ベ・サンスン(裵 相順、Bae Sangsun、1971年7… ベ・サンスン(裵 相順、Bae Sangsun、1971年7月7日 - )は、韓国出身の現代美術家。日本・京都を拠点に活動。写真、インスタレーション、オブジェクトを横断する実践を通じて、記憶、物質性、身体性、文化的越境を主題とする作品を制作している。 1971年 韓国生まれ。 日本留学後、武蔵野美術大学大学院修了。その後、京都市立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程満期退学。 在学中、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートに交換留学。 2026年現在は京都を拠点に制作活動を行う。 ベ・サンスンの制作は、写真表現を基盤としながらも平面に限定されず、空間全体を構成要素として扱うインスタレーションへと展開される。
たけうちちひろ/Chihiro Takeuchi (1971… たけうちちひろ/Chihiro Takeuchi (1971年2月15日 - )は、日本の絵本作家、切り絵作家、イラストレーター。 大阪府生まれ。武蔵野美術短期大学卒業。切り絵による作品を制作。現在大阪府在住。2015,2016年度ボローニャ国際絵本原画展入選。枚方市PR大使。 こども造形絵画教室おえかきひろば代表。 地域新聞社にて編集・デザインを担当。2007年退社後、こども造形絵画教室おえかきひろばを大阪・京都中心に開講。その他、企業や幼稚園、小学校、障害者福祉事業所等の工作指導・ワークショップ企画、工作本の監修など手がける傍ら、自らの作家活動にも励む。2015年、2016年イタリア・ボローニャ国際絵本原画展入選後、国内外で絵本を出版。
きたざわけんじ(1971年 - )は、日本のイラストレーター… きたざわけんじ(1971年 - )は、日本のイラストレーター。 長野県上田市出身。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科空間演出デザイン専攻を卒業。2006年よりイラストレーターとして活動を開始。大阪発のdigmeoutとつながりがある。 2009年より毎年4月に個展 「さくら色のかぜ」 を東京の HBギャラリー にて開催。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
長江 優子(ながえ ゆうこ、1971年 - )は、日本の児童… 長江 優子(ながえ ゆうこ、1971年 - )は、日本の児童文学作家、構成作家、脚本家。 東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業、大学院造形研究科修了。構成作家として主に子供番組の制作に携わる。 2006年『タイドプール』で第47回講談社児童文学新人賞佳作を受賞。2021年『サンドイッチクラブ』で第68回産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞。『サンドイッチクラブ』は、第67回青少年読書感想文全国コンクール課題図書高学年の部に選定される。 主な番組は「ビットワールド」「ムジカ・ピッコリーノ」「パッコロリン」「おかあさんといっしょ」「ココロ部!」など。ベネッセコーポレーション「こどもちゃれんじ」「進研ゼミ」などの映像コンテンツの構成・脚本。
遠藤 浩輝(えんどう ひろき、1970年11月3日 - )は… 遠藤 浩輝(えんどう ひろき、1970年11月3日 - )は、日本の漫画家。男性。秋田県出身。武蔵野美術大学造形学部油絵科出身。作品に『EDEN 〜It's an Endless World!〜』などがある。 在学中の1995年、「カラスと少女とヤクザ」がアフタヌーン四季賞秋のコンテストで四季賞に入賞し、漫画家としてデビュー。続く冬のコンテストで「きっとかわいい女の子だから」により四季大賞を受賞。この2作品は『月刊アフタヌーン』に2号連続で掲載されている。 その後読み切り作品「プラットホーム」、「神様なんて信じていない僕らのために」を経て、1997年より同誌にてSF長編「EDEN」の連載を開始。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
松本 次郎(まつもと じろう、1970年8月20日 - )は… 松本 次郎(まつもと じろう、1970年8月20日 - )は、日本の漫画家。男性。東京都出身。血液型はA型。漫画家の松本太郎は実兄。 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科を卒業。1992年、在学中に『LITTLE FEET -リトルフィート-』で『モーニング』第24回ちばてつや賞準大賞を受賞しデビュー。 2001年より『月刊IKKI』(小学館)にて『フリージア』を連載。同作品は2007年に熊切和嘉監督により映画化された。 2016年より『月刊コミック乱』にて『いちげき』(原作:永井義男)を連載。2019年に同誌が休刊となったため、同年から『コミック乱ツインズ』に掲載誌を移して連載された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
