丸山 直友(まるやま なおとも、1888年(明治21年)5月13日 - 1975年(昭和50年)12月2日)は、明治末から昭和期の医師、政治家。衆議院議員(1期)。 新潟県古志郡長岡(現・長岡市)出身。1909年(明治42年)金沢医学専門学校医科(現・金沢大学医学部)卒、同校嘱託を経て、上京し東京帝国大学医科大学入沢内科の助手となり、その後、東京南胃腸病院副院長となる。1917年(大正6年)長岡市東坂之上町で開業した。1945年(昭和20年)長岡空襲で被災し玉蔵院町(現:城内町)に医院を新築開業した。長岡市医師会長、新潟県医師会副会長、日本医師会代議員、同常任理事、同副会長などを務める。 1949年(昭和24年)の第24回衆議院議員総選挙では旧新潟3区から民主自由党公認で立候補して当選した。
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