伊藤 吉和(いとう よしかず、1959年(昭和34年)4月2日 - )は、日本の元政治家、元建設官僚。広島県府中市助役(1期)、第7代広島県府中市長(3期)を歴任した。政界引退後、農家に転身。 建設省の公務員で府中市役所に出向し、菅波次郎助役がいたところに二人目の助役(建設担当)として就任した。4期16年務めた橘高泰司市長が任期満了をもっての引退表明をした。府中市の左派勢力に対抗するために、亀井静香の勧誘により府中市の市長選に立候補した。選挙戦では「同和行政」の見直しが争点となり、結果伊藤が圧勝した。同時に行われた市議会議員選挙でも伊藤支持派が多数派となった(定数24人中14人)。それまでの府中市政は人権問題への強いプレッシャーで行政の活力が失われ、市民にも抑圧的な気持ちがまん延しているとされるような内容で、小森龍邦率いる部落解放同盟の機嫌との協議の上でなされており、2000年度の一般会計では11億5300万円が同和対策として拠出されていた。
出典:ウィキペディア「伊藤吉和」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