永井 聡(ながい あきら、1970年7月31日 - )は、日… 永井 聡(ながい あきら、1970年7月31日 - )は、日本のCMディレクター、映画監督。AOI Pro.チーフクリエイティブオフィサー。 1970年、東京都東村山市生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業した1994年に葵プロモーション(現・AOI Pro.)に入社し、CMディレクターとなる。2004年にCluB_A所属となる。 AOI Pro.執行役員を経て、2013年4月チーフクリエイティブオフィサー。話題作を数多く手がける。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
近衞 忠大(このえ ただひろ、1970年〈昭和45年〉7月1… 近衞 忠大(このえ ただひろ、1970年〈昭和45年〉7月18日 - )は、日本のクリエイティブ・ディレクター、デザイナー、映像作家、ブランディング・アドバイザー。近衞家33代当主。表記は「衞」が正しい。 武蔵野美術大学造形学部映像学科(一期生)卒業。宮内庁式部職として宮中歌会始で講師 (こうじ)を務める。公益財団法人陽明文庫評議員、公益財団法人十四世六平太記念財団理事長(能・喜多流の財団)。父は五摂家筆頭の近衞家(陽明家とも)第32代当主で、日本赤十字社名誉社長・近衞忠煇。母は三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第一女子・近衞甯子(甯子内親王)。細川忠興の男系子孫に当たる。 基実 - 基通 - 家実 - 兼経 - 基平 - 家基 - 家平 - 経忠 - 経平 - 道嗣 - 兼嗣 - 忠嗣 - 房嗣 - 政家 - 尚通 - 稙家 - 前久 - 信尹 - 信尋 - 尚嗣 - 基熙 - 家熙 - 家久 - 内前 - 経熙 - 基前 - 忠煕 - 忠房 - 篤麿 - 文麿 - 文隆 - 忠煇 - 忠大
菊田 まりこ(きくた まりこ、1970年〈昭和45年〉4月1… 菊田 まりこ(きくた まりこ、1970年〈昭和45年〉4月19日 - )は、日本の絵本作家。 東京都に生まれる。武蔵野美術大学短期大学部 デザイン科(グラフィックデザイン専攻)卒業後、イラストレーターやグラフィックデザイナーの活躍を経て、絵本、エッセイ、翻訳などを手がける。絵本『いつでも会える』(学研プラス)でボローニャ国際児童図書展にて1999年度ボローニャ児童賞・特別賞を受賞。『子どもに死という非常にデリケートな問題を教えるためにもこの本は秀逸である』とボローニャ児童賞国際審査委員会から讃えられた。100万部をこえるベストセラーとなり、世界数カ国で翻訳されている。第9回けんぶち絵本の里大賞受賞。
佐藤 智美(さとう ともみ、1970年1月24日 - )は日… 佐藤 智美(さとう ともみ、1970年1月24日 - )は日本の女性グラフィックデザイナー、画家。血液型はAB型。 1970年に出生。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。編集プロダクション、広告制作会社を経て、2000年より、フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動を開始。2005年よりデジタルアートの制作に取り組み、現在、国内外で展覧会活動を行っている。。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は… 京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は、日本のアニメ演出家・監督。株式会社レイジングブル取締役、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。大阪府出身。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。 中野裕之のPVに影響を受け、武蔵野美術大学でビデオアートを学び、卒業後サルブルネイにグラフィックデザイナーとして入社。退社後『新世紀エヴァンゲリオン』を観てガイナックスのアルバイトに応募し、ゲーム班に配属される。ガイナックスを辞めたあとグループ・タックに入社し、『キョロちゃん』の各話演出として演出家デビューした。 その後、同僚に誘われボンズに移り、『ラーゼフォン』の制作に参加。出渕裕監督を補佐し、その流れで劇場版『ラーゼフォン 多元変奏曲』で監督デビューを果たす。
