松本 千晶(まつもと ちあき、1993年6月30日 - )は… 松本 千晶(まつもと ちあき、1993年6月30日 - )は、日本の映画監督、脚本家。神奈川県出身。武蔵野美術大学映像学科卒業。ロボット映画部所属。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
武蔵野美術大学:25人
松本 千晶(まつもと ちあき、1993年6月30日 - )は… 松本 千晶(まつもと ちあき、1993年6月30日 - )は、日本の映画監督、脚本家。神奈川県出身。武蔵野美術大学映像学科卒業。ロボット映画部所属。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
清原 惟(きよはら ゆい、1992年 - )は、日本の映画監… 清原 惟(きよはら ゆい、1992年 - )は、日本の映画監督・映像作家。東京都出身。 和光高等学校(東京都)に在学中から自主映画の製作を開始。武蔵野美術大学映像学科で監督した作品がPFFアワードで連続入選を果たして関係者から注目を集めた。卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域で黒沢清・諏訪敦彦らに映画製作を学ぶ。 同大学院で修了作品として監督した初の長篇作品『わたしたちの家』が、ぴあフィルムフェスティバル2017でグランプリを受賞。これも高い注目を集め、全国各地で上映されたのち第68回ベルリン国際映画祭・フォーラム部門に正式出品。続いて、ニューヨークの映画協会と近代美術館(MoMA)が共催で各国の新進監督を紹介する「ニューディレクターズ/ニューフィルムズ(New Directors/New Films)」でも上映された。
角田 裕秋(つのだ ひろあき、1984年11月15日 - )… 角田 裕秋(つのだ ひろあき、1984年11月15日 - )は、日本の映画監督・脚本家・漫画家。映像制作会社・サンディ所属。千葉県松戸市出身。武蔵野美術大学卒。 漫画家としてはライフスタイル角田(らいふすたいる つのだ)名義で活動している。 映像作品制作と並行して、ライフスタイル角田名義でギャグ漫画家として活動。クリエーター集団「にがウーロン」の単独コント公演に出演。 漫画家としては、いがらしみきお・谷岡ヤスジから影響を受けており、創作に反映されている。自身の代表作である『ケツ犬』はYahoo!コミックの無料マガジン・EDENにて連載され、アニメ化された。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。
石川 真吾(いしかわ しんご、1983年10月9日 - )は… 石川 真吾(いしかわ しんご、1983年10月9日 - )は、福井県出身の映画監督。 武蔵野美術大学映像学科卒。
伊藤 誠(いとう まこと、1983年5月2日 - )は、東京… 伊藤 誠(いとう まこと、1983年5月2日 - )は、東京都渋谷区出身の映画監督・映像作家・グラフィックデザイナー・ウェブデザイナー・technicute代表。 東京都渋谷区の原宿育ち。幼少期は漫画家を目指していたが、同じ登場人物の絵を何度も描くことに飽きて諦める。 東京都立駒場高校に入学後、撮影すれば描かなくても良いと思い映画監督を目指すようになり、同時にデザインにも興味を持ち始める。 武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業後、デザインワークと映画・ショートフィルムの製作活動をしている。 劇団青春事情の宣伝美術を担当。ウェブサイトデザインの他、第7回公演以降の本公演・企画公演のチラシは全て伊藤がデザインをしている。
田辺 秀伸(たなべ ひでのぶ、1981年 - )は、日本の映… 田辺 秀伸(たなべ ひでのぶ、1981年 - )は、日本の映像作家、ミュージック・ビデオ監督である。 武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。2005年より小島淳二が代表を務めるteevee graphicsに参加。2008年からCM・ミュージックビデオディレクターとして活動。2010年独立し、フリーランス。 Rabbitのメンバー。
