安藤 又三郎(あんどう またさぶろう、1877年(明治10年)6月1日 – 1955年(昭和30年)2月4日[要出典])は、日本の鉄道官僚。岐阜県大垣市長。 大垣市出身。教育者、漢学者であった安東老山の次男。高等文官試験(行政科)に合格、1903年(明治36年)に東京帝国大学法科大学独法科を卒業。学生時代、佐竹三吾らとともに濃飛学寮(現・岐阜県学寮)の前身とも言うべき西濃出身学生の寄宿舎「到道館」を設けた。鉄道作業局書記、統監府鉄道管理局参事、朝鮮総督府鉄道局参事を歴任。 1916年に濃飛学寮が創立されるとその運営に携わり、1928年から1937年まで理事、1937年からは第2代理事長を務めた(初代は満鉄総裁などを歴任した野村龍太郎)。
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