田中 陽明 (たなか はるあき、1970年 -) 春蒔プロジ… 田中 陽明 (たなか はるあき、1970年 -) 春蒔プロジェクト株式会社 代表取締役、co-lab 企画運営代表、クリエイティブ・プロデューサー、クリエイティブ・ファシリテーター、ブランディング・ディレクター。 クリエイターの社会的地位向上をサポートし、クリエイティブな社会をつくることを目的とし、クリエイター専用のコワーキングスペース『co-lab』(コーラボ)を2003年に設立。その企画運営を行う会社として、春蒔プロジェクト株式会社を2005年に設立する。 2005年にアメリカ西海岸で発祥したといわれるコワーキングスペースだが、co-labは2003年、世界に先駆けて設立された。 また春蒔プロジェクトは、co-labのクリエイターの集合体(現在約600名在籍)を中心に様々なデザインやアート、ビジネス、ソーシャル等のクリエイティブディレクションをプロジェクト単位で行ったり、大規模な再開発のブランディングディレクションを担当し、コンセプトメイク、建築家選定やデザインディレクション、ネーミング、PRや広報戦略、運営企画などを行い、co-labを施設内に設置した場合、開業後はエリマネやイベント企画を行い、運営上のブランディングにも寄与する等、総合的なコンサルティングを行なっている。
宮崎 敬介(みやざき けいすけ、1970年 - )は、日本の… 宮崎 敬介(みやざき けいすけ、1970年 - )は、日本の版画家。宮﨑 敬介とも表記される。 1970年、アニメーターの宮崎駿と大田朱美の二男として、埼玉県所沢市に生まれた。版画家柄澤齊の作品に感動したことをきっかけに、武蔵野美術大学造形学部在学中に独学で木口木版画を始めた。 卒業後は版画家として活動し、木口木版画の制作を続けている。普段は父親が著名なアニメ監督であることを伏せて創作活動をしているが、一部作品を父の関わった作品に提供したことがある。 父はアニメ監督の宮崎駿。母は元アニメーターの宮﨑朱美。兄は環境デザイナー、アニメ監督の宮崎吾朗。祖父は版画家の大田耕士。
大田垣 晴子(おおたがき せいこ、1969年10月16日 -… 大田垣 晴子(おおたがき せいこ、1969年10月16日 - )は、日本のイラストレーター、エッセイスト(自称「画文家」)。 神奈川県横浜市出身。本名同じ、既婚。現姓は「大森」。3人娘の次女である。あだ名は主にセイちゃん、大学時代に入り浸っていた居酒屋ではダーティー・ロリータと呼ばれていた。 元来は染織家志望だったが工芸科受験に失敗し、当時新設された武蔵野美術大学空間演出デザイン科ファッションデザインコースに合格。「ファッションデザインコースならテキスタイルの授業などで染織の勉強ができる」と感じて入学を決めた。 しかしテキスタイルの授業を受けているうちに、染織家になりたいという当初の気持ちは冷めてしまい、一般教養で受講した「民俗学」でレポートを絵と文でまとめているうちに、画文レポートが面白くなった。
野口 アヤ(のぐち アヤ、1969年5月29日 - )は、日… 野口 アヤ(のぐち アヤ、1969年5月29日 - )は、日本のファッションデザイナー、クリエイター。東京都練馬区出身。 東京都杉並区生まれ。20代まで練馬区に住む。 1988年、東京都立井草高等学校卒業後、武蔵野美術大学(空間演出デザイン学科ファッションデザインコース)に入学。小池一子に師事する。画文家の大田垣晴子は同級生。 1992年、武蔵野美術大学卒業後、アシスタントデザイナーとして中野裕通、大西厚樹の元で勤務後、「ATSUKI ONISHI」チーフデザイナーを経て、2000年に独立。夫のチダコウイチと共に株式会社フレーバを設立、「FiLLY O’ LYNX(フィリーオーリンクス)」を立ち上げる。
菱川 勢一(ひしかわ せいいち、1969年3月14日 - )… 菱川 勢一(ひしかわ せいいち、1969年3月14日 - )は、日本の映画監督、映像作家、アートディレクター、クリエイティブディレクター、写真家、脚本家、武蔵野美術大学教授。DRAWING AND MANUAL ファウンダー。長男は映像作家・写真家の菱川太壱、長女は声優の菱川花菜。 東京都大田区出身。茨城県立水海道第一高等学校卒業。1989年からレコード会社に勤務後、1991年渡米、拠点をニューヨークへと移す。映像業界へ転身し、TV番組から映画製作まで撮影、編集、音声などのエンジニアとしてあらゆるジャンルの映像に関わる。帰国後、本格的に演出の道へ進み、映像演出、舞台演出、空間演出などを分野を越えて活躍。
永野 あかね(ながの あかね、1969年2月11日 - )は… 永野 あかね(ながの あかね、1969年2月11日 - )は、日本の漫画家。女性。東京都出身、武蔵野美術短期大学卒業。血液型はA型。 1987年、ラポート社のファンロード誌でデビュー。1988年、『サティにぱにっく』が第40回週刊少年マガジン新人漫画賞で佳作、『トラブルTIMEトラベル』が第41回同漫画賞で佳作を受賞。講談社の『少年マガジンスペシャル』で『猫でごめん!』を初連載。 少年向け漫画から、次第に青年漫画に活動の場を移している。 熱心な阪神ファンとして知られている。無類の柴犬好き。運動好きでもあり2006年、ホノルルマラソンを完走した。[要出典] この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。
