小川 京介(おがわ きょうすけ、1994年〈平成6年〉5月6… 小川 京介(おがわ きょうすけ、1994年〈平成6年〉5月6日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。B3リーグ・福井ブローウィンズに所属している。 北海道出身。順天堂大学卒業後、2017年3月に西宮ストークスの下部組織である兵庫インパルスに入団。同時にストークスの練習生になった。その後、同年7月20日に山形ワイヴァンズに移籍。しかし、2018年4月9日に退団。同月20日にB.LEAGUE参入を目指す佐賀バルーナーズに入団した。2020年05月14日に契約満了に伴い退団。2021年7月29日に、2021-22シーズンからB3リーグに復帰するしながわシティ バスケットボールクラブ(旧・東京サンレーヴス)に加入。
高田 慶太(たかた けいた、1983年7月29日 - )は、… 高田 慶太(たかた けいた、1983年7月29日 - )は、熊本県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。 九州学院高校に進学後、2年生時の2000年、インターハイに出場。3年生時の2001年インターハイではベスト8。2006年に順天堂大学を卒業後はアトランタ・ビジョンに入団。 その後、4球団でプレーし、2013-14シーズンはNBLの新規チーム・熊本ヴォルターズに所属。 2015年1月、埼玉ブロンコスに入団。13試合に出場。 2019-20シーズンは金沢武士団に所属、26試合に出場した。
君塚 大輔(きみづか だいすけ、1983年1月5日 - )は… 君塚 大輔(きみづか だいすけ、1983年1月5日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード、スモールフォワード。190cm、83kg。 5歳頃の時にバスケットボールを始める。田浦中学校を卒業後、県内の名門横浜商大高に進学。同級生である蒲谷正之と共に1年生の時からレギュラーを取り、2年生の時には共にスタメンとしてコンビを組み、同校を3年ぶりのインターハイに導くも1回戦で福岡商業に73vs75で惜敗(この試合、君塚は14点)。同年のウィンターカップにも3年ぶりに同校を導き、2回戦に進出。新潟商業に敗れるも君塚自身は17点と活躍。3年生となった2000年、再びイ、今度は見事3回戦まで進出し、ベスト16入りを果たすも、小林高校に惜敗(君塚はこの試合チーム最多の21点)。
有馬 浩平(ありま こうへい、1982年12月10日 - )… 有馬 浩平(ありま こうへい、1982年12月10日 - )は、福岡県出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。166cm、72kg。ライジング福岡に所属していた。背番号2。 九産大附属九州高から順天堂大学に進学し、インカレなどで活躍。卒業後の2005年、地元の強豪クラブチームである福太郎クラブで全日本クラブ選手権優勝に貢献。 2007年、ライジング福岡に練習生として入団した後、シーズン中に選手契約を結ぶ。シーズン後、J-RIZINGに所属。 引退後はバスケットボールスクールプライドの指導員として活動している。
柳沢 伸典(やなぎさわ しんすけ、1982年5月10日 - … 柳沢 伸典(やなぎさわ しんすけ、1982年5月10日 - )は、埼玉県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 浦和学院を卒業後、順天堂大学に進学。 卒業後、兵庫ストークスに入団。 その後、デイトリックつくばでプレーし、2013年にTGI D-RISEに移籍。
佐藤 博紀(さとう ひろき、1982年1月30日 - )は、… 佐藤 博紀(さとう ひろき、1982年1月30日 - )は、千葉県四街道市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。背番号0。185cm、80kg。 9歳の時にバスケットボールを始める。四街道市立旭中学校を卒業後、県内の強豪八千代高校に進学。1999年のインターハイに出場してベスト8に進出。 2004年に順天堂大学を卒業後、バスケットボール日本リーグの大塚商会アルファーズに入団。 2005年、bjリーグ発足に伴い、大分ヒートデビルズにドラフト3巡目(全体11位)指名を受け入団。 2008年9月、チャレンジ!おおいた国体バスケットボール競技成年男子の部に大分県選抜チームの一員として与那嶺翼、君塚大輔と共に参加した。
安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は… 安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。元三菱電機コアラーズの西田陽子(旧姓安谷屋)は実妹。 北中城高校で沖縄初のインターハイ準優勝を経験する。その後、順天堂大学を経て、2000年にオーエスジーフェニックスに加入。2004年に引退し社業に専念する。2006年、地元に戻り教員免許を取得し、沖縄工業高校に赴任する。その後、クラブチーム「沖創建設」に所属し、現役復帰する。そして母校の北中城高校に6年赴任する
浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 -… 浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 - )は、新潟県出身のバスケットボール選手・指導者である。 坂井輪中学校、新潟工業高校から順天堂大学を経て、住友金属に入社。バスケットボール部に所属。 1998年の休部ととも地元である新潟支社に配属。一方、新潟工業OBチームでプレーを続け、国体にも出場した。 2004年、社員の肩書きのまま新潟アルビレックスBBのアシスタントコーチに就任。bjリーグ発足後も変わらず。 2008年、アドバイザリーコーチとなる。同年の大分国体では新潟県の監督を務めた。 プロ野球、阪神タイガースの熱烈なファンである。