伊藤 一郎(いとう いちろう、1888年(明治21年)3月26日 - 1973年(昭和48年)2月28日)は、大正から昭和期の鉱山技師、政治家、華族。貴族院男爵議員。 伊藤恭四郎の二男として生まれる。祖父・伊藤圭介の養子となり、祖父の死去に伴い、1901年(明治34年)1月23日、家督を継承し、同年4月19日、男爵を襲爵した。 1913年(大正2年)7月、東京帝国大学工科大学冶金学科を卒業。同年、三菱合資会社に入社し生野鉱山技師に就任。以後、同社大阪製煉所技師、三菱鉱業(現三菱マテリアル)鉱業研究所長、堺化学工業専務取締役などを務めた。 1932年(昭和7年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され、公正会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで2期在任した。
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