Gak Sato(ガク・サトウ、1969年1月3日 - )は… Gak Sato(ガク・サトウ、1969年1月3日 - )はイタリア・ミラノ在住の作曲家、リミキサー&テルミン奏者、DJである。日本での制作活動は音楽制作会社トイロミュージックが担当している。 武蔵野美術短期大学空間演出デザイン専攻科卒業。在学中の1980年代より音楽制作を開始。'94年diet musicを結成し、'95年U.F.O.プロデュースのコンピレーション"multidirection 2"[Brownswood/Talkin' loud]に参加。かの香織、Zooなどのリミックスを手がける。’90年代イタリア ミラノに移住。'96年、Milano 2000レーベルの2枚のコンピレーションアルバムにGak Sato名義で参加。
河津 太郎(かわづ たろう、1969年 - )は、日本の撮影… 河津 太郎(かわづ たろう、1969年 - )は、日本の撮影監督。東京都出身。武蔵野美術大学卒。アングルピクチャーズ株式会社 所属。 武蔵野美術大学在学中の1994年、映画監督の佐藤信介と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。主に佐藤監督作品の撮影監督を務めている。 2020年には、映画『キングダム』(2019年公開)で第43回日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞した。。
酒井 香奈(さかい かな、1969年 - )は、日本の画家。… 酒井 香奈(さかい かな、1969年 - )は、日本の画家。茨城県土浦市出身。 1988年、茨城県立土浦第二高等学校を卒業した。1992年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業した。1994年、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵学科を修了した。東京都内を中心に活動する。 その他、Gallery Aries、 ギャラリーなつか&Cross View Arts、かわかみ画廊、Gallery蚕室で開催する。
轟木 一騎(とどろき いっき、1969年 - )は、日本のC… 轟木 一騎(とどろき いっき、1969年 - )は、日本のCMディレクター。神奈川県出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科[要出典]卒。石井克人、三木俊一郎らとは同級生。 CMディレクターを経て、2006年に株式会社カラーの設立に携わる。同社企画部長に就任。庵野秀明総監督助手として『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』に関わる。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
二村周作(ふたむら しゅうさく、1969年 - )は、日本の… 二村周作(ふたむら しゅうさく、1969年 - )は、日本の舞台美術家。玉川大学芸術学部教授。日本舞台美術家協会理事。 1969年、東京都出身。1993年に武蔵野美術大学空間演出デザイン学科を卒業後、2000年に文化庁芸術家在外研究員として渡英。2001年にセントラル・セント・マーチンズにて舞台美術を専攻し修士を取得。日本に帰国後、舞台やテーマパーク、万博などの空間デザインを手がける。 幼少期に祖母と一緒によく行った歌舞伎観劇から「"きれいなもの"」に憧れがあった。学生時代は演劇研究会で活動する傍ら、絵画好きで美術大学に進学したこともあり、美術・演劇が融合した舞台美術の世界に進むことになった。 舞台美術は、劇の単なる背景では無くて、劇の作品性を空間として具現化できると考えており、そこに魅力を感じている。
山田 久美子(やまだ くみこ、1969年 - )は、現代の日… 山田 久美子(やまだ くみこ、1969年 - )は、現代の日本画家。山田久美子の絵画教室主宰。 1969年2月18日兵庫県神戸市に生まれる。1988年武蔵野美術大学造形学部に入学。1993年武蔵野美術大学大学院聴講生修了。卒業制作優秀賞受賞。学生時より創画会に入選。 1995年〜2005年 東京ガスGAS MUSEUMの美術学芸員を務める傍ら、制作を続ける。 2011年から2014年まで、Art Expo Malaysiaにて4年連続完売。 直木賞作家、小池真理子「あなたから逃れられない」表紙装丁。
前田 直人(まえだ なおひと、1968年9月19日 - )は… 前田 直人(まえだ なおひと、1968年9月19日 - )は、日本の新聞記者。 朝日新聞コンテンツ戦略ディレクター兼編集担当補佐、同世論調査部長、同編集委員(政治担当)を歴任。 東京都出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。1992年朝日新聞入社。山口支局、西部本社社会部記者を経て2000年から政治部記者として首相官邸、自民党、民主党などを担当。政治部デスクから2013年に編集委員(政治担当)、2016年から世論調査部長。朝日新聞のコラム「政治断簡」を執筆。また、不定期にBS朝日「激論!クロスファイア」 にコメンテーターとして出演している。2020年4月からはコンテンツ戦略ディレクターに就任。