中江 和仁(なかえ かずひと、英字:Kazuhito Nak… 中江 和仁(なかえ かずひと、英字:Kazuhito Nakae、1981年 - )は、日本のCMディレクター、映画監督。滋賀県出身。(株)サン・アド所属。 2005年武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業後、東北新社を経てサン・アド株式会社に入社。広告制作の傍ら映画を制作する。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
城定 秀夫(じょうじょう ひでお、1975年9月2日 - )… 城定 秀夫(じょうじょう ひでお、1975年9月2日 - )は、日本の映画監督、脚本家、編集技師である。 1975年9月2日、東京都八王子市に生まれる。武蔵野美術大学造形学部映像学科在学中より8ミリ映画を制作。同大学を卒業したのち、ピンク映画やオリジナルビデオで助監督を務めた。2003年、『味見したい人妻たち』で映画監督デビュー。同作品で2003年度ピンク大賞の新人監督賞を受賞した。その後、『デコトラ・ギャル 奈美』や『静かなるドン 新章』、『18倫』などの作品を手がけている。2010年に開催された『城定秀夫特集上映~その男JOJOにつき~』では、代表作16本が上映された。 2019年、2020年には劇場公開されていないオリジナルビデオ作品を中心に『秋の城定祭り2019 in ポレポレ東中野』、『冬の城定祭り2020 in シネマスコーレ~(約)2日撮りの世界~』とそれぞれ題して各劇場で特集上映された。
齊藤 雄基 (さいとう ゆうき、1974年 - )は、日本の… 齊藤 雄基 (さいとう ゆうき、1974年 - )は、日本の映像作家、CMディレクター、映画監督。神奈川県出身。 1998年武蔵野美術大学卒業後、株式会社ROBOTに入社。CMプランナー・ディレクターとして様々なCMを手がける他、TVドラマ、ショートフィルム、ミュージックビデオなどの映像を中心に、キャラクター開発、書籍、作詞など様々なジャンルで活動中。2021年、独立してフリーランスへ。2022年、映像ディレクターとして一般社団法人「Get in touch」にジョイン。「まぜこぜ一座殺人事件〜まつりのあとのあとのまつり〜」で長編映画デビュー。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
平林 勇(ひらばやし いさむ、1972年6月25日 - )は… 平林 勇(ひらばやし いさむ、1972年6月25日 - )は、CMディレクター・映画監督。静岡県島田市出身。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。広告制作会社ライトパブリシティにグラフィックデザイナーとして勤務後、独立してCMディレクターになる。短編映画が各国の映画賞を獲得し、同郷である1学年下の石田徹也とは学生時代から親交があり、共同で作品を制作していた。短編映画で三大映画祭(カンヌ・ベルリン・ベネチア)の全てで上映を果たしている。 実家は宝石・貴金属の専門店のかざりや平林。 兄は俳優、声優の平林剛。弟はかざりや平林4代目錺職人の平林誠。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。
伊藤 由美子(いとう ゆみこ、1972年 - )は、日本のC… 伊藤 由美子(いとう ゆみこ、1972年 - )は、日本のCMディレクター、映画監督。東京都出身。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。1995年に東北新社に入社後、中島信也などに師事し、1999年にCMディレクターとしてデビューする。 2006年、綾瀬はるか主演のショートフィルム「たべるきしない」で、映画監督デビュー。同作品では脚本、編集も担当した。 2003年より写真家佐内正史とのユニット「Sanayumi」として雑誌「spoon.」で連載中。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
永井 聡(ながい あきら、1970年7月31日 - )は、日… 永井 聡(ながい あきら、1970年7月31日 - )は、日本のCMディレクター、映画監督。AOI Pro.チーフクリエイティブオフィサー。 1970年、東京都東村山市生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業した1994年に葵プロモーション(現・AOI Pro.)に入社し、CMディレクターとなる。2004年にCluB_A所属となる。 AOI Pro.執行役員を経て、2013年4月チーフクリエイティブオフィサー。話題作を数多く手がける。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
