と芸術批評を専門としている。 東京都生まれ。子供の頃、世田谷のカトリック教会に通っていた。慶應義塾高等学校在学中、漢文教師を務めていた人見豊(瞳みのる)の授業を受ける。 1987年3月、慶應義塾大学文学部美学美術史学科卒業。 1989年3月、東京都立大学修士課程人文科学研究科修了。92年9月、同博士課程中退。92年10月から1997年9月まで同大人文学部助手。 1997年10月、横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化課程専任講師に就任、のち助教授となる。
清水 敏男(しみず としお、1953年 - )は、日本の美術… 清水 敏男(しみず としお、1953年 - )は、日本の美術評論家。学習院女子大学名誉教授、美術評論家連盟常任委員(2012年-2015年)、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団評議員、公益財団法人新宿未来創造財団理事、東京都現代美術館美術資料収蔵委員会委員、日仏美術学会会員、美術史学会会員、国際博物館会議会員、エンジン01文化戦略会議会員。 東京都大田区生まれ。東京都庭園美術館キュレーター、水戸芸術館現代美術センター芸術監督を経て、2002年TOSHIO SHIMIZU ART OFFICEを設立。藤田嗣治の学術的研究を元に1988年公立美術館で初めての藤田嗣治回顧展を企画しその後の藤田研究の基礎を作った。
広田寛治(ひろた かんじ、1952年4月16日- )は、日本… 広田寛治(ひろた かんじ、1952年4月16日- )は、日本の音楽評論家。 愛媛県生まれ。東京都立大学大学院修士課程修了。山梨県立大学講師などを経て、編集プロダクション/フロム・ビー主宰。
永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、… 永瀬唯(ながせ ただし、1952年 - )は、日本の評論家、科学史・技術文化史研究家、ジャーナリスト、SF史家。 明治大学理工学部、成城大学文藝学部、日本ジャーナリスト専門学校、東京綜合写真専門学校の講師を勤め、日本SF作家クラブにも所属。と学会運営委員。 東京都立大学理学部卒業。在学中からSFファン活動を開始。編集者、メカニックライターとして活動。1987年、SF同人誌『イスカーチェリ』に掲載された「科学ロマンスとサイエンス・フィクションをめぐって」により、SFファンジン大賞・評論部門を受賞。2002年、「光の街」によりSFファンジン大賞・研究部門を受賞。 テレビアニメ『機動戦士ガンダム』のファンとして、放送後の科学考証に係わり、その世界観を築いたひとり。
川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本… 川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本の英文学者、スペイン史学者、評論家、翻訳家。社会学博士(一橋大学・論文博士・2003年)(学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」)。法政大学名誉教授。2022年瑞宝中綬章受章。 北海道生まれ。1966年北海道大学文学部卒業、1969年東京都立大学英文学専攻大学院修士課程修了、ロンドン大学・ケンブリッジ大学客員研究員を経て1977年より法政大学理工学部教授。2003年学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」で一橋大学より社会学博士の学位を取得。
上野 昻志(うえの こうし、1941年2月22日 - )は、… 上野 昻志(うえの こうし、1941年2月22日 - )は、日本の文芸・映画・時事評論家。コラムニスト。 東京出身。父は美術家で神戸大学教授を務めた上野省策。東京都立大学で竹内好に師事し、魯迅を専攻。1966年、東京都立大学大学院在籍中、『ガロ』連載の社会時評的コラム「目安箱」で評論家デビュー。このコラムは反既成政党、反近代、学生運動擁護色が強い。 1969年、季刊誌「シネマ69」にやくざ映画論(「閉ざされた型」「矛盾に向けた求心力」)を発表。1970年以降同誌や「映画芸術」誌上で加藤泰論中心に映画評論を展開。同時に森進一、魯迅、林静一などを論じる。 1971年、東京都立大学人文科学研究科博士課程単位取得退学。
マークス 寿子(マークス としこ、英語: Toshiko M… マークス 寿子(マークス としこ、英語: Toshiko Marks、1936年(昭和11年)3月23日 - 2024年(令和6年)6月15日)は、日本出身のイギリスの学者、評論家。エセックス大学講師や秀明大学教授を務めた。 正式名は「ブロートンのマークス男爵夫人トシコ・マークス閣下(The Right Honourable Toshiko Marks, Baroness Marks of Broughton)」[要出典]。旧名は志村 寿子(しむら としこ)。アメリカ文学者の志村正雄(東京外国語大学名誉教授)は兄。 1936年、東京府に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。旧・東京都立大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。
入江 隆則(いりえ たかのり、1935年9月19日 - )は… 入江 隆則(いりえ たかのり、1935年9月19日 - )は、日本の文学研究者・評論家。明治大学名誉教授。専門は英米文学・比較文化論。日本会議代表委員。 1935年、神奈川県横浜市で生まれた。京都大学文学部英文学科で学び、1961年に卒業。 1961年から1964年まで岩波映画製作所に勤務して、シナリオ執筆を担当。東京都立大学大学院に入学し、佐伯彰一に師事。1966年に修士課程を修了。 1966年、東京医科大学専任講師に就いた。1969年、明治大学商学部専任講師。1972年、明治大学商学部助教授。1977年、明治大学商学部教授に昇格。この間、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院、オーストラリア国立大学太平洋アジア研究所・モナシュ大学日本研究センターなどでも客員研究員を務めた。
渡辺 淳(わたなべ じゅん、1922年12月12日 - 20… 渡辺 淳(わたなべ じゅん、1922年12月12日 - 2021年10月20日)は、日本の評論家(とくに演劇・映画)、フランス文学者、翻訳家。旧・東京都立大学名誉教授。本名は名前を「あつし」と読む。兄の渡辺仁は人類学者で、東京大学教授ほかを務めた。 三重県久居町(現津市)生まれ。三重県立宇治山田中学校(現三重県立宇治山田高等学校、3年まで)、長野県立松本中学校(現・長野県松本深志高等学校)、旧制富山高等学校を経て、1943年に東京帝国大学文学部仏文学科に入学したが、同年学徒出陣の対象者となる。1945年まで兵役(海軍)に就き、戦後に復学(渡辺一夫に師事)して1948年卒業。 戦後、まず現代フランス文学、とくにナチス・ドイツの占領を契機に変貌した文芸・思想の紹介、評論を各種新聞、雑誌、単行本上に発表してデビュー。