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藤

藤原亮子

ふじわら りょうこ
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藤原 亮子(ふじわら りょうこ、1917年3月1日 - 1974年1月27日)は昭和期の歌手。 山口県萩市出身。東洋音楽学校本科声楽科卒業。 1937年(昭和12年)、「泣いて居る」でビクターレコードからデビュー。 柴田睦陸との「朝だ元気で」、小畑実との「勘太郎月夜唄」、「婦系図の歌(湯島の白梅)」、「小太刀を使う女」、竹山逸郎との「誰か夢なき」、「月よりの使者」など、男性歌手とのデュエットでヒットを飛ばす。 生涯独身で、晩年は横浜で暮らした。 昭和40年代の懐メロブームの際に再登場し、テレビ番組などで自身のヒット曲を披露していた。その際は、ソロで披露することが多く、特に不仲だったとされる竹山逸郎とは、決してデュエットしなかった。

出典:ウィキペディア「藤原亮子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