栗林 隆(くりばやし たかし、1968年8月 - )は、日本… 栗林 隆(くりばやし たかし、1968年8月 - )は、日本の現代美術家。長崎県出身。 武蔵野美術大学卒業後、渡独。東西に分かれていた歴史をもつドイツ滞在の影響もあり、「境界」をテーマに様々なメディアを使いながら制作を続けている。代表作は、ガラスのアルファベットで出来た、巨大なシャンデリア作品、Vortex: A letter from Einstein(渦巻き:アインシュタインからの手紙)。また、校長室をマイナス30℃以下に凍らせ、その場の空気を可視化させる作品:principal office(プリンシパル オフィス)など、見えるものと見えないもの、そしてその境界線を問うインスタレーション作品を多数制作している。
幡 大介(ばん だいすけ、1968年4月23日 - )は、日… 幡 大介(ばん だいすけ、1968年4月23日 - )は、日本の時代小説家。本名は小川 茂樹(おがわ しげき)。 栃木県鹿沼市生まれ。1994年(1993年度)、武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業。 テレビ局嘱託職員を経てCM制作会社でイラストレーターとして広告に挿画などを描いたのち、1995年より27歳で文筆業に転じ、フリーライターとして活動。 時代劇の脚本家を目指していた時期もあったが、テレビ局の時代劇制作が激減してから書き下ろし時代小説が活況となり、出版社に持ち込んだところ40歳になる年にヒョイとデビュー出来てしまったとインタビューで語っている。 2008年に『天下御免の信十郎』シリーズ(二見書房)で時代小説家デビューをした。
中山 ダイスケ(なかやま だいすけ、本名:中山大輔、1968… 中山 ダイスケ(なかやま だいすけ、本名:中山大輔、1968年(昭和43年)1月7日 - )は、日本の現代美術家・舞台美術家・アートディレクター。 dnSTUDIO代表、株式会社ダイコン代表取締役社長。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科非常勤講師。東北芸術工科大学学長。 香川県丸亀市に生まれる。1988年(昭和63年)から武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に学ぶが、1990年に中退した。その後は演出家・飴屋法水に師事したのち、現代美術作家として独立した。 1990年代中期には須田悦弘、中村哲也、小金沢健人、坂東慶一らと若手美術作家のグループ『スタジオ食堂』を結成し、様々なイベントやプレゼンテーションを行った。
徳田 祐司(とくだ ゆうじ、1968年1月7日 - )は、日… 徳田 祐司(とくだ ゆうじ、1968年1月7日 - )は、日本のクリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー、アーティスト。canaria inc.代表。 1968年東京都練馬区生まれ。 1990年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。同年、株式会社電通入社。数々の大型キャンペーンのアートディレクションを行い、2001年アムステルダムを拠点としたクリエイティブエージェンシーKesselsKramerにて、映画やクリエイティブの可能性を広げる。 日本に帰国し、ピースデザインプロジェクト‘retired weapons’を立ち上げ、ミラノサローネ、ロンドン、ドイツ、福岡、大分、横浜など世界のデザインアートフェスに参加。
宮坂 淳(みやさか あつし、1968年 - )は、日本のクリ… 宮坂 淳(みやさか あつし、1968年 - )は、日本のクリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー。 長野県諏訪市出身。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、株式会社博報堂入社。 博報堂在籍中はグラフィック媒体のデザイン以外に、CMの企画・演出やwebサイトのクリエイティブディレクションも行い、印刷物、映像、オンラインメディア等のデザインワークを担当。 デザインスタジオsnowfall代表。
立花 文穂(たちばな ふみお、1968年 - )、広島県広島… 立花 文穂(たちばな ふみお、1968年 - )、広島県広島市出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター。 広島城北高等学校、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒。東京芸術大学大学院美術研究科デザイン専攻修士課程修了。 1994年アメリカヴァーモント・スタジオセンター アーティスト・イン・レジデンス、2007年東北芸術工科大学美術館アーティスト・イン・レジデンス。 2008年4月より女子美術大学芸術学部デザイン学科ヴィジュアルデザイン専攻助教授、2010年4月より女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科ヴィジュアルデザイン専攻准教授。2014年に同教授に昇格。2021年3月に女子美術大学を退職。
