新元 鹿之助(にいもと しかのすけ、1870年9月20日(明治3年8月25日)- 1949年(昭和24年)3月8日)は、日本の鉄道技師、土木技術者、歌人。台湾総督府鉄道部長。旧姓・福崎、号・松園。 薩摩国鹿児島郡、のちの鹿児島県鹿児島市で、福崎市兵衛の二男として生まれ、新元正兵衛の養子となる。鹿児島高等中学造士館予科、第一高等中学校本科から1895年(明治28年)7月、帝国大学工科大学土木工学科を卒業した。 逓信省に入省して鉄道作業局技手に任官し、のち技師として福島県、静岡県などの保線事務所に勤務して鉄道建設、改良工事に従事した。1897年(明治30年)4月、台湾総督府に転じ、一貫して鉄道技師として台湾での鉄道改良、建設のため測量、建設、改良などに尽力した。
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