森脇 忠(もりわき ただし、1888年(明治21年)3月3日 - 1949年(昭和24年)10月13日)は、日本の洋画家である。 島根県に生まれ、東京美術学校(現在の東京芸術大学)に入学する。1914年(大正3年)に卒業後は同年に自身の作品が文展に初入選され、以後官展にも出品を続けた。1920年(大正9年)には第三高等学校(現在の京都大学)にて教鞭を執り、1941年(昭和16年)までその職にあたった。また勤務中の1920年および1922年(大正11年)には帝展に出品され特選となり、1924年(大正13年)には京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)の講師も務めた。 その後は中沢弘光に師事し、彼の作風に影響を受け室内や風景をシチュエーションとした裸婦画をよくし、油彩による日本風俗の表現を試みた作品の制作に携わる。
出典:ウィキペディア「森脇忠」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