相沢 美良(あいざわ みら、1968年 - )は、日本のイラ… 相沢 美良(あいざわ みら、1968年 - )は、日本のイラストレーター、同人作家。埼玉県出身。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。 大学時代から次元美良のペンネームで同人誌活動を行い、コミックマーケット41の表紙を担当。武蔵野美術大学の漫研時代の友人は、永野あかね、長谷部百合などがいる。同じく漫研に所属していたゲームデザイナー伏見健二に起用され、『ブルーフォレスト物語』や『ギア・アンティーク』などのテーブルトークRPGのパッケージアートを担当。その縁で後に伏見と結婚する事になる。 大学卒業後、セガに就職。コンシューマー開発部にて、メガドライブ作品のグラフィッカーを担当。またトイ事業部に異動、PICOのグラフィックを担当した。
高野 修嗣(たかの なおつぐ、1968年 - )日本の建築家… 高野 修嗣(たかの なおつぐ、1968年 - )日本の建築家、有限会社TKデザインフォース一級建築士事務所代表。東京都生まれ。 1994年、武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、1994年~1996年にかけて信設計事務所に勤務。1996年~2000年にかけて、竹山実建築綜合研究所に勤務。2000年にティーケーデザインフォース一級建築士事務所を開設。 「TOKYO INTERNATIONAL AIRPORT HANEDA ACCESS TUNNEL」羽田空港アクセス道路でGOOD DESIGN 2005、LANDSCAPE LIGHTING AWARD 2005 入賞。 その他の作品に新交通システム日暮里舎人線-標準駅・駅舎、株式会社TOO本社リノベーション、hair salon amitie(東京都文京区)などがある。
出久根 育(でくね いく、1968年- )は、挿絵画家、銅版… 出久根 育(でくね いく、1968年- )は、挿絵画家、銅版画家。 東京都に生まれる。武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻卒業。プラハ在住。出久根の挿絵は細部まで緻密に描かれており、登場人物や動物が背後の暗がりから抜き出てくるような質感で描かれている。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
伏見 健二(ふしみ けんじ、1968年 - )は、東京都出身… 伏見 健二(ふしみ けんじ、1968年 - )は、東京都出身の小説家、ゲームデザイナー、玩具プランナー。 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。 大学時代にゲームや玩具関係のいくらかの雑誌でライターとしてデビューする。デビュー後まもなくしてブルーフォレスト物語やギア・アンティークなどのテーブルトークRPGを矢継ぎ早に発表し、また小説家としても精力的な執筆活動を行うようになる。 美術大学出身ということもあってか、ゲームデザイナーとしてはレイアウトから箱の整形などのコンポーネント部分まで含めた「総合デザイン」を行うことにこだわっており、文章もイラストも編集も企画も全てのデザインをこなすことができる。
藤原 敬介(ふじわら けいすけ、1968年 - )はインテリ… 藤原 敬介(ふじわら けいすけ、1968年 - )はインテリアデザイナー。空間デザインでは、ブティック、ヘアサロン、医療施設、住宅などのプロジェクトを手掛けている。プロダクトデザインでは、チタニウム材に陽極酸化を施した椅子/5PM in the summer、トーネットの椅子に糸を巻き付けたインスタレーション/SPOOL CHAIRなどがある。 1968年東京都生まれ。1992年武蔵野美術大学卒業後、内田繁に師事。2001年ロンアラッドアソシエイツでのインターンを経て、藤原敬介デザイン事務所設立。2000年~武蔵野美術大学特別講師、2008年~武蔵野美術大学非常勤講師、2009年~桑沢デザイン研究所非常勤講師、2011年~首都大学東京システムデザイン学部准教授→東京都立大学システムデザイン学部教授。
町田 尚子(まちだ なおこ、1968年 - )は、日本のイラ… 町田 尚子(まちだ なおこ、1968年 - )は、日本のイラストレーター、絵本作家。 東京都生まれ。武蔵野美術大学短期大学部卒業。
三木 俊一郎(みき しゅんいちろう、1968年 - )は、日… 三木 俊一郎(みき しゅんいちろう、1968年 - )は、日本のCMディレクター、映像監督。東京都出身。武蔵野美術大学卒業。 葵プロモーション入社後、CMディレクターとして数々の国際的な賞を受賞。その他、石井克人監督作品『茶の味』など、出演作も多い。 石井克人・伊志嶺一(ANIKI)と共にクリエイターユニット“ナイスの森”を設立。同名映画で劇場映画デビュー。 2006年10月社名を株式会社ナイスレインボーとして現在活動中。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
