永井 一彰(ながい かずあき、1949年(昭和24年) - … 永井 一彰(ながい かずあき、1949年(昭和24年) - )は、日本の国文学者、奈良大学名誉教授。近世文学、特に俳諧や板木が専門。板木研究の第一人者とされる。 1949年、岐阜県生まれ。滋賀大学教育学部卒、大谷大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。奈良大学文学部助教授、のちに教授。2010年「藤井文政堂板木売買文書」で大谷大学博士(文学)。2015年、江戸時代初期の俳諧短冊をまとめた『誹諧短冊手鑑』を発見し、八木書店から写真版が刊行された。
大河内 了義(おおこうち りょうぎ、1930年 - 2016… 大河内 了義(おおこうち りょうぎ、1930年 - 2016年5月6日)は、日本のドイツ文学者、比較思想学者、神戸大学名誉教授。 現在の愛知県西尾市生まれ。1953年大谷大学独文科卒。1956年京都大学大学院文学研究科独文専攻修士課程修了。1957年、愛知大学講師。1959年から1961年まで西独ハイデルベルク大学留学。1962年、神戸大学教養部助教授。1969年から1972年までハイデルベルク大学。1975年から1976年までレーゲンスブルク大学で、それぞれ客員研究員。1993年、定年退官、名誉教授。大谷大学教授。1995年、大谷大文学博士。2016年5月6日、死去。満85歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
水田 紀久(みずた のりひさ、1926年 - 2016年12… 水田 紀久(みずた のりひさ、1926年 - 2016年12月21日)は、日本の国文学者。関西大学名誉教授。主に日本近世学芸を専攻する。 幼少から大阪在住。大谷大学文学部卒。1978年「近世後期大阪学芸研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。金蘭短期大学教授、関西大学教授、97年定年、名誉教授、大谷大学講師。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
竹田 淳照(たけだ じゅんしょう、1914年1月24日 - … 竹田 淳照(たけだ じゅんしょう、1914年1月24日 - 1998年4月20日)は、日本の中国文学者・教育者・学校経営者。専門は中国文学。北海道夕張市出身。 1939年大谷大学文学部専門部卒業。1944年北京大学研究院修了。北京大学研究員。1945年日本に引揚げ。 大阪商科大学高等商業部教諭。1951年大阪市立大学法文学部専任講師。1960年大谷大学文学部専任講師。1962年大谷大学学監・学校法人真宗大谷学園事務局長。1965年京都産業大学学監・学校法人京都産業大学事務局長。1968年京都産業大学常務理事・同副学長・同外国語学部教授。1973年学校法人札幌大谷学園理事長。1974年札幌大谷短期大学学長。
多屋 頼俊(たや らいしゅん、1902年5月3日 - 199… 多屋 頼俊(たや らいしゅん、1902年5月3日 - 1990年7月13日)は、日本の国文学者。仏教文学会主宰。大谷大学研究科修了、京都大学委託研究生。 仏教的な見地から『源氏物語』を研究し、「源氏物語の思想」として世に問う。和讃の定義を初めてした学者で、現在までこの定義は生きている[要出典]。真宗の僧として最高の学階講師に任じられた。 ※< >は研究誌・専門雑誌を示す 『源氏物語』の解釈として定説になっていた光源氏の須磨への引退は、《「朧月夜尚侍との関係の露見」と「藤壺中宮との密通による自責の念》であるということに対し、「宿世の因縁」と「もののけ」が主原因とした。テキストを正確に読むという手法を尊重し、現代の倫理観で全て処理するというのではなく、『源氏物語』制作時代の思想を先に解明するという多屋博士独特の研究法が高く評価された。