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馬

馬上義太郎

まがみ ぎたろう
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馬上 義太郎(まがみ ぎたろう、まがみ よしたろう、1902年9月15日 - 1971年1月6日)は、日本のロシア・ソビエト文学研究者、翻訳家。 東京府東京市浅草区浅草千束町(現・東京都台東区千束または同区浅草)のうなぎ料理屋の家に長男として生まれる。生家跡で「エロス堂書店」を営む一方、1928年、松竹キネマ蒲田撮影所に開設された「脚本養成所」(後に「松竹映画脚本研究所」と改称)の研究生(第1期生)を経て、脚本部の客員として従事。1931年3月、東京外国語学校専修科(露語)卒業。ナウカ社に勤務。兵役で中国北部に出征、帰国後は東亜研究所員(または嘱託)としてソ連の新聞、放送の翻訳に従事。戦後は東京都千代田区役所に定年まで勤務。

出典:ウィキペディア「馬上義太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