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浅

浅井得一

あさい とくいち
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浅井 得一(あさい とくいち、1913年 - 2003年)は、日本の地理学者(地理教育)・軍人。 東京生まれ。旧制武蔵高等学校文科甲類を経て、1936年(昭和11年)京都帝国大学文学部地理学専攻卒。大学卒業後、すぐに旧制立教中学校の専任教員となり、1941年(昭和16年)まで地理と歴史を教えた。 小牧実繁らの大東亜地理学派の一人。戦時下の1942年(昭和17年)12月、南方軍情報官としてビルマに赴任、陸軍司政官となる。1944年(昭和19年)4月25日、南方軍ビルマ方面軍・磯村武亮参謀副長の示唆を受け、ビルマ国国家主席・バー・モウの暗殺を企てるが、ビルマ兵の警戒により失敗、逮捕されるも日本へ帰される。

出典:ウィキペディア「浅井得一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