廉 殷鉉(ヨム・ウニョン、1914年2月22日 - 1999年1月19日)は、朝鮮半島出身のバスケットボール選手。本貫は坡州廉氏。 1936年ベルリンオリンピックに日本代表選手の一人として出場した。 第二次世界大戦後は大韓民国で西洋史の大学教員となった。 ソウル出身という。延禧専門学校(現在の延世大学校)のバスケットボール部で、センターとして活躍。1936年の全日本選手権では朝鮮代表(延禧専門学校)として出場し、優勝した。1936年ベルリンオリンピックには日本代表選手の一人として出場した。この時の日本代表チームには、廉殷鉉を含む3人の朝鮮人選手が参加していた。ほかの2人も全日本選手権優勝メンバーで、李性求(延禧専門学校OB)・張利鎮(延禧専門学校学生)である。
出典:ウィキペディア「廉殷鉉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
