中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美… 中原 浩大(なかはら こうだい、1961年 - )は日本の美術家・彫刻家である。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻教授。 岡山県倉敷市出身。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。 アカデミックな意味での彫刻の概念や、地域性や素材や領域を、様々な置き換えや交換によって彫刻の概念の拡張をはかる。 1980年代に20代の若さで天才と誉めそやされたが、1989年にパリで『大地の魔術師』展(Magiciens de la Terre, キュレーター:ジャン=ユベール・マルタン)と、ゲントの『オープン・マインド』展(キュレーター:ヤン・フート)を観て衝撃を受け、アート界からしばし遠ざかった。 活動初期に「源感情的」「神の業」と評されたユニークなフォルムを有し、原色で着色された巨大な立体や平面作品を次々と発表し、1990年それまでのフォルムを継続したまま素材をレゴで制作した「レゴ・モンスター」を発表。
外尾 悦郎(そとお えつろう、1953年 - )は、日本の彫… 外尾 悦郎(そとお えつろう、1953年 - )は、日本の彫刻家。カタルーニャ、バルセロナのサグラダ・ファミリア主任彫刻家。 福岡県福岡市出身。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。サン・ジョルディ・カタルーニャ芸術院会員。京都嵯峨芸術大学客員教授。 福岡雙葉小学校附属幼稚園、福岡教育大学附属福岡小学校、福岡教育大学附属福岡中学校、福岡県立福岡高等学校、京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。中学校・高校定時制の非常勤講師を経て、1978年にスペインのバルセロナに渡りアントニ・ガウディの建築、サグラダ・ファミリアの彫刻に携わる。2013年からはサグラダ・ファミリア主任彫刻家に任命され、ガウディの残した設計図からサグラダ・ファミリアに組み込まれる彫刻などの装飾を総監督している。
牛尾 啓三 (うしお けいぞう、1951年10月20日 - … 牛尾 啓三 (うしお けいぞう、1951年10月20日 - ) は日本の彫刻家。兵庫県神崎郡福崎町出身。兵庫県立姫路西高等学校、京都教育大学を経て、京都市立芸術大学に学ぶ。
藤原 信(ふじわら まこと、1938年4月8日 - 2019… 藤原 信(ふじわら まこと、1938年4月8日 - 2019年6月3日)は、ドイツ(ハノーファー)とノルウェー(ラルヴィク)を拠点とする日本の彫刻家。岐阜県出身。 出典: 石の彫刻家として、1967年より数々の国際彫刻シンポジウムに参加。
木村 光佑(きむら こうすけ、1936年5月24日 - )は… 木村 光佑(きむら こうすけ、1936年5月24日 - )は 日本の版画家・彫刻家・作家・画家。京都工芸繊維大学名誉教授(第9代学長)。 大阪府大阪市生まれ。日本経済の高度成長と同時に美術の大衆化が顕著となる中、木村光佑は30歳を超えた1968年に作家としてデビューを果たした。シルクスクリーンや写真製版をはじめ多様な製版・印刷の最新技術を駆使し、現在社会の虚像と実像入り交じる様々なイメージを重ね合わせることで、情報過剰な同時代人の視覚的経験を作品化し、デビューと同時に「時代の申し子」として立て続けに国際コンクールでの受賞を重ねていく。一方で、自由な版表現への挑戦は、当時の日本版画界においては異色であり、版画の範疇や概念に対する議論を巻き起こした。
福岡 道雄(ふくおか みちお、1936年2月4日 - 202… 福岡 道雄(ふくおか みちお、1936年2月4日 - 2023年11月15日)は、日本の彫刻家。晩年は「つくらない彫刻家」を名乗っていた。 1936年、大阪府堺市に生まれる。幼少時に中華民国北平市(現:北京市)に渡り、終戦後に帰国。中学2年まで滋賀県高島郡(現高島市)海津で過ごした。建築家を志し堺市立工業高等学校建築科に入学。京都市立芸術大学の彫刻科を受験するが失敗したことから、デッサンをやり直すために、1955年に堺市立工業高等学校を卒業後、大阪市立美術研究所に入所した。デッサンを学ぶために入所したものの、誤って彫刻室に入る。大阪市立美術研究所では、今村輝久、保田龍門に師事。 1958年の自身初の個展では、砂浜に石膏を流し込む技法を用いた独自の抽象彫刻を発表した。
富樫 実(とがし みのる、1931年(昭和6年)1月2日 -… 富樫 実(とがし みのる、1931年(昭和6年)1月2日 - 2020年11月25日)は、日本の彫刻家。成安造形大学名誉教授、櫛引町名誉町民(現・鶴岡市名誉市民)。第47代横綱柏戸剛は再従兄弟にあたる。
石本 暁曠(いしもと ぎょうこう、1888年 - 1935年… 石本 暁曠(いしもと ぎょうこう、1888年 - 1935年8月23日)は、日本の彫刻家。別号は暁海。本名は石本 恒介。 島根県能義郡広瀬町(現・安来市)出身。1905年、京都市立美術工芸学校卒。米原雲海に師事。第6回文展に出展し入選。1931年、帝展無鑑査。1933年、京都市立美術工芸学校の教員となる。1935年、死去。享年48。
北村 西望(きたむら せいぼう、1884年(明治17年)12… 北村 西望(きたむら せいぼう、1884年(明治17年)12月16日 - 1987年(昭和62年)3月4日)は、長崎県出身の日本の彫刻家。本名は北村 西望(きたむら にしも)。 昭和を代表する彫刻家の一人。代表作に長崎平和公園設置の巨大像「長崎平和祈念像」、国会議事堂内設置の「板垣退助翁」などがある。文化勲章・紺綬褒章受章者、文化功労者。日本彫刻会では西望の功績を称え、同会展覧会における最優秀作品に贈られる賞の名称を「北村西望賞」(西望賞)としている。 また、個人寄付により小中学生の教育美術振興を目的とした「北村西望賞基金」を設け、これは2016年12月 (2016-12)現在[update]、「北村西望賞教育美術展」として公募展の形で継続している。