次田 大三郎(つぎた だいざぶろう、1883年〈明治16年〉3月18日 - 1960年〈昭和35年〉9月15日)は、貴族院勅選議員ならびに廣田内閣の法制局長官、幣原内閣の内閣書記官長。第六高等学校、東京帝国大学卒業。幼名は七五三五郎。 後妻は三菱総理事や南満州鉄道副総裁を務めた江口定条の長女。日本共産党議長などを務めた野坂参三は義弟。 岡山県邑久郡南幸田村(幸島村、西大寺市水門町を経て現在の岡山市東区)出身。次田大三郎の四男・七五三五郞として生まれる(1914年に襲名)。東京帝国大学法科大学政治科卒業。東京帝大卒業後は官僚となる。1909年(明治42年)11月、高等文官試験行政科を合格。茨城県属。
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