平野 長靖(ひらの ちょうせい、1935年〈昭和10年〉8月24日 - 1971年〈昭和46年〉12月1日)は、日本の自然保護運動家。群馬県利根郡片品村出身。高度経済成長の中、尾瀬を自然破壊から守った人物として有名である。 尾瀬沼畔で山小屋・「長蔵(ちょうぞう)小屋」を経営する平野長英の長男として生まれる。沼田国民学校、片品中学校、群馬県立沼田高等学校を経て1954年に京都大学に進学。1959年に京都大学文学部国史学科を卒業した。大学卒業後は北海道新聞社に入社したが、家業を継承する予定であった弟が死亡したため、1963年に退職。長蔵小屋の3代目経営者となった。 当時は日本各地で道路建設が相次ぎ、1966年に着工された、大清水から尾瀬へ乗り入れ沼山峠と結ぶ自動車用道路(現在の国道401号線にあたる)建設も進もうとしていた。
出典:ウィキペディア「平野長靖」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
