永井 和子(ながい かずこ、1955年〈昭和30年〉6月30… 永井 和子(ながい かずこ、1955年〈昭和30年〉6月30日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノ)・オペラ歌手・音楽教育者。東京藝術大学教授。1960年代から関西歌劇団等で活動している同姓同名の声楽家・永井和子(ソプラノ:大阪音楽大学名誉教授)とは別人であることに注意されたい。 長野県岡谷市出身。国立音楽大学附属高等学校を経て、1978年(昭和53年)国立音楽大学声楽科卒業後、1980年(昭和55年)同大学院音楽研究科声楽専攻(オペラコース)修了。1983年(昭和58年)二期会研究生(オペラスタジオ)修了。1984年(昭和59年)文化庁オペラ研修所第4期終了。文部科学省在外派遣として、ジュネーヴにて研鑚を積む。
多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1… 多田羅 迪夫(たたら みちお、1947年(昭和22年)2月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン、バスバリトン)・オペラ歌手・公演監督・指揮者・音楽教育者。 香川県坂出市に生まれる。香川県立坂出高等学校卒業。1969年(昭和44年)東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、1971年(昭和46年)同大学院修士課程音楽研究科(オペラ専攻)修了。同年、日本人による日本語の創作オペラを掲げた「こんにゃく座」の結成に加わり、1972年(昭和47年)まで所属。しかし「もっと発声の技術を磨きたい」との思いを募らせ、中山悌一の下で「一から勉強し直しました」という。1972年(昭和47年) - 1973年(昭和48年)尚美高等音楽院非常勤講師。
東儀祐二(とうぎ ゆうじ、1928年5月11日 - 1985… 東儀祐二(とうぎ ゆうじ、1928年5月11日 - 1985年4月12日)は、京都生まれのヴァイオリン奏者、指揮者、音楽教育者。 1946年、宮内省楽部卒業。1950年3月、京都市立堀川高等学校音楽科(現京都市立京都堀川音楽高等学校)を卒業し、同年4月、東京藝術大学音楽学部器楽科ヴァイオリン専攻に入学。1954年3月、同大学を卒業し、同年4月、東京フィルハーモニー交響楽団に入団し、1956年2月まで第2ヴァイオリン首席を務める。 以後、ソリスト、リサイタル、室内楽などの演奏活動をしながら、同年4月、相愛女子短期大学音楽科助手及び相愛学園子供の音楽教室実技、合奏担当となる。1958年、相愛女子大学設置に伴い、同大学専任講師となる。
妹尾 幹(せのお かん、1905年(明治38年)7月29日 … 妹尾 幹(せのお かん、1905年(明治38年)7月29日 - 1969年(昭和44年)8月13日)は、日本の教育者。東京音楽学校教授(現:東京藝術大学・音楽学部)を務めた後、旧制山口高等学校(山口大学経済学部の前身)・島根大学教授、岡山大学助教授、北海道大学、神奈川大学教授となる。岡山県高梁市出身。 1905年(明治38年)、岡山県上房郡高梁町(現:高梁市)の妹尾善平の子として生まれる。旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)を経て、1923年(大正12年)旧旧制松江高等学校文科乙類に進学、1926年(大正15年)、同校を卒業し、東京帝国大学文学部独文学科へ進学した。1930年(昭和4年)3月に同大学を卒業した。
菅 有実子(かん ゆみこ)は、日本の声楽家(メゾソプラノ)、… 菅 有実子(かん ゆみこ)は、日本の声楽家(メゾソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。 東京都目黒区出身。田園調布雙葉高等学校卒業。東京藝術大学卒業、同大学院修了。 2002年(平成14年)6月13日〜7月1日モーツアルトを中心としたオペラの歌唱法の研究、実践のためウィーンに留学。ソーナ・ガザリアン (De:Sona Ghazarian) に師事。 二期会 ワーグナー『ラインの黄金』フロスヒルデでオペラデビュー。二期会リヒャルト・シュトラウス『ばらの騎士』(演奏会形式)でオクタヴィアンを好演、同役でNHKニューイヤーオペラコンサートに出演。その後二期会モーツァルト『フィガロの結婚』ケルビーノ、新国立劇場・二期会共催フンパーディンク『ヘンゼルとグレーテル』ヘンゼル、ブリテン『真夏の夜の夢』オベロンと少年・青年役を好演し期待に応えた。
大島 洋子(おおしま ようこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、… 大島 洋子(おおしま ようこ)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。旧姓:松井。夫も声楽家(バリトン)の大島幾雄。 香川県立坂出高校卒業。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院修了。畑中良輔、畑中更予に師事。 文化庁オペラ研修所に最年少で入所、同時にコンクール入賞記念で全国をまわる。2年間の研修後、オペラ研修所1期生を優秀な成績で修了。その年、二期会公演のヤナーチェク『利口な女狐の物語』ビストローシュカ(女狐)でオペラデビュー。続いて團伊玖磨『夕鶴』のつう、モーツァルト『フィガロの結婚』スザンナをレパートリーに加え、文化庁移動芸術公演で日本各地をまわり、好評を博す。 1979年(昭和54年)より文化庁派遣芸術家在外研究員としてミラノに留学。