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杉山平助

すぎやま へいすけ
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杉山 平助(すぎやま へいすけ、1895年6月1日 - 1946年12月21日)は、昭和初期の文芸評論家。 父杉山岩三郎(1841年 - 1913年)の庶子として生まれる。岩三郎は岡山藩士の家の生まれで、第二十二国立銀行や岡山紡績所の設立に関与した後に中国鉄道社長などを歴任し、「備前西郷」と呼ばれた実業家だった。芸妓だった母の宇野を1歳で失い、大阪市の八百屋の子として養育されたのち、7歳で東京の料理屋旅館「鯛屋」に引き取られ、岩三郎が宇野没後に落籍した若い芸妓に育てられる。 明治35年、尋常小学校3年のときに伯父稲垣洋一郎の子・稲垣平助として慶應幼稚舎に転入、寄宿舎で暮らす。明治44年に父を訪ねて認知を乞い、杉山平助となる。

出典:ウィキペディア「杉山平助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