妹尾 左知丸(せのお さちまる、1915年3月10日 - 2007年6月22日)は、日本の病理学者。 岡山県岡山市に生まれる。第三高等学校を経て1940年に京都帝国大学医学部を卒業した。直後より同病理学教室の助手となるが、1941年より1945年まで従軍のため大学を離れ、戦後に復帰。1947年に三重県立医学専門学校(現・三重大学医学部)の病理学教室主任教授となる。1955年に岡山大学医学部の病理学教室へ移る。同年、森永ヒ素ミルク中毒事件の原因を突き止め、岡山県を通じて当時の厚生省(現・厚生労働省)に報告した。岡山大学においては顕微分光測光による血液細胞の分化や血球系幹細胞の研究、鉄の代謝吸収に関する細胞生物学的研究をすすめた。
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