佛坂 泰治(ぶっさか やすはる、1919年10月 - 2019年9月1日)は、日本海軍の軍人(軍医)、医師。坊ノ岬沖海戦時の駆逐艦雪風軍医長として知られる。 1919年、佐賀県に生まれる。父が医師であった影響で医の道に進み、1936年(昭和11年)に九州医学専門学校(現久留米医大)に入学。卒業後、海軍に親戚がいたことから海軍軍医少尉として任官した。海軍砲術学校、海軍軍医学校普通科で学んだ後、海軍工廠に配属された。 その後、重巡洋艦鳥海、駆逐艦朝潮などでの勤務を経て、1944年に一旦内地に配属(佐世保海軍病院)になったが、1945年に第十七駆逐隊の軍医長として駆逐艦「雪風」 に乗組、戦艦「大和」に随伴し沖縄に向かったが、大和が沈没するなど艦隊は壊滅したため、大和及び沈没した随伴艦の生存者などの救助、治療を行った。
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