鄭 秀和(てい しゅうわ、1968年 - )は日本の建築家、… 鄭 秀和(てい しゅうわ、1968年 - )は日本の建築家、デザイナー。有限会社インテンショナリーズ代表。 建築・インテリアデザイン事務所として代表作に「HOTEL CLASKA」「ユナイテッド・シネマ豊洲」「神宮前レジデンス」「JINS!」などがある他、2002年には東芝のatehaca家電シリーズのプロダクトデザイン/クリエイティブディレクションを担当。また、総合家電メーカーのリアルフリート設立者でamadanaのデザインを手がける他、日本の文房具メーカー7社を統合した、「クラフト・デザイン・テクノロジー」は、家電、ホテルに続き、デザインで世に問う3部作の新ブランドとして設立した。アマダナに関しては、会社創業時より2010年の携帯電話のN-07B迄全てを手掛けていた。
草野 マサムネ(くさの マサムネ、1967年〈昭和42年〉1… 草野 マサムネ(くさの マサムネ、1967年〈昭和42年〉12月21日 - )は、日本のシンガーソングライター。ロックバンドスピッツでボーカル・ギターを担当。本名および作詞名義、草野 正宗(くさの まさむね)。 福岡県福岡市早良区(旧・西区)出身。ロード&スカイ内のGrass Hopper所属。 ※スピッツのメンバー4人での参加については、スピッツの項目を参照。
井桁 裕子(いげた ひろこ、1967年10月12日 - )は… 井桁 裕子(いげた ひろこ、1967年10月12日 - )は、東京都出身の人形作家。 1991年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。大学在学中に日本創作人形学院にて本城弘太郎に球体関節人形を学ぶ。大学卒業後はデザイン会社に勤務するかたわら球体関節人形を制作、グループ展などで発表する。 1996年、自身の社会性において自分の身体を正しく把握できないことへの危機感から「セルフポートレートドール」として自分をモデルにした球体関節人形を制作。女性の身体の「見る・見られる」主体と客体の問題に注目する。その後、友人をモデルに肖像の人形を制作し始める。以来、現実に出会った人物をモチーフにした一連の「肖像人形」の制作につながっていく。
土谷 龍祐 (つちや りゅうすけ、1967年7月18日 - … 土谷 龍祐 (つちや りゅうすけ、1967年7月18日 - )は、ラジオパーソナリティ、音楽プロデューサー、シンガーソングライター、カメラマン、イラストレーター。有限会社ビー・ヴォイス代表取締役。神奈川県横浜市出身、在住。 横浜市立左近山第二小学校、横浜市立左近山中学校、神奈川県立希望ケ丘高等学校、武蔵野美術大学卒業。 高校時代はフォークソング部で4代目部長を務め、ヤマハポピュラーソングコンテスト、YOKOHAMA HIGH SCHOOL HOT WAVE FESTIVAL等にオリジナルソングでエントリー。HOT WAVE FESTIVAL Vol.6 決戦大会 横浜スタジアムに出演。高校卒業後は後輩バンドのプロデュース、音楽イベント等の企画制作、音響、楽器レンタルを開始。
合田 彩(ごうだ あや、1967年6月 - )は、日本の画家… 合田 彩(ごうだ あや、1967年6月 - )は、日本の画家。北海道出身。 北海道室蘭栄高等学校卒業、武蔵野美術大学中退。大学在学中に中国を旅し始め、新疆ウイグル自治区のカシュガルにて中国人画家・曹勇と出会う。1989年2月に北京で開催された曹勇の『カンリンポチェ断裂層(冈仁布齐断裂层)』連作を展示した個展を訪れた際、公安局による絵画没収事件が起こるのを目の当たりにする。曹勇は逮捕に至るかと危ぶまれる状況となる。 曹勇と合田彩は結婚手続きを取り、日本へ出国しようとするが、この後、二人はチベットの大規模な独立運動、天安門事件に揺れ動く中国を8か月間、逃亡することとなる。1995年、この時の体験を文章化する機会を経て、旅の日記をもとに曹勇の半生を綴った『逃(TAO)-異端の画家曹勇の中国大脱出』を刊行し、同年、第17回講談社ノンフィクション賞受賞。
柴田 亜美(しばた あみ、1967年5月24日 - )は、日… 柴田 亜美(しばた あみ、1967年5月24日 - )は、日本の女性漫画家・画家である。 1967年、長崎県生まれ。長崎大学教育学部附属小学校、長崎大学教育学部附属中学校、長崎県立長崎西高等学校、武蔵野美術大学短期大学美術科専攻科を卒業。 1990年、会社員時代に参加したエニックス(現在のスクウェア・エニックス)の『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』にて人気を集める。1991年より月刊少年ガンガンにて『南国少年パプワくん』を連載開始、アニメ化されるなどのヒット作となる。以降、エニックスや集英社など、多数の雑誌に連載を持つ。 漫画家として活動する一方で美容方面にも興味を持ち始め、2012年2月19日より美容ブログ『女漫画家の極限美容!』を開設。