菱川 勢一(ひしかわ せいいち、1969年3月14日 - )… 菱川 勢一(ひしかわ せいいち、1969年3月14日 - )は、日本の映画監督、映像作家、アートディレクター、クリエイティブディレクター、写真家、脚本家、武蔵野美術大学教授。DRAWING AND MANUAL ファウンダー。長男は映像作家・写真家の菱川太壱、長女は声優の菱川花菜。 東京都大田区出身。茨城県立水海道第一高等学校卒業。1989年からレコード会社に勤務後、1991年渡米、拠点をニューヨークへと移す。映像業界へ転身し、TV番組から映画製作まで撮影、編集、音声などのエンジニアとしてあらゆるジャンルの映像に関わる。帰国後、本格的に演出の道へ進み、映像演出、舞台演出、空間演出などを分野を越えて活躍。
三木 俊一郎(みき しゅんいちろう、1968年 - )は、日… 三木 俊一郎(みき しゅんいちろう、1968年 - )は、日本のCMディレクター、映像監督。東京都出身。武蔵野美術大学卒業。 葵プロモーション入社後、CMディレクターとして数々の国際的な賞を受賞。その他、石井克人監督作品『茶の味』など、出演作も多い。 石井克人・伊志嶺一(ANIKI)と共にクリエイターユニット“ナイスの森”を設立。同名映画で劇場映画デビュー。 2006年10月社名を株式会社ナイスレインボーとして現在活動中。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - … 石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - )は、日本の映像作家・映画監督・アニメ監督・脚本家。株式会社ナイスレインボー代表取締役。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、東北新社に入社。CMディレクターとして勤務しながら、映画制作を開始。初監督作品『8月の約束』でゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭ビデオ部門グランプリを受賞。劇場映画デビュー作は『鮫肌男と桃尻女』(望月峯太郎原作/浅野忠信主演)。以降、『PARTY7』『茶の味』(2004年/カンヌ国際映画祭監督週間オープニング作品)などを監督。アニメーション作品では『REDLINE』(原作・脚本・音響監督)や『SHORT PEACE「GAMBO」』(原作・脚本・クリエイティブディレクター)を手がけ、『キル・ビル Vol.1』ではアニメパートの演出を担当。
中島 信也(なかじま しんや、1959年1月15日 - )は… 中島 信也(なかじま しんや、1959年1月15日 - )は、日本のCMディレクター、映画監督、ソングライター。東北新社元代表取締役社長。日本ネーミング協会理事。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科およびデザイン情報学科客員教授。宣伝会議講師。 福岡県八女市(旧・八女郡黒木町)で生まれ、大阪で育つ。大阪府立豊中高等学校を経て武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科を卒業。在学中は芸術祭の実行委員長を務めるなど硬派な学生だった。大学時代の同級生にみうらじゅん、工業デザイナーの奥山清行がおり当時から親交があった。 同校卒業後の1982年4月、博報堂の入社試験を受けるも途中で辞退。その背景に中島の父が博報堂勤務だったことがあると語っている。
旦 雄二(だん ゆうじ、1952年3月24日 - )は、日本… 旦 雄二(だん ゆうじ、1952年3月24日 - )は、日本の映画監督、脚本家、CMディレクター、映像クリエイターである。日本映画監督協会会員。 『城戸賞』『ACC賞』『経産省HVC賞』受賞。別名・檀 雄二。大阪府大阪市出身。武蔵野美術大学卒業。 大阪府大阪市生まれ。桃山学院高等学校、武蔵野美術大学(美術デザイン専攻)を卒業。1975年(昭和50年)よりフリーの映画助監督として渡辺護、山本晋也、中村幻児らにつく。見習いサードからセカンドを経てチーフを歴任。 1978年(昭和53年)からCMに従事。CMプロダクション「HAT Inc.(旧CAP)」にて制作、プロダクション・マネージャー、アシスタント・プロデューサー、CMプランナー、アシスタント・ディレクターを担当。
