二代 立花家 橘之助(たちばなや きつのすけ、1960年11… 二代 立花家 橘之助(たちばなや きつのすけ、1960年11月3日 - )は、東京都台東区浅草出身、落語協会所属の三味線漫談家。本名∶茂木 康子。 自称「日本(=世界)に2人しかいない女流三味線漫談家」。花柳流日本舞踊の名取りでもあり、芸名は花柳 鳳千佐。母は長唄の杵屋志津和。 和洋女子短期大学卒業のち女優を志す。1979年に三代目三遊亭圓歌にスカウトされ、翌年の3月に圓歌に正式入門。6月に国立演芸場で初高座。高座名は三遊亭あす歌で、演目は「三味線漫談(7分)」。 1992年、初代三遊亭小円歌を襲名。戦後の色物では初のこと。なお、このとき当時の落語協会会長であった五代目柳家小さんから「立花家橘之助」襲名の話が持ちかけられたこともあったが、当時は30代と若かったこともあり、襲名の話は実現しなかった。
