市川 久夫(いちかわ ひさお、1914年11月7日 - 2002年3月25日)は、日本の劇映画・テレビドラマのプロデューサー。生涯で映画約100作品、テレビドラマ約600話の制作に携わった。 東京都本所区(現:墨田区)生まれ。東京外語大学卒業。逓信省の職員を経て、1939年に新興キネマ(後に大映へ戦時統合)に入社し、宣伝部を経て同社系列の記録映画会社である東京文化映画製作所にて「病院船」の制作を担当。その後、企画担当作品「風雪の春」の撮影中に応召により、ソ満国境へ赴くが、1945年11月の帰国と共に大映に復帰、企画部長として、「赤線地帯」、「静かなる決闘」等の企画・製作にあたり、大映の黄金期を担う。
出典:ウィキペディア「市川久夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