村上 龍(むらかみ りゅう、本名:村上 龍之助〈むらかみ り… 村上 龍(むらかみ りゅう、本名:村上 龍之助〈むらかみ りゅうのすけ〉、1952年〈昭和27年〉2月19日 - )は、日本の小説家・映画監督・脚本家。血液型はO型。長崎県佐世保市出身。 武蔵野美術大学在学中の1976年、福生の米軍キャンプで麻薬とセックスに溺れる退廃的な若者たちを描いた『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞、及び芥川龍之介賞を受賞。同作は100万部を売り上げた。ベストセラー作家として、村上春樹とともに時代を代表する作家と目された。代表作に、『コインロッカー・ベイビーズ』『愛と幻想のファシズム』『69 sixty nine 』『トパーズ』『五分後の世界』『半島を出よ』などがある。
前澤 範(まえざわ のり、1942年12月22日 - )は… 前澤 範(まえざわ のり、1942年12月22日 - )は、日本の造形家、映画美術監督。レインボー造型企画代表取締役(1981年 - 2023年)→代表取締役会長(2024年 - )。 1942年、長野県に生まれる。 武蔵野美術大学在学中からフリーの造形家として舞台美術に携わる。大学卒業後、友人の高橋章からの誘いで映画『大怪獣ガメラ』に参加し、映画美術に携わるようになる。 フリーであるため、大映・東宝・松竹・日活・東映と様々な会社の特撮作品に参加した。このころに造型美術の三上陸男、彫刻家の池田宗弘、特撮の鈴木昶らと知り合う。 1971年に特撮テレビ番組『仮面ライダー』の美術を担当していたエキスプロダクションの三上陸男から参加を要請されるが、他社との契約が残っていたためにこれを断り、高橋章を推薦した。
平田 敏夫(ひらた としお、1938年2月16日 - 201… 平田 敏夫(ひらた としお、1938年2月16日 - 2014年8月25日)は、日本のアニメーター、アニメーション演出家、アニメ監督、映画監督である。ニックネームはポンさん。 山形県天童市に生まれる。武蔵野美術大学卒業の1960年、東映動画(現:東映アニメーション)に入社。東映動画時代は、森康二の班に配属されてアニメーター(原画マン・動画マン)として、同社の『わんぱく王子の大蛇退治』などの作画を担当した。4年間の動画マン生活の後、東映動画のテレビアニメ『狼少年ケン』で原画デビューし、虫プロへ移籍。虫プロではアニメーターとして原画を描いていたが、『鉄腕アトム』で演出家デビューした。演出については山本暎一から学ぶ。
櫻木 晶(、1937年〈昭和12年〉4月11日 - )は、日… 櫻木 晶(、1937年〈昭和12年〉4月11日 - )は、日本の映画美術監督。和歌山県出身。日本映画美術監督協会特別会員。 1961年に、東宝へ美術助手として入社。黒澤明や市川崑らの監督作品に携わったのち、1984年に映画『ゴジラ』にて美術デザイナーとして一本立ちした。1997年4月、定年退職しフリーとなる。 美術監督としては、セットのクオリティの高さを第一に掲げていた。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
伊志嶺 一(イシミネハジメ)は、日本のCMディレクター・映画… 伊志嶺 一(イシミネハジメ)は、日本のCMディレクター・映画監督。ANIKI名義でも活動。株式会社ナイスレインボー取締役。
熊谷 祐紀(くまがい ゆうき)は、日本の映画監督。武蔵野美術… 熊谷 祐紀(くまがい ゆうき)は、日本の映画監督。武蔵野美術大学卒業。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
井上 都紀(いのうえ つき)は、日本の映画監督である。京都府… 井上 都紀(いのうえ つき)は、日本の映画監督である。京都府生まれ。 武蔵野美術大学油絵科卒業。ニューシネマワークショップにて映画制作を学ぶ。 竹中直人監督『サヨナラCOLOR』に監督助手として参加。 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭・オフシアターコンペティション部門で短編作品『大地を叩く女』が2008年グランプリ受賞。 ゆうばりファンタスティック映画祭グランプリ第一回支援作品として、初長編『不惑のアダージョ』を製作。 国内外の映画祭で上映され、2011年渋谷・ユーロスペースを皮切りに全国公開された。角川書店よりDVDが発売されている。