横山 裕一(よこやま ゆういち、1967年4月3日 - )は… 横山 裕一(よこやま ゆういち、1967年4月3日 - )は、日本の漫画家、美術家、イラストレーター。物語性を放棄し、人工的で未来的な人物・風景を迫力ある擬音語とともにスピード感を持って展開していく作風を持つ。埼玉県狭山市在住。 宮崎県生まれだが、父親の仕事の都合もあり九州から北海道、関東と引っ越しが続いた。 1990年に武蔵野美術大学油絵科を卒業後、ファインアートの作品を制作しては賞に出品するということを繰り返したが評価にはつながらなかった。油絵よりも「外枠、輪郭をつかむ」才能が要求される漫画のほうが自分には向いていると感じていた横山は、その後活動領域を漫画に広げ、2000年に「もてはやし」(『ニュー土木』所収)を発表し漫画家としてデビュー、2002年「ネオ体育」で第4回アックスマンガ新人賞で花くまゆうさく個人賞を受賞した。
芦田 一寿(あしだ いちじゅ、1967年3月8日 - )は、… 芦田 一寿(あしだ いちじゅ、1967年3月8日 - )は、華道家。華道遠州宗家。本名、芦田乾(あしだ けん)。 小堀遠州の流れを汲む古典いけばな流派・遠州流の正統流派である七世正風遠州流宗家・芦田一馬の長男として京都市に生まれる。武蔵野美術大学造形学部卒業。 複雑な家庭環境に育つ。24歳まで一馬のもとで京都の華道界を中心にいけばな作品を出品する。正風遠州流の宗匠後継者として流内外より期待されたが、正風遠州流内の混乱により流内幹部から一寿を宗家にとの声が上がり、1993年2月、新たに華道遠州という新流派を立ち上げる。当初、ほぼ全幹部が一寿を新宗家として参加表明、旧流派を脱退した。 京都の新鋭能楽師である味方玄の舞台花演出や、クラシックなどの舞台花装飾、パフォーマンスなどを得意とするが、本人は流儀花である古典生花(こてんしょうか)の作風を自分のライフワークとする。
諏訪 敦(すわ あつし、1967年 - )は、日本の画家。現… 諏訪 敦(すわ あつし、1967年 - )は、日本の画家。現代美術家。武蔵野美術大学造形学部油絵学科 教授。 1967年北海道生まれ。1994年に文化庁派遣芸術家在外研修員として2年間スペインの首都マドリードに在住し、現地でエントリーした第5回バルセロ財団主催 国際絵画コンクール にて大賞を受賞し、画家としてのキャリアをスタートさせた。 精緻な描写力を発揮して、傷つき易い身体の有限性を感じさせる写実的なヌード画で認知を広げてゆくが、帰国後の1999年に暗黒舞踏の先駆者、大野一雄と大野慶人の親子を長期取材したシリーズ作品の制作を開始。これまで取り組んでいた絵画の原点回帰としての写実絵画の追求から、取材対象の選択とプロセスそのものにウェイトを置いた制作への展開をみせている。
寺田 尚樹(てらだ なおき、1967年 - )は、日本の建築… 寺田 尚樹(てらだ なおき、1967年 - )は、日本の建築家(一級建築士)・デザイナー。 大阪府出身。テラダデザイン一級建築士事務所の創立者であり、現在主幹。株式会社インターオフィス代表取締役社長、株式会社ノルジャパン取締役上級副社長。グッドデザイン賞 審査委員、武蔵野美術大学造形学部、他の非常勤講師も務める。また、プラモデル研究家、料理研究家としても活動を行う。 建築、インテリア、プロダクト、グラフィック、サインなどのデザイン、ディレクションなど幅広い領域で活動している。「人の気持ちを幸せにするより良い空間とより良いプロダクト」を追求し、遊び心や創造性を育む、余白のある豊かな生活のための空間づくりに意欲的に取り組んでいる。
岩田 明子(いわた あきこ、1967年 - )は、日本の絵本… 岩田 明子(いわた あきこ、1967年 - )は、日本の絵本作家。 1967年、東京都生まれ。1991年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。2004年、子どもの本専門店「メリーゴーランド」(三重県四日市市)主催の「絵本塾」に参加。絵本作品に「ばけたくん」シリーズ(大日本図書)などがある。 「絵本」との関わりは自身の出産後からで、図書館に行きブライアン・ワイルド・スミスの絵本に出会って。子供と絵本なども読むようになり、いろいろな絵本を見ているうちに、自分でもつくれるのではと思い、自分の子供のためにつくりはじめる。メリーゴーランド(三重県四日市市)という書店の絵本塾に通い始め、作品も応募することになる。
古川 潤(ふるかわ じゅん、1967年(昭和47年)- )と… 古川 潤(ふるかわ じゅん、1967年(昭和47年)- )とは、栃木県芳賀郡益子町の彫刻家である。 始めは石彫を手掛けていたが、現在は主に木彫で創作活動を行っている。 益子町の町おこしアートイベント「土祭」にも主に木彫のアート作品の展示で参加。 そして「益子陶器市」の「豆カレー屋さん」としても有名である。 1967年(昭和47年)、栃木県芳賀郡益子町に生まれる。益子町大羽地区で育つ。 両親がともに益子町在住の陶芸家であったため、土で器を作っていたこともあった。初めは陶芸をやろうと考えていた。しかし、受験勉強をしている最中にデッサンよりも立体で造形をする方が面白くなり、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科へと進学した